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エルガー:「ゲロンティアスの夢」第2部 (Elgar:The Dream Of Gerontius, Op. 38 Part2)

マルコム・サージェント指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団 (T)リチャード・ルイス (MS)マージョリー・トーマス (Br)ジョン・キャメロン ハダースフィールド合唱協会 1954年11月4日~6日録音(Sir Malcolm Sargent:Liverpool Philharmonic Orchestra (T)Richard Lewis (MS)Marjorie Thomas (Br)John Cameron Huddersfield Choral Society Recorded on November 4-6, 1954)

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [1.Andantino]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [2.I went to sleep-Soul of Gerontius]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [3.My work is done-Angel]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [4.All hail, my child and brother-Angel/Soul]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [5.Lowborn clods of brute earth-Chorus of Demons]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [6.The Mind that heard thy prayer-Angel]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [7.I see not those false spirits-Soul/Ange]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [8.Praise to the Holiest in the heigh-Chorus]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [9.But hark! a grand mysterious harmony-Soul/Angel]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [10.Thy judgment now is near-Angel]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [11.Jesu! by that shuddering dread-Angel of the Agony/Chorus]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [12.Praise to His Name!...Take me away-Soul-Angel/Soul/Chorus]

Elgar:The Dream Of Gerontius, Op.38 Part2 [13.Softly and gently, dearly-ransomed soul-Angel/Chorus]


魂の最高傑作

エドワード・エルガーが1900年に発表した「ゲロンティアスの夢」(The Dream of Gerontius)はエルガー自身が「魂の最高傑作」と位置づけた作品でした。
しかし、この作品が広く受け入れられ、「魂の最高傑作」にふさわしい評価を得るまでには長い道のりが必要でした。

原作は、ジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿が書いた宗教詩です。
「ゲロンティアス」というごく普通のキリスト教徒の男性が死を迎え、その魂が神の審判を受けるために天へと召されていく旅路を描いています。

まず、最初のつまずきは初演の大失敗から始まります。
1900年10月のバーミンガム音楽祭での初演は合唱団の練習不足や指揮者の急死などが重なったためだと言われています。
しかし、その背景には、当時のイングランドにおいてはカトリック信徒はマイノリティであり、強い偏見の目に晒されていたと言う社会状況がありました。

原作であるニューマン枢機卿の詩は、まさにカトリックの教義そのものでした。。
特に、死後の魂が神の審判の前に「煉獄」へと向かい、そこで罪を清められるというプロセスはカトリック特有の死生観です。
国教会派の知識人たちが「死ねばすぐに天国(あるいは地獄)へ行く」と考えていました。
しかし、エルガーはゲロンティアスという「一人の不完全な人間」が恐怖に震え、天使の導きで煉獄の瑞々しい湖へと沈んでいく姿を、あまりにもリアルに、そして美しく描き出したのです。

1900年のバーミンガムでの初演後、この曲を他の都市で演奏しようとした際、特に保守的な国教会の聖堂(ウスター大聖堂やグロスター大聖堂など)の司祭たちは激しく反発しました。
彼らにとって、「聖母マリアへの祈り」や「煉獄」「司祭による罪の赦し(聖体拝領)」といった文言は、プロテスタントの教義に反する「異端の思想」だったからです。

そして、その大失敗とそれにまつわる騒動はエルガーに大きなショックを与え、「神は音楽なんて求めていなかったんだ」と言わしめるまでに嘆かせます。
しかし、その楽譜を見たドイツの巨匠リヒャルト・シュトラウスが「これこそ天才のマスターピースだ!」と大絶賛します。そして、その翌年にドイツで再演されて大成功を収め、逆輸入の形でイギリスでも名作としての地位を確立していったのです。

スコアの最後に、エルガーは文豪ラスキンの言葉を引用してこう書き残しています。
「これは私の生きた証であり、これ以上のものは書けない」
敬虔なカトリック信徒だったエルガーが、死生観と信仰、そして全作曲技術を注ぎ込んだ、美しくも劇的な記念碑的作品です。

物語は大きく2つのパートに分かれています。

第1部:地上の病床(死の瞬間)


舞台は、とある薄暗い寝室。老キリスト教徒ゲロンティアスが、まさに人生の最期を迎えようとしています。


  1. 迫り来る死の恐怖
    ゲロンティアスは、体から生命が失われていく底知れぬ恐怖と、肉体の苦痛に悶えています。
    「私のまわりの空気が空っぽになっていく、底のない深淵に落ちていくようだ!」と叫び、死の恐怖に震えます。

  2. 周囲の祈り
    彼の枕元には、友人や家族、そして司祭が駆けつけています。
    彼らは「主よ、彼を救いたまえ」と、低く厳かに祈りの声を唱え続けます。この地上の祈りが、ゲロンティアスのパニックをかろうじて繋ぎ止めます。

  3. 最後の信仰告白と旅立ち
    ゲロンティアスは最後の力を振り絞り、「私は信じます(Sanctus fortis)」と神への信仰を固く告白します。
    再び激しい苦痛の波が襲いますが、やがて静かな眠りが彼を包みます。

  4. 厳かな見送り
    司祭が「旅立て、キリスト教徒の魂よ、この世界から」と厳かに告げ、地上の人々による荘厳な合唱に包まれながら、ゲロンティアスは静かに息を引き取ります。



第2部:霊界(あの世の旅路)


ここから音楽の雰囲気がガラリと変わり、重力がなくなったかのような、不思議で広大な世界へと移行します。

  1. 目覚めと「守護天使」との出会い
    気がつくと、ゲロンティアスの魂は目覚めています。肉体の痛みは完全に消え、驚くほど静かで深い平穏を感じています。
    「私は生きているのだろうか、死んでいるのだろうか 痛みが何もない。時間は止まったのだろうか」
    そこへ、彼をずっと見守ってきた守護天使(メゾ・ソプラノ)が、ハープの音色とともに優しく現れます。
    二人は手を取り合い、神の玉座がある「裁きの館」へと上昇していきます。

  2. 悪魔たちの嘲笑
    旅の途中で、空間が禍々しい空気に包まれます。そこは、神に反逆して天から落とされた悪魔たちの領域です。
    悪魔たちは、おぞましい不協和音の合唱(悪魔の合唱)で、ゲロンティアスをあざ笑います。
    「おい、見ろよ、また一人哀れな魂がやってきたぞ 人間なんて、どうせ綺麗ごとを言っても中身はただの獣さ。神の真似事をして、最後は死んで泥になる癖に」
    悪魔たちはゲロンティアスの心を揺さぶり、絶望させようとしますが、守護天使に守られたゲロンティアスは、不思議なほど冷静にその横を通り過ぎていきます。

  3. 天使たちの庭と「大合唱」
    悪魔の声を通り抜けると、今度は天上の美しい光が見えてきます。神の玉座に近づくにつれ、何千もの天使たちが神を讃える壮大な歌声が響き渡ります。
    これが、この作品の最大のクライマックスである「いと高きところに栄光あれ(Praise to the Holiest in the height)」の大合唱です。重層的なコーラスが、まるで光のシャワーのように魂を包み込みます。

  4. 「天使の苦悶」の祈り
    いよいよ神の審判の間の前に到達します。ここで「天使の苦悶(バリトン・バス)」という存在が現れます。
    彼は、イエス・キリストが十字架にかかる前夜、ゲッセマネの園で流した「血の汗」を思い起こさせながら、神に対して「主よ、この哀れな人間の魂を、どうか慈悲深くお裁きください」と、胸を打つ熱い祈りを捧げます。

  5. 審判、そして「一瞬の邂逅」
    ついに、ゲロンティアスは神の前に進み出ます。
    ほんの一瞬、神のまばゆい御顔を拝したゲロンティアスは、そのあまりの聖化された光の尊さと、自分自身の不完全さのコントラストに射すくめられます。
    彼は恐怖ではなく、「愛の歓喜と切なさ」のあまり、叫びます。
    「私を連れ去ってください!(Take me away!)」
    「主よ、今の私にはこの光はあまりに眩しすぎます。どうか私を清めてください。そして、いつかまたこの光のなかに戻らせてください」

  6. 煉獄の湖、そして子守歌
    神の愛に打たれ、自ら「清め」を望んだゲロンティアスを、守護天使は優しく抱きかかえ、魂を清めるための「煉獄の湖」へと連れていきます。
    天使は、静かに湧き上がる瑞々しい湖の水へ、ゲロンティアスの魂をそっと沈めます。
    そして、地上の聖歌隊がはるか遠くから歌う「主よ、我が魂を救いたまえ」という祈りと重なり合いながら、守護天使が極上の子守歌を歌い、物語は幕を閉じます。
    「そっと、優しく、私の可愛い魂よ。煉獄の清らかな大地のなかに、静かに横たわりなさい。明け方が来れば、主があなたを呼び起こし、永遠に天国へと迎えてくださるでしょう。それまで、さようなら。……さようなら」



サージェントははこの作品を生涯で最も得意とし、1945年と1954年の2回、歴史的な全曲録音を遺しています。
イギリスの合唱団の能力を引き出す術に長けており、全体の造形は極めてノーブルなものでした。
エルガーが意図した複雑なポリフォニーを、一糸乱れぬ完璧なバランスで交通整理し、巨大な大聖堂のような建築美を提示します。


イギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました

サージェントという人はイギリスの作曲家の良き理解者であり支持者でもありました。エルガー、ホルスト、ブリテン等というそれなりに認知度のある作曲家だけでなく、ウォルトンやヴォーン=ウィリアムズ、さらにはアフリカ系イギリス人のサミュエル・コールリッジ=テイラー等の作品も熱心に取り上げています。
また、合唱の指揮者としてスタートしたこともあって、合唱を伴った作品の扱いは得意としていました。
メンデルスゾーンの「エリヤ」、ヘンデルの「メサイア」という定番だけでなく、エルガーの「ゲロンティアスの夢」やウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」などと言うレアな作品もよく取り上げています。
そして、そう言うレアではあるけれども「手の内」に入った音楽では、非常にアグレッシブな演奏を聴かせてくれます。
言葉をかえれば、自信満々に「自分の音楽」を展開してくれていて聞きごたえは十分にあります。

ところが、それが一転してベートーベンやシューベルトみたいな、いわゆるドイツ・オーストリア系の正統派の音楽になると、急に行儀良くなるのです。
例えば、1960年に録音したベートーベンの3番「エロイカ」やシューベルトの「未完成」になると、いわゆる楷書風のさらっとした音楽になってしまっています。それを趣味の良い外連味のない音楽と評することも出来るのでしょうが、こういう二つの顔を見せつけられると「内弁慶」という言葉が頭の上を過ぎらざるを得ません。
そして、クラシック音楽の世界というのは、辺境部分でどんなに素晴らしい演奏を聴かせても、ドイツ・オーストリア系の正統派の部分でそれなりの実績を残さないと、早晩その存在は忘れ去られるという「悲しい現実」に行き当たることになるのです。

そこで、ふと気づいたのはサージェントの「合唱指揮者としての顔」と「オーケストラ指揮者としての顔」が随分異なっていたと言うことです。

サージェントは、ハダースフィールド合唱協会やロイヤル・コーラル・ソサエティといったイギリス伝統のアマチュア合唱団を長年率いました。
彼はアマチュア合唱団に対しては常に優しく熱心でした。
そして、彼の華やかでカリスマ的な指導は、アマチュア歌唱者たち強くひきつけ、彼らに「自分たちは最高の音楽を作っている」という自信と誇りを持たせました。

しかし、それがプロのオーケストラを相手にすると雰囲気がガラリと変わってしまうのがサージェントという指揮者でした。
何しろ、「サージェントの下では演奏したくない」とボイコットに近い動きまで引き起こすほどに嫌われてしまっていたのです。

その背景にあったのは「スター意識」と「厳しい規律」、そして何より「不用意な発言」だったと言われています。

なかでも極めつけの「不用意な発言」が「インタビュー事件」でした。
1936年に彼が新聞のインタビューでこんな事をいってしまったのです。

オーケストラ奏者は、終身雇用を保証されるべきではない。なぜなら、生活が安定しすぎると、演奏から情熱や必死さが失われ、ただの「公務員」のような仕事になってしまうからだ


この発言は、世界恐慌の余波で生活に苦しんでいた当時の楽員たちの感情を激しく逆なでしました。
特に、サージェント自身が華やかな生活を送り、「フラッシュ・ハリー(派手なハリー)」というあだ名で社交界のスターとして振る舞っていたこともあり、楽員からは「自分は贅沢をしながら、我々にはハングリー精神を強いるのか」と猛烈なバッシングが巻き起こしてしまったのです。

また、彼の完璧主義と「上から目線」の指導も反発を招きました。
彼は楽員を「音楽を作るパートナー」というよりは、「自分のビジョンを具現化するための駒」として扱う傾向があったのです。

つまりは、アマチュアの合唱団員には熱心で優しい「導師」として振る舞う一方で、プロのオーケストラ奏者に対しては高圧的な態度を取ることが多く、その落差が軋轢を生んだのでした。
なるほど、これでは、ドイツ・オーストリア系の正統派音楽では楷書風のさらっとした音楽にならざるを得なかったのも納得です。

とはいえ、それでも、サージェントがイギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました。

癌に冒された死の直前にサージェントががプロムスのステージに姿を見せた際、かつて彼を嫌った楽員たちも、観客と共にスタンディングオベーションで迎えました。
オーケストラ奏者にとって、彼は「鼻持ちならない上司」ではありましたが、同時に「イギリスの音楽界を格上げした功労者」であることは認めざるを得なかったのでしょう。

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