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モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330 (300h)

(P)グレン・グールド: 1958年1月7日~10日録音



Mozart:Piano Sonata No.10 in C major, K.330/300h [1.Allegro moderato]

Mozart:Piano Sonata No.10 in C major, K.330/300h [.Andante cantabile]

Mozart:Piano Sonata No.10 in C major, K.330/300h [3.Allegretto]


モーツァルトの人生におけるもっとも幸福な時代の作品


  1. ソナタ第10番 ハ長調 K.330:1780年or1783年<ヴィーンorザルツブルク>

  2. ソナタ第11番 イ長調 K.331:1783年<ヴィーンorザルツブルク>

  3. ソナタ第12番 ヘ長調 K.332:1783年<ヴィーンorザルツブルク>

  4. ソナタ第13番 変ロ長調 K.333:1783年<リンツ>


K330からK333までの連続した番号が割り当てられている4つのソナタを一つのまとまりとしてとらえることが可能です。

従来は、K310のイ短調ソナタとこれら4つのソナタはパリで作曲されたものと信じられていて「パリ・ソナタ」とよばれてきました。この見解にはあのアインシュタインも同意していていたのですから、日本ではそのことを疑うものなどいようはずもありませんでした。
例えばあの有名な評論家のU先生でさえ若い頃には「ハ長調, k.330」のソナタに対して「フランス風のしゃれた華やかさに彩られているが、母の死の直後に書かれたとは思えない明るさに支配されており、ここにもわれわれはモーツァルトの謎を知らされるのだ。」などと述べていました。

しかし、これは決してU氏の責任ではないことは上述した事情からいっても明らかです。
何しろ、モーツァルトの大権威ともいうべきアインシュタインでさえその様に書いていたのですから。

しかしながら、現在の音楽学は筆跡鑑定や自筆譜の紙質の検査などを通して、K.330からK.333にいたる4つのソナタはパリ時代のものではなくて、ザルツブルグの領主であるコロレードとの大喧嘩の末にウィーンへ飛び出した頃の作品であることを明らかにしています。さらに、K.333のソナタはザルツブルグに里帰りをして、その後再びウィーンに戻るときに立ち寄ったリンツで作曲されたものだろうということまで確定しています。

これら4つの作品にはイヤでイヤでたまらなかったザルツブルグでの生活にけりをつけて、音楽家としての自由と成功を勝ち取りつつあったモーツァルトの幸せな感情があふれているように思います。それはこの上もなく愛らしくて美しく、それ故にあまりにも有名なK.331のソナタにだけ言えることではなくて、この時代のモーツァルトを象徴するような「華」をどの作品からも感じ取ることができます。

そんな中でとりわけ注目したのがK.333のロ長調ソナタです。
これは音楽の雰囲気としてはK.330のソナタと同じようにまじりけのない幸福感につつまれていますが、愛好家が楽しみのために演奏する音楽というよりは、プロの音楽家がコンサートで演奏するための作品のように聞こえます。とりわけ第3楽章ではフェルマータで音楽がいったん静まった後に長大なフルスケールのカデンツァが始まるあたりはアマチュアの手に負えるものとは思えません。
さらにピアノをやっている友人に聞いてみると、第1楽章の展開部のあたりも全体の流れをしっかり押さえながら細部の微妙な動きもきっちりと表現しないといけないので、これもまたけっこう難しいそうです。

おそらくは、モーツァルトが自分自身がコンサートで演奏することを想定して作曲したものではないかと考えられます。
しかし、作品を貫く気分は幸福感に満ちていて、その意味ではこの時代のソナタの特徴をよく表しています。


至って真っ当な演奏

グールドのモーツァルトと言えば真っ先に思い浮かぶのは60年代の後半にまとめて録音したソナタ全集でしょう。しかし、あの演奏に関しては賛否両論と言うよりは、圧倒的に「否」とする人が多くて、私のまわりでもあの録音に「賛意」を表明する人は殆どいません。
口の悪いに人によっては「悪意に満ちたモーツァルト演奏」とまで談ずる人もいるほどです。そして、おそらくグールド自身もその事を敢えて否定しようとはしないでしょう。

そう言えば、フランソワはブラームスの作品を演奏すると吐き気がすると言い放ちましたが、グールドもまたバッハからシェーンベルクに至るまでの音楽史は全て無意味だと言っていました。
つまりは、グールドはバッハと同じように骨の髄まで「対位法」の人だったのです。音楽というものは音が縦に積み重なるものではなくて、全ての声部が対等平等な関係で横へと流れていくものだったのでしょう。

ですから、あのモーツァルトのソナタは、モーツァルトの書いた音符を一度全てバラバラに解体して、それをグールドは一つずつ拾い上げては可能な限りポリフォニックな音楽に再構成しようとしたのだと思います。当然の事ながら、そんな「心遣い」などはモーツァルトには不必要だと思う人が大半でしょうから、そう言う演奏には「否」となるのは当然です。
しかし、不思議な話ですが、時々そう言うグールドの言い分も聞きたくなって聞いてしまう自分がいることも事実なのです。そして、これが一番残念なことなのですが、その録音は早いものでは1966年にすんでいるのですが、何故か2年ほど塩漬けになっていたようで一番最初のリリースは1968年にまでずれ込んでしまったことです。つまり、あのモーツァルト録音は当分の間パブリック・ドメインになることはないようなのです。

と言うことで、それ以外にグールドのモーツァルト演奏はないのかと調べてみれば、1958年と1961年に3曲録音しているのは見つけ出しました。

  1. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330:1958年1月7日~10日録音

  2. 前奏曲とフーガ K.394:1958年1月7日~10日録音

  3. ピアノ協奏曲第24番ハ短調, K.491:ワルター・ジュスキント指揮 CBS交響楽団 1961年1月17日録音


探せば他にもあるのかもしれませんが、取りあえずはこの3曲を紹介しておきます。

聞いてもらえば分かるように、こちらの方は至って真っ当な演奏であり、モーツァルトらしい愉悦感はいささか希薄かもしれませんが、端正で透明感のあるモーツァルトに従っています。
こう言うのを聞くと、どこかピカソの「青の時代」を思い出してしまいます。

凡人はここまで演奏できればそれで「良し」となるのでしょうが、どうしてもそこでとどまっていられずに「未開の荒野」に踏み出してしまう人はいるものです。そして、それがどれほど世の人には受け入れてもらえないものであっても、今ある安住の地で安穏と暮らすことを自分に許さないのです。
ただし、ピカソのキュービズムは世の権威が認めたために、私たち凡人も「分かったような」ふりをせざるを得ないのですが、グールドのモーツァルトは未だ世に受け入れられてはいないようです。確かに私も時々聞いてみたくなったりするのですが、自分のスタンダードではないことは事実であり、この古い録音のモーツァルトの方が心穏やかに聞くことができることは正直に告白せざるを得ません。

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