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カッチェン(Julius Katchen)|ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.100(Brahms:Violin Sonata No.2 in A Major, Op.100)
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.100(Brahms:Violin Sonata No.2 in A Major, Op.100)
(Vn)ルッジェーロ・リッチ:(P)ジュリアス・カッチェン 1956年7月22日~24日&27日録音(Ruggiero Ricci:(P)Julius Katchen Recorded on July22-24&27,1956)
Brahms:Violin Sonata No.2 in A Major, Op.100 [1.Allegro amabile]
Brahms:Violin Sonata No.2 in A Major, Op.100 [2.Andante tranquillo - Vivace]
Brahms:Violin Sonata No.2 in A Major, Op.100 [3.Allegro grazioso (quasi andante)]
ロマン派におけるヴァイオリン・ソナタの傑作
ブラームスは3曲のヴァイオリン・ソナタを残していますが、これを少ないと見るかどうかは難しいところです。確かに一世代前のモーツァルトやベートーベンと比べると3曲というのはあまりにも少ない数です。しかし、ベートーベン以降のロマン派の作曲家のなかで3曲というのは決して少ない数ではありませんし。
さらに、完成度という観点から見ると、これに匹敵する作品はフランクの作品以外には思い当たりませんから、そういう点を考慮すれば3曲というのは実に大きな貢献だという方が正解かもしれません。
ブラームスの第1番のソナタは1878年から79年にかけて、夏の避暑地だったベルチャッハで作曲されました。
45才になってこのジャンルに対する初チャレンジというのはあまりにも遅すぎる感がありますが、それはブラームスの完全主義者としての性格がそうさせたものでした。
実は、この第1番のソナタに至るまで、知られているだけでも4曲のソナタが作曲されたことが知られています。そのうちの一つはシューマンが出版をすすめたにもかかわらず、リストたちの忠告で思いとどまり、結果として失われてしまったイ短調のソナタも含まれています。
他の3曲は弟子の証言から創作されたことが知られているものの、ブラームスによって完全に破棄されてしまって断片すらも残っていません。
ブラームスがファーストシンフォニーの完成にどれほどのプレッシャーを感じていたかは有名なエピソードですが、そのプレッシャーは決して交響曲だけに限った話ではありませんでした。ベートーベンが完成形を提示したジャンルでは、ことごとくプレッシャーを感じていたようで、そのプレッシャーがヴァイオリン・ソナタというジャンルでも大量の作品廃棄という結果をもたらしたようです。
では、ヴァイオリン・ソナタという形式の「何」が、ブラームスに対して多大な困難を与えたのでしょうか。
もちろん、私ごとき愚才がブラームスの心中を推し量ることなどできようはずもないのですが、そこを無理してあれこれ思案をしてみれば、おそらくはヴァイオリンとピアノのバランスをどうとるかという問題だったのではないかと思います。
言うまでもないことですが、ヴァイオリン・ソナタの歴史を振り返ってみれば、ヴァイオリンとピアノという二つの楽器が対等な関係ではなくて、どちらかが主で他が従という形式をとっていました。それが、モーツァルトという天才によって初めて両者が対等な関係でアンサンブルを形成する音楽へと発展していきました。
そして、この方向性のもとで一つの完成形を示したのが言うまでもなくベートーベンでした。
しかし、一連のベートーベンの作品を聴いてみると、事はそれほど単純ではないことに気づかされます。
鍵盤楽器としてのピアノの機能が未だに貧弱だったモーツァルトの時代では、ヴァイオリンとピアノは十分に共存できましたが、ベートーベンの時代になるとピアノは急激に発展していき、オーケストラを向こうに回して一人で十分に対抗できるまでの力を蓄えてしまいます。
それに比べると、ヴァイオリンという楽器は弓の形状は多少は変わったようですが、弓を弦に擦りつけて音を出すという構造は全く変わっていないわけですから大きな音を出すにも限界があります。
ですから、クロイツェル・ソナタなどでピアノが豪快にうなりを上げて弾ききってしまうと、さすがのベートーベンをもってしてもヴァイオリンがかすんでしまう場面があることを否定できません。
そして、ロマン派の時代になるとピアノはその機能を限界まで高めていきます。(ブラームスのピアノコンチェルトの2番を聴くべし!!)
つまり、頭の中だけでこの両者を丁々発止のやりとりをさせて上手くいったと思っても、実際に演奏してみるとピアノがヴァイオリンを圧倒してしまい「何じゃこれ?」という結果になってしまうのです。
つまり、この二つの楽器の力量差を十分に配慮しながら、それでもなおこの二つの楽器を対等な関係でアンサンブルを成立させるにはどうすればいいのか?
これこそが、45才まで書いては廃棄するを繰り返させた「困難」だったのではないでしょうか?
もっとも、これは私の愚見の域を出ませんから、あまりあちこちでいいふらさないように・・・(^^;
しかし、ブラームスのヴァイオリン・ソナタを聴くと、この二つの楽器が実に美しい調和を保っていることに感心させられます。
ベートーベンでは、時にはピアノがヴァイオリンを圧倒してしまっているように聞こえる部分もあるのですが、ブラームスではその様な場面は皆無と言っていいほどに、両者は美しい関係を保っています。そして、その様な絶妙のバランスを保ちながら、聞こえてくる音楽からはしみじみとした深い感情がにじみ出してきます。
これはある意味では一つの奇跡と言っていいほどの作品群です。
ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調op.100
ベルチャッハに次いでブラームスが避暑地として選んだのがスイスのトゥーンでした。
ヴァイオリン・ソナタの2番と3番はともにこのトゥーンで作曲されました。
トゥーンは私も一度訪れたことがあるのですが、湖の畔に広がる小さな町で、天気がよいと遠くにアルプスの山が見渡すことができる実に気持ちのいいところです。ブラームスの評論家として有名なガイリンガーはその事をとらえて、トゥーンの町がベルチャッハよりも雄大なように、第2番ソナタもアルプス風の威厳に富んで力強くて逞しい、等と述べているそうです。
「ほんまかいな?」という感じですが、しかし、この作品に取り組んだ頃のブラームスは人生の絶頂にあったことは間違いないようです。3曲あるブラームスのヴァイオリン・ソナタのなかでは最もよく歌う作品であり、音楽は明るくのびのびしています。
音楽家としての成功を勝ち取り、多くの友人に囲まれて充実した作曲活動を展開していた時期であり、その様な幸福な生活をこの作品が反映ししていることは間違いありません。
若造だからこそやれる音楽
「ジュリアス・カッチェン」と「ルッジェーロ・リッチ」という、活きのいい、そしてともに才能に溢れた若手二人によるブラームスです。
ここには、「墓場こそ我が憩い」などと陰口をたたかれた、しんねり、むっつりしたブラームスの姿は微塵もありません。
カッチェンと言えば希有の「ブラームス弾き」と賞賛されたのですが、確かに彼のブラームスは湿気の少ない明晰で力強さに溢れたブラームスでした。そんなカッチェンが自分よりも少し年上のリッチと組んで演奏したのですから、「知的ブルドーザー」とまで言われた彼の最大の持ち味である明晰さを捨ててまでも、勢いに乗って思わず前のめりになっていく場面があちこちにで見受けられます。
そう言えば、こういうカッチェンの姿はベートーベンの協奏曲でも見受けられたのですが、あれは伴奏がゆるゆるだったのでその前のめりがいささか目立ったのですが、こちらの方はリッチが相手ですからお互いにどんどんもリア上がっていく感じです。
そして、ふと思い出したのが、全く同じ年に録音されたシゲティとホルショフスキによる録音です。
ある意味では、このカッチェンとリッチの録音はあの両大家の録音の真逆を行くものなのかもしれません。
確かにシゲティの演奏はお世辞にも上手とは言えません。細身の響きは無骨な事この上もなくて、普通に聞けば「なんだかなぁ」と言うか、「こりゃ、駄目だ」と思うのが普通です。しかし、年を重ねると、その無骨さの奥にのみで彫り上げるようにブラームスの魂を彫り上げようというひたむきさが感じられてきます。
ですから、それを良しとすれば、このカッチェンとリッチの演奏はあまりにも楽天的にすぎるブラームスなのかもしれません。
しかし、ここでもう一つ思い出すのはヨー・ヨー・マが80年代に録音したバッハの無伴奏の全曲録音です。あの聖典とも言うべき音楽を20代の若造によって書くも軽々と弾かれたのではたまったものではない等と評する大御所がいました。
しかし、そこには若造だからこそやれる音楽があったことは事実であり、このカッチェンとリッチによる演奏もまた同様なのかもしれません。
年寄りには年寄りの、そして若造には若造の音楽があると言うことなのでしょう。もちろん、どちらが上とか下とか、そう言う無粋な話はなしです。
とは言え、この時わずか29歳だったカッチェンはこの13年後に42歳でこの世を去ってしまいます。そして、彼はなくなる直前までエネルギッシュに演奏活動を行ったのですから、ある意味では永遠の若造だったのかもしれません。
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