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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第12番「葬送」 変イ長調 Op.26

(P)マリア・ユーディナ:1958年録音



Beethoven: Piano Sonata No.12 In A Flat, Op.26 [1. Andante con variazioni]

Beethoven: Piano Sonata No.12 In A Flat, Op.26 [2. Scherzo (Allegro molto)]

Beethoven: Piano Sonata No.12 In A Flat, Op.26 [3. Marcia funebre sulla morte d'un Eroe]

Beethoven: Piano Sonata No.12 In A Flat, Op.26 [4. Allegro]


ウィーンの伝統様式を身にまとった18世紀的なソナタからは離れている

このソナタは18世紀的なソナタを自らのものとし、その伝統的な様式を自由に操る能力を身につけたベートーベンがいよいよ新しい世界に踏み出したことを「密やか」に宣言した作品だと言えます。
それは、このソナタが書かれた1800年に第1番の交響曲と、作品番18の6曲からな弦楽四重奏曲を書き上げている事からも窺うことが出来ます。

ピアノソナタ、交響曲、弦楽四重奏曲という3つのジャンルは、ベートーベンの生涯を貫いて取り組まれたジャンルでした。
パウル・ベッカーは「オーケストラの音楽史」の中で次のように述べています。

「ベートーベンのオーケストラ曲は、彼の創作活動の原点ではない。かといって、その頂点でもない。前者に相当するのはピアノソナタであり、後者に当たるのは弦楽四重奏曲だ。」

確かに、彼はピアノソナタというジャンルで道を切り開き、交響曲という分野でそれを踏み固め、そして弦楽四重奏曲の世界で完成させました。そして、そのたどり着いた道の切り岸で、再びピアノソナタというジャンルにおいて新しい道を切り開きはじめるのです。
この作品番号26の変イ長調ソナタは、まさにその様にして新しい道を切り開きはじめた最初の作品なのです。

そこではウィーンの伝統様式を身にまとった18世紀的なソナタからは離れていくことになります。
それは、言葉をかえれば、これ以降のソナタにおいてはベートーベンならではの強い個性が刻印されるような作品が生み出されていくことを意味したのです。

それでは、このソナタの「新しさ」は何かと言えば、それは4楽章構成のどの楽章においてもソナタ形式が採用されていないと言うことです。
ですから、このソナタはロマン派風の性格的小品の作品群という佇まいをもっています。

例えば、第1楽章冒頭の「Andante」の美しさは後の時代のジョパンを思わせます。実際、ショパンは数あるベートーベンのソナタの中でもこのソナタを好んだと伝えられています。

しかしながら、この変奏曲形式で書かれた叙情的な音楽では、その叙情性を打ち消すように「subito piano(急激に弱く)」が多用されています。クレッシェンドの後に突然ピアノにすることを要求するこの手法はベートーベンがはじめて用いたと言われていますが、この聞き手を驚かせる手法は最晩年まで用いられることになります。
ちなみに、この「subito piano」は前作の作品22のソナタの最終楽章においても多用されていました。

また、ローゼン先生は、多くのピアニストがこの変奏曲形式の音楽において、その変奏の性格に引きずられてテンポを遅くしたり速くしたりする誘惑にかられることが多い(第3変奏は遅く、第4変奏は速く)と述べて、その様な根拠はどこにもないと指摘しています。

続く第2楽章は洗練されたスケルツォで、そのアクセントのまずい処理によってその洗練を損なうことは許されません。
そして、第3楽章は「ある英雄の死を悼む葬送行進曲」とタイトルがつけられているのですが、その「英雄」とは具体的な誰かをイメージしたものではなくて、一つの抽象的な存在としてイメージされたものだと思われます。

この楽章ではベートーベンはティンパニと金管楽器の響きをイメージしていることは明らかであり、ピアニストはその事を意識してペダルを使い分けることが求められます。
ティンパニーのロールにはベダルを添え、金管の響きにはペダル無しの乾いた響きが必要です。
また、ローゼン先生は、「葬送行進曲」というタイトルに引きずられて必要以上に遅いテンポを設定するのは現代人の偏見であると述べています。

そして、最終楽章のロンド形式だけが、どこか昔ながらのスタイルを思い出させてくれます。

確かに、一つもソナタ形式を持たないがゆえに「はっきりとした中心点をもたない作品」と言われることも多いのですが、それでも聞き終わってみればどこかに大きな統一感を感じることも事実です。
そして、何よりも「葬送行進曲」がもつ圧倒的な感情の発露は、そう言う細かいことを忘れさせるほどの力があることは事実なのです。

ベートーベンはこの作品によって、未だ誰も踏み出したこともない、そして引き返すことの不可能な新しい道へと踏み出したのです。


  1. 第1楽章:アンダンテ・コン・ヴァリアティオーニ 変イ長調 (変奏曲形式)

  2. 第2楽章:スケルツォ 変イ長調

  3. 第3楽章:「ある英雄の死を悼む葬送行進曲」 変イ短調

  4. 第4楽章:アレグロ 変イ長調 (ロンド形式)




豪快さと深い瞑想性の融合

マリア・ユーディナほど深い謎と神秘につつまれたピアニストはいません。そして、その思いは、彼女が演奏したベートーベンのソナタをまとめて聞いてみてさらに強くなりました。
おそらく、これほどに主観性に満ちたベートーベンのピアノ・ソナタは滅多にないでしょう。確かに、例えばホロヴィッツのベートーベンもまたとんでもなく主観性に満ちた演奏なのですが、その主観性が指向する方向性が全く異なるのです。

ユーディナの「奇矯」と言っていいほどの言動はすでに紹介済みです。しかし、そんな事を過去のページから掘り返るのはめんどうだと言う人のために一つだけエピソードを紹介しておきます。

ユーディナを深く愛したのはスターリンでした。そして、スターリンは自分のためだけにモーツァルトのピアノ協奏曲の23番を録音させ、多額の謝礼金(2万ルーブルだったと伝えられています)を彼女に支払いました。ところが、その謝礼金をユーディナは全て教会に寄付をして、スターリンには次のようなメッセージを送ったのです。

「ヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチ、あなたの支援に大変感謝いたします。私はこれから、国民や国に対するあなたの罪を神が許してくれるよう、昼も夜も神に祈りを捧げてまいる所存です。慈悲深い神はきっと許してくださることでしょう。いただいた2万ルーブルは、私が通っております教会の改修工事のために遣わせていただきます」


普通ならば間違いなくシベリアの収容所送りだと思うのですが、何故かスターリンはこのメッセージには一切ふれませんでした。それどころか、彼がユーディナに求めたイ長調コンチェルトのレコードはスターリンの死後に彼の執務室から見つかったと伝えられています。それこそ、贈り物などは掃いて捨てるほどあったであろうスターリンにとって、その一枚のレコードはこの上もなく貴重なものであったことだけは事実なのです。

おそらくユーディナほど物質的富よりも精神的なものに価値を求めた人はいないでしょう。
そして、その精神的なものというのは、イデオロギーなどと言う表面的で浮薄なものであるはずもなく、宗教的なものでもなく、さらに言えば何を大切にするかという本質的な価値観のようなものでもなかったように思われます。
それは、人間的な思念の表層にあるものではなくて、言ってみれば「人間という種」がその深層において引き継いできたきたようなものを突き詰めようとしているように思えるのです。もちろん、それがどの様なものかとさらに問われれば、それをこれ以上に語る言葉を持たないのですが、ユーディナの演奏からはその「何もの」かに手が届きそうな思いになる瞬間があるのです。

ユーディナは実演では随分とムラの多い人で、酷いときは本当に酷い演奏を行ったようなのですが、それもまた演奏という行為にそう言う突き詰めたものを求めたが故かもしれません。
ですから、その追求がその深層に手が届きそうになると、それは言語に絶するような音楽が立ちあらわれることになります。

ベートーベンを豪快に演奏するピアニストはいます。
また、ベートーベンの瞑想性を見事に描き出すピアニストもいます。
しかし、その二つを自由自在に行き来して、それを一つの精神世界として描き出して見せたのはユーディナだけでしょう。

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