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シューベルト:弦楽五重奏曲ハ長調 Op.163, D.956(Schubert:String Quintet in C major, D.956)

(Cell)パブロ・カザルス,ポウル・サボ (Vn)シャーンドル・ヴェーグ,シャーンドル・ツェルデ (Viola)ゲオルグ・ヤンツェル 1961年7月録音((Cell)Pablo Casals,Paul Szabo (Vn)Sandor Vegh,Sandor Zoldy (Viola)Georges Janzer Recorded on July, 1961)



Schubert:String Quintet in C major, D.956 [1.Allegro ma non troppo]

Schubert:String Quintet in C major, D.956 [2.Adagio]

Schubert:String Quintet in C major, D.956 [3.Scherzo. Presto. Trio. Andante sostenuto]

Schubert:String Quintet in C major, D.956 [4.Allegretto - Piu allegro]


「交響曲への道」を追求したシューベルト晩年の執念

この作品はシューベルト最後の室内楽作品なのですが、時代を超えた抜きんでた内容ゆえに長きにわたって無視されてきた作品でもあります。
自筆譜を所持していたのはディアベッリなのですが、この作品の価値が理解できなかった彼はこれを出版しようとはせんでした。さらに、どのような経緯があったのかは不明ですが、結果としてその自筆譜は失われてしまうことにもなりました。

そう言うこともあって、この作品がようやく初演されたのはシューベルトが亡くなってから20年以上が経過した1850年のことであり、出版はその3年後の1853年でした。

では、ディアベッリが理解できなかった「新しさ」とは何だったのでしょうか。

まず一つめは、自らが五重奏曲の範としていたモーツァルトの作品のスタイルを乗り越えようとしていたことです。

モーツァルトの五重奏曲は弦楽四重奏の編成にヴィオラを追加することで内声部の充実を図っていました。
しかし、シューベルトはチェロを追加することで低声部を充実させ、その充実した低声部を土台としてよりシンフォニックな音楽を指向したことです。

そのシンフォニックへの指向は「ロザムンデ」や「死と乙女」という二つの弦楽四重奏曲を「交響曲への道」として位置づけていたように、それは晩年のシューベルトの執念のようなものでした。

そして、シューベルトはその二つの弦楽四重奏曲(「ロザムンデ」と「死と乙女」)を完成させた後にさらにその道を推し進めようとト長調の弦楽四重奏曲(D.887)を完成させ、さらにそこから少し時をおいて、より響きを充実させた五重奏曲という編成でよりでシンフォニックな広がりを追求したのです。
そのために、シューベルトはヴィオラではなくチェロを編成に追加し、さらに、その二つのチェロをペアとして扱うのではなく、それぞれに独立した動きを与えることで低声部の厚みを増すだけでなく、時にはヴィオラやヴァイオリンと結びつくことでその他の音域でも厚みを増すように工夫しているのです。

おそらく、ディアベッリはこのチェロの扱い方の意味するもの、その新しさが理解できなかったのではないでしょうか。

さらに二つめとして、この五重奏曲では晩年のシューベルトの特長となる独特の響きが駆使されていることです。

この響きに関して、例えば作曲家の池辺晋一郎氏は「ナポリ調」という概念を使って解説されているのですが、正直言ってよく分かりません。
ただし、実際に耳で聞いてみれば、例えば第二楽章などで穏やかで情感豊かに始まった音楽がヘ短調の不安定な世界に踏み込んだと思うと激しく転調を重ねていくことで悲劇的なクライマックスにたどり着きます。
いわゆる、景色のいい道をのんびり歩いていると、急に化け物と遭遇するという晩年のシューベルトによくある光景です。

おそらく、こういう化け物とふいに出会うような世界もディアベッリの理解の外にあったのではないでしょうか。

しかし、私たちもまたディアベッリよりは賢くないことは明らかなのですが、それでも後に生まれたおかげで、多くの音楽に触れる機会を得ています。
ですから、この作品が内包しているシンフォニックなものへの指向を聞き取ることはそれほど困難ではありませんし、そのシンフォニックな世界が、時にはブルックナーにもつながっていくほどの深く沈み込む世界を持っていることに気づくことも出来ます。

だからといって、決してうぬぼれてはいけないでしょう。
言えることは、先人の肩の上に乗れるというのは有り難いということだけです。


カザルスたちの演奏は次元が違う

とある方からのメールで吉田秀和氏が「レコードと演奏」という著作の中で、カザルスとヴェーグ四重奏団によるシューベルトの弦楽五重奏曲についてふれているという情報を寄せていただきました。そして、その中で、吉田秀和氏はその演奏について「私はこの曲が好きであり、そうしてカザルスたちの演奏で聴いてからはこれでないと困るのである」と絶賛しているというのです。

はてさて、そんな音源はあったかなと思ってごそごそ探していると以下のような音源を発見しました。

(Cell)パブロ・カザルス,ポウル・サボ (Vn)シャーンドル・ヴェーグ,シャーンドル・ツェルデ (Viola)ゲオルグ・ヤンツェル 1961年7月録音

(Vn)シャーンドル・ヴェーグ,シャーンドル・ツェルデ (Viola)ゲオルグ・ヤンツェル (Cello)ポウル・サボと言うのは、そのまんまヴェーグ四重奏団ですね。彼らは1940年から1978年までの長きにわたって一人のメンバーも交代せずにカルテットとしての活動を続けていました。
これほどメンバーを固定して活動を続けた例はそれほど多くはないでしょう。

と言うことで、早速に聞いてみました。
そして、その感想はと言えばまさに一言、「この1961年のカザルスたちの演奏は次元が違う」に尽きます。カザルスは1952年に(Vn)アイザック・スターン、アレクサンダー・シュナイダー (Va)ミルトン・カティミス (Cello)ポール・トルトリエと言うメンバーで同曲を録音していますが、その演奏とも次元が違います。
吉田秀和氏が「これでないと困るのである」と書いたのは極めて妥当な言葉だったのだと納得しました。

カザルスの本質は作品の底の底まで降りていって、そこでつかみ取った歌を徹底的に歌い上げる事でした。
しかし、1961年と言えばカザルスはすでに80代も半ばの頃であり、技術的な衰えは否定できません。しかし、彼は己のつかみ取った音楽を適切な言葉で他の演奏者に伝えることが出来ました。
カザルスは指揮者としても多くの録音を残しているのですが、その指揮技術は極めて拙いものでした。それ故に、彼は丁寧に己の中にある音楽の形をまさに口移しのようにオーケストラのメンバーに伝えました。そして、オーケストラのメンバーもまた心の底から尊敬するカザルスの力になるべく、そのカザルスの言葉に真摯に耳と心を傾けてリハーサルを繰り返しました。

おそら、この頃のカザルスはチェロの、さらに言えば52年の録音の時でも、己のチェロの演奏で全体を引っ張っていく力は失っていたはずです。しかし、彼は己の中にある音楽の形を真摯に仲間たちに伝え、そして、仲間たちもまたその様なカザルスがのぞむ音楽を実現しようと献身していたはずです。

しかし、52年と61年の録音では明らかに違いがあります。
シューベルトのこの作品は室内楽の「白鳥の歌」ともいうべき作品でもあるのですが、それは同時に「交響曲への道」を指向したものでした。つまりは叙情性に満ちた歌う音楽から構築する音楽へと発展させていこうとした最晩年の作品なのです。
その意味でいえば、52年の録音はその様な二つの側面をバランスよく表現していて、この作品のスタンダードとしてならばこちらに軍配が上がるでしょう。

しかし、61年のライブ録音にはカザルスの魂の歌が刻み込まれています。その意味では、これは異形の音楽なのですが、私たちはその演奏によってこのカザルスという稀代の人物の魂に直接触れるような思いにさせられるのです。
ですから、この演奏に対してアンサンブルがどうのこうのとか言うのは全く無意味なものになっているのです。そこにあるのはこの作品の中に埋め込まれたシューベルトの死への恐れと、それでも捨てきれぬ生への希望、そしてそう言う二つの相矛盾するものが一体化した果てにある幻想性のようなものが、カザルスを依代にして降りてきているのです。

私はとかくシルバーシート優先のクラシック音楽のあり方に批判的なことを言ってきたのですが、こういう演奏を聞かされると二つの大戦と自国の内線を乗りこえた80年以上の年月によってのみ実現可能な音楽があることを認めざるを得ません。
その意味では、52年から61年までの歳月はカザルスにとっても大きな意味を持つときの流れだったのでしょう。

とりわけ、ヴェーグたちに「もっと歌え、もっと歌え」と叱咤するようなカザルスのうなり声を聞くとき、これは言い過ぎかもしれませんがまさに一つの奇蹟と出会っている瞬間なんだと言ってもいいのではないかと思ってしまうのです。
そして、この演奏を録音として残してくれた人たちに心からの感謝を捧げたいと思います。

この演奏を評価してください。

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  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
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