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ランドフスカ(Wanda Landowska) |モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397(Mozart:Fantasia in D minor, K.397/385g)
モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397(Mozart:Fantasia in D minor, K.397/385g)
(P)ワンダ・ランドフスカ:1937年3月録音(Wanda Landowska:Recorded on March, 1937)
Mozart:Fantasia in D minor, K.397/385g
劇場での劇的な歌唱を想起させる
この作品には自筆譜が残っていないためもあってか、謎の多い作品です。
このk.397の幻想曲も単一の音楽としてではなく、おそらくピアノ・ソナタの一部として書かれたものと考えられています。しかし、単一の音楽としても完成はされておらず、残されているのは97小節までで、残りのは空白の五線譜だけだったようです。そのために初めての出版譜には何者かによって10小節が補筆されています。しかし、その数年後にミュラー(August Eberhard Mulle)なる人物によって残りの10小節が補筆されさた版が今日まで残っています。
この作品は全体としてAndante-Adagio-Allegrettoの3つの部分から成っており、注目すべきは中間のAdagioです。これはまさに劇場的な美しい旋律でありオペラの劇的な歌唱を思い起こさせます。そして、そのオペラ的な雰囲気が突然の沈黙や拍や気分の変化などによって純粋器楽としての論理性も内包しているのです。
それだけに、最後のミュラーによる10小節の凡庸さが際だち。口の悪い人に言わせれば指の運動にはなるが、モーツァルトの名作が汚れてしまう等と言われたりもしています。
しかし、作品全体から見れば最初のAndanteは序奏であり、最後のAllegrettoはコーダにすぎないとも言えるので、一番重要なニ短調のAdagioはモーツァルトによって見事に仕上げられているので、あまり細かいことは言わない方がいいのかもしれません。
何といっても、モーツァルトのニ短調と言えば「ドン・ジョヴァンニ」や「レクイエム」を思い出すのですが、この小品のAdagioにもそう言う音楽との近しさを感じさせてくれるものがあるのですから、それで良しとすべきでしょう。
普遍的なロマンティシズム
ランドフスカと言えば、バッハをロマン主義的歪曲から救い出した演奏家として認知されています。
それだけに、彼女が最晩年に録音した一連のモーツァルト演奏を聞いたときには驚いてしまいました。それは、「自由自在」と言う言葉では言い表せないほどに、心のおもむくままにモーツァルトとの対話を楽しんでいるような演奏でした。
人間は年をとればとるほどに恐いものはなくなっていきます。何故ならば、つまらない世俗的な価値とか評価等というものがどうでもいいものになっていき、それよりは己に正直であることの方に居心地の良さを感じるからです。どうせ先は長くないのですから、つまらぬ事に心を煩わされるのは御免となってくるのです。
しかし、こうしてランドフスカの戦前に録音をしモーツァルトを聴いてみると、さすがに最晩年の演奏ほどには自由ではありませんが、それでも十分すぎるほどにロマンティックな演奏を展開しています。
1937年から1938年の録音ですから、ランドフスカは50代の終わり頃と言えます。まさに気力も体力も充実し、それを裏打ちする経験にも事欠かない時期の演奏です。それだけに、最晩年の演奏にはない力強さが演奏全体に漲っています。そして、いつも言っていることですが、こういう30年代後半のSP盤の録音クオリティは、私たちがSP盤というものにいだいているイメージとは大きくかけ離れるほどに優れているのです。
ですから、ランドフスカが何をしたいのか、何をしているのかはそれらの録音を通してはっきりと聞き取ることが出来ます。
例えば、「幻想曲 ニ短調 K.397」の叙情性にあふれた演奏は、最晩年のモーツァルト演奏と変わりないほどにロマンティシズムに溢れた演奏です。
こうなると、ランドフスカに対して「ロマン主義的歪曲から救い出した演奏家」というイメージが崩れ去るかのように思えてしまいます。
しかし、そこでもう一歩踏み込んで考えてみると、ランドフスカが救い出したのは「ロマン主義的なロマンティシズム」に「歪曲」された音楽だった事に気づかされます。しかし、そのために音楽というものが本来持っている普遍的な叙情性を漂白してしまうようなことはしないどころか、それこそを大切にしたのだと言うことに気づくのです。
考えてみれば、ヴィヴァルディにしてもテレマンにしても、もちろん、バッハやモーツァルトにしても、彼らの作品の中には実に美しい旋律が散りばめられていて、それをわざと無表情に素っ気なく演奏するなどと言うのはおかしな話です。
音楽というものの一つの重要な要素として、人間の自然な感情にそった素直で普遍性のあるロマンティシズムというのは必要不可欠です。そう言う自然で普遍的なロマンティシズムを、「ロマン主義」という一つの鋳型にはめ込んだロマンティシズムが「ロマン主義的歪曲」だったのです。
そして、それを抜け出すことで彼女は普遍的なロマンティシズムを追い求めたのです。
ロマン主義的歪曲から救い出すというのは、決して音楽を素っ気なく演奏することと同義ではないのです。
<追記>
コメントでも指摘していただいているように、この録音、最終楽章が突然終わってしまいます。しかし、復刻も砥のクレジットにも録音時間は2分36秒と記されていますので復刻ミスでもなさそうです。
昔はSP盤の収録時間に合わせてとんでもないテンポで演奏するなんて事もまかり通っていました。まあ、長いクラシック音楽の歴史の中の一コマとしか言いようがないのかもしれません。
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