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モーツァルト:ピアノ・ソナタ第5番 ト長調 K.283

(P)ワンダ・ランドフスカ:1956年8月録音



Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h [1.Allegro]

Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h [2.Andante]

Mozart:Piano Sonata No.5 in G major, K.283/189h [3.Presto]


モーツァルトは完全に自分自身になりきっていない。


  1. ソナタ第1番 ハ長調 K.279

  2. ソナタ第2番 ヘ長調 K.280

  3. ソナタ第3番 変ロ長調 K.28

  4. ソナタ第4番 変ホ長調 K.282

  5. ソナタ第5番 ト長調 K.283

  6. ソナタ第6番 ニ長調 K.284



これらのピアノソナタは「偽りの女庭師」を上演するために過ごした1775年のミュンヘンで作曲されています。そのために、1775年の1月14日から3月6日までの間に書かれたことが分かっています。
ケッヘル番号からも分かるように、6曲をワンセットとして作曲されたもので、この6曲ワンセットというのは当時の風習でした。


ここで不思議に思うのは、早熟の天才であったモーツァルトが彼にとっては言語のような存在であったピアノのためのソナタを19才になるまでに作曲しなかったのは何故かということです。
しかし、少し考えればその疑問は氷解します。
きちんと発言しなければいけないことならば人は何かに書き付けますが、日常のつぶやきをいちいち書き記す人はいません。
ピアノの演奏はモーツァルトにとっては日常のつぶやきのようなものであったがゆえに書き記す必要を感じなかったということです。

ですから、モーツァルトは19才になるまでピアノソナタを書かなかったのではなくて、書き残さなかったととらえるべきなのでしょう。

この6曲でワンセットになったピアノソナタは、オペラの上演のために冬を過ごしたミュンヘンでデュルニッツ男爵からの注文に応えて作曲したものです。
他人に渡すのですから、さすがに脳味噌の中にしまい込んでおくわけにもいかず、ようやくにして「書き残される」ことで第1番のピアノソナタが日の目を見たということです。

アインシュタインも指摘しているようにこれらのソナタは明らかにハイドン風の特徴を持っています。

「モーツァルトは完全に自分自身になりきっていない。彼は再び自分自身を発見しなければならない。」

と言うように彼はこれらの作品をあまり高く評価していません。

しかし、これらの作品は3ヶ月という短い期間に集中して作曲されたことが分かっており、おそらくは今までの即興演奏などでため込んできたあれこれのアイデアをここに凝縮してまとめたものだと思えば、これらは疑いもなく10代のモーツァルトの自画像だといえます。

実際に聞いてみれば分かるようにハイドン風といっても、それぞれの作品の顔立ちはいずれも個性的です。
とりわけ第6番のソナタは規模が大きく、まるで交響曲をピアノ用に編曲したような風情だといわれてきました。
また、第3楽章の大規模な変奏曲形式はモーツァルトのソナタとしては他に例がなく、厳格な父レオポルドもこの作品をとても高く評価していました。
とりわけ33小節にも及ぶアダージョ・カンタービレの第11変奏は本当に美しい音楽です。

ソナタ第4番 変ホ長調 K.282


この一連のソナタの中で、このソナタだけがアダージョというゆっくりとしたテンポ設定によって音楽は始まります。そして、それは若きモーツァルトの実験精神の表れです。
しかしながら、やや憂愁の表情で始まった音楽は、キラキラと光る輝きのアレグロ楽章で締めくくられるのもまたモーツァルトらしいと言えます。


  1. 第1楽章:アダーショ

  2. 第2楽章:メヌエット

  3. 第3楽章:アレグロ




モーツァルトの心にそった自由自在な演奏

それにしても迂闊でした。
まさか、こんなにも録音クオリティの高いランドフスカのレコードが残っていたとは、全く気づいていませんでした。おまけに、その演奏を一言で表現するならば、「モーツァルトの心にそった自由自在な演奏」と言っていいほどの優れものなのですから、まさに涙ものです。

ランドフスカは1959年に亡くなっていますから、これはまさに70代後半の亡くなる少し前の録音と言うことになります。
さすがに、ランドフスカをスタジオ録音に連れ出すのは無理とRCAも思ったのでしょう、逆にRCAの録音スタッフがランドフスカの自宅を訪れて録音を行ったのです。そして、幸いだったのは、ランドフスカの自宅にレコーディング・スタジオと言っていいほどの環境があったようで、かくも素晴らしい演奏が素晴らしい録音で残されたのです。

それにしても、ピアニストとしてのランドフスカの技量がほとんど落ちていないことにも驚かされました。チェンバロ奏者というものはピアニストになれなかった人という印象がないわけでもないのですが、ランドフスカの場合はそう言う一般論は全くあてはまりません。
それどころか、専業ピアニストでも、これほどに素晴らしい音色でニュアンス豊かに演奏できる人はあまりいないでしょう。

これはもう、RCAに感謝あるのみです。
そして、調べてみればモーツァルト以外にもハイドンやバッハの録音も行ったようなので、そちらも順次紹介していければと思っています。

さて、このモーツァルトの演奏を「自由自在な演奏」と述べました。

それは、聞いてもらえれば誰もがすぐに納得されることでしょう。
しかし、作曲家の書いた楽譜に忠実である事こそが作曲家への最大の敬意だと信じている「原典尊重主義者」にとっては、いささか困った演奏と言うことになるかもしれません。

まずはテンポがとんでもなく自由です。例えば、アレグロ楽章は一般的な感覚からすればかなりゆっくりですし、さらに細かく見ていけば楽譜には何も記されていない(一般的にモーツァルトは楽譜に細かい指示はほとんど書き込んでいません)場所でルパートをかけたりアクセントをつけたりして実に主情的な表情をつけています。
また、至るところに装飾音符も散りばめていますし、極めつけはピアノ・ソナタ13番の第2楽章です。演奏時間が通常の倍以上なので驚いたのですが、それは聴いたことがないようなメロディが聞こえてきたりするからで、おそらくはランドフスカ版のカデンツァと解するしかないようです。

そして、こういう問題についてはグルダが1965年に録音した「ピアノソナタ第15番 ハ長調 K 545」の演奏をめぐって少しばかり言及したことがあります。
簡単にいってしまえば、モーツァルトの時代においては、ピアノ音楽というものは楽譜に書かれたとおりの演奏するのではなくて、常に「表情と趣味をもって」装飾音を施すことが演奏家としての義務だったということです。
この事については、ショーンバーグが「ピアノ音楽の巨匠たち」の中で詳しく述べています。

驚いたのは、常に「表情と趣味をもって」装飾音をほどこす事を50年代の半ばにランドフスカが行っていたことです。
60年代の中頃においてもグルダの主張と演奏はほとんど無視されて、ただの「グルダの酔狂」としか受け取られませんでした。そして今となっても、無表情な取り澄ました表情でモーツァルトを演奏するのが当たり前という状態が続いています。
そう言う歴史的な流れから見てみれば、ランドフスカの演奏は驚くほどの先見性を持っていたと言えます。

しかし、もう一歩踏み込んで考えてみれば、音楽家としての根っこを19世紀に持っているようなランドフスカにとっては、モーツァルトとは本来そのようなものだったのかもしれないと言うことに気づきます。

大切なことは、楽譜にどこまで忠実かではなくて、その音楽がどこまでモーツァルトの心に添っているかです。モーツァルトはそう言う演奏こそが「趣味がいい」と言って評価しました。そして、なんの工夫もしないで楽譜通りに演奏することは愚か者とみなしていたのです。もちろん、その装飾や表情の付け方が大袈裟なものだったりすると、それもまた「趣味の悪い」演奏だと酷評しています。
ですから、ランドフスカも「今日の私たちが印刷された楽譜に忠実に取り組むことによって敬意を払っているつもりの演奏は、モーツァルトの同時代の人々からは、無知で野蛮だと呼ばれたことだろう。」と述べています。

つまりは、19世紀的伝統を根っこにして、50年代に主流となりつつあった即物主義的な演奏が陥ってしまう危険性を指摘していたのです。
ですから、私はこのランドフスカの演奏を「モーツァルトの心にそった自由自在な演奏」と言いたいのです。そこには彼女の人生とモーツァルトの音楽がこの上もなく美しく寄りそっています。

愛2時世界大戦によって、ユダヤ系ポーランド人であったランドフスカはフランスの自宅を捨ててアメリカに移らざるを得ませんでした。彼女もまた戦争によって大きく人生を左右された人であり、その中で様々な悲劇を経験せざるを得なかった人でした。
そして、そのような悲劇の果てに辿り着いた諦観の様な心の有りようが彼女の晩年の演奏には反映しているように思われます。

もしも、モーツァルトのピアノ音楽は退屈だと心密かに思っている人がいれば(そう言う本音はなかなか言いにくいことですが・・・^^;)、是非とも聞いてもらいたい演奏です。
そこであなたは、ランドフスカを通して本当のモーツァルトの素顔をみることが出来るはずです。

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