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Home|アンドレ・チャイコフスキー(Andre Tchaikowsky)|ショパン:舟歌 嬰ヘ長調, Op.60

ショパン:舟歌 嬰ヘ長調, Op.60

(P)アンドレ・チャイコフスキー:1959年3月10日~12日録音



Chopin:Barcarolle in F-sharp major, Op.60


絶対的な孤独を見つめる一人の男の寂寞たる姿

メンデルスゾーンとショパンはほとんど同じ時代に生まれ、同じ時代を過ごし、そして同じ時代に若くして没したの音楽家です。
しかし、その人生は極端に違います。

メンデルスゾーンは資産家の息子として生まれ、物質的にはこの上もなく恵まれた一生をすごしました。彼の音楽にはそのような幸せな雰囲気をいたるところで聞き取ることができます。もちろん、その内面においては、様々な苦悩はあったでしょうが、この時代の音楽家としては、例外的と言っていいほどの恵まれた一生を送りました。

それに反して、ショパンの一生は波瀾と激動に満ちたものでした。エチュード「革命」に聞こえる祖国喪失の悲しみ、そして、ジョルジュ・サンドとの「愛と別れ」、そして結核にむしばまれての「のたれ死」同然の最期。
まさに、悲劇の人生を送ることの多かったロマン派の音楽家の中でも、とりわけ痛苦に満ちた一生を送った人、それがショパンでした。

そして、この二人の舟歌を聴くと、そんな二人の男の人生が透けて見えてくるような気がします。

それにしても、ショパンの舟歌のなんと素晴らしいこと!舟歌というのは聴いてもらえればすぐに分かるように、常に揺れ続けるような伴奏音型を持っているのだが、その上で歌い継がれる「歌」の何と美しいことか。
舟歌とはもとはヴェネチアのゴンドラの船頭の歌であり、基本は8分の6拍子です。しかし、ショパンはそれを8分の12拍子に曲の旋律線をより長く流麗なものに変更させています。
この舟歌を作曲したとき、ショパンとサンドの関係は悪化の一途であり、さらに胸の病はますます彼を苦しめていました。そこには、イタリアの郷土色は綺麗に払拭され、骨の髄にまで染み込むような孤独が歌い継がれていきます。

私ははショパンのピアノ曲で一つだけ選べと言われれば、躊躇なくこの一曲を選びます。
そこにあるのは、絶対的な孤独を見つめる一人の男の寂寞たる姿です。

しかし、誤解のないように一言。
だからといって、メンデルスゾーンがショパンに劣ると言っているのではありません。

歴史に埋もれていたバッハを再発見し、「マタイ受難曲」の復活をはたしたのは彼です。
また、クレンペラー指揮、フィルハーモニア管による交響曲3番「スコットランド」の演奏を聴いてみてください。そのすぐ横に、あのブルックナーの壮大な音楽が佇んでいることがはっきりと分かるはずです。
メンデルスゾーンの音楽には、そのような後の時代へとつながっていく系譜をしっかり感じ取ることができます。

それに反して、ショパンは先駆者も持たず、後継者も持たなかった孤立した存在です。
しかし、天才というものが、軽々しく模倣を許さないが故に後継者を持たないものであるなら、それも仕方のないことです。
 
その意味で「天才」と呼べ事のできるのは、モーツァルトをのぞけば、あとはショパンただ一人。
これは確かなことです。


非ホロヴィッツ的なピアノ演奏

アンドレ・チャイコフスキーというピアニストは私の視野には全く入っていなかったのですが、その「歌う」能力にはすっかり魅了されてしまいました。さらに、その歌う魅力をより大きなものにしているのは、彼独特の美しいピアノの響きです。
最初はアンドレ・チャイコフスキーなんて言う名前がいかにも怪しげで、もしもそれが「芸名」だったりしたら、それこそどこかの「バッタもん」みたいなピアニストかと思ったのですが、そんな下らぬ連想は見事に打ち砕かれました。調べてみれば、このアンドレ・チャイコフスキーと言う名前には彼の過酷な人生が刻み込まれたことを知り、その失礼という思いは二乗にも三乗に膨れあがったのでした。失礼m(_ _)m。

アンドレ・チャイコフスキーの本名はアンジェイ・クラウトハメル(Andrzej Krauthammer)なので、確かにアンドレ・チャイコフスキーは言ってみれば芸名みたいなものであることは事実です。しかし、その背景にはポーランド出身のユダヤ人であったために家族はほぼ全員が殺され、彼だけがポーランド人の家族に匿われて戦争を乗りこえたという悲劇的な背景がありました。
アンドレ・チャイコフスキーという名前は、その戦時下でユダヤ人であることを隠すために名乗った「偽名」だったのです。ちなみに、「Andrzej」はポーランドでは「アンジェイ」と読むのですが、偽名ではロシア風に「アンドレ」と呼んでいたそうです。

このあたりの悲劇性はどこかアンチェルに通ずるものがあるのですが、彼の場合はそれを10才にも満たない少年時代に経験したのです。
ですから、彼が本格的に音楽教育を受けることが出来たのは戦争が終わった10歳以降なのですが、それでもよほどの才能があったのでしょう、わずか2年後の12歳でパリ音楽院に入学が認められています。そして、ショパン・コンクールとエリーザベト王妃国際コンクールでの入賞が注目を浴びて世界各地で演奏会が行えるようになり、1957年にはRCAとの契約が実現します。

そんなアンドレ・チャイコフスキーの事をルービンシュタインは「彼の世代の中で最も素晴らしいピアニストだ」と賞賛したのですから、その期待度の大きさがしれます。

彼のピアノを聞いていてふと脳裏をよぎったのは、おかしな話ですが津軽三味線の高橋竹山でした。
よく知られているように、津軽三味線の魅力はその迫力ある演奏にあります。そして、その迫力は弦だけでなく胴の皮までに撥を叩きつけることで実現しています。
しかし、竹山はほとんど撥を胴に叩きつけることなく、弦を掬うようにして余分な雑音の混ざらない美しい響きで津軽三味線を演奏しました。そして、その美しい響きで紡がれる音楽こそが竹山の魅力でした。

これをピアノ演奏に置き換えてみるならば、通常の津軽三味線の演奏方法の典型がホロヴィッツでしょう。彼は、まさに鍵盤を一番下まで力強く叩きつけることでそう言う迫力を実現したように思います。
しかし、アンドレ・チャイコフスキーはそれとは真逆のひたすら力感を排した繊細な響きで音楽を構築しようとしているように聞こえます。
それはまさに竹山の世界です。

そう言う意味では、この時代のアメリカで活躍したピアニストの中で、ここまでホロヴィッツを意識しなかったピアニストは珍しいのではないでしょうか。そして、この「非ホロヴィッツ」的な演奏が、穿ちすぎかもしれませんが、ルービンシュタインが大いに気に入った理由だったのかもしれません。

しかし、そう言う響きで聞き手を魅了するには、とんでもない集中力と高い楽曲分析の能力が必要となるはずです。何故ならば、ある程度のいい加減さでも聞き手をとらえてしまうことの出来る「迫力」とい近道を放棄しているのですから。
それだけに、英グラモフォン誌が「完璧なまでに音楽的なピアニスト。途方もない集中力で難曲を弾き切っている」と絶賛したのは妥当な評価だったと言えます。

しかしながら、それほどのピアニストがどうして現在はほとんど忘れ去られているのかと言えば、それは彼がピアニストととして本格的に活動したのはRCAと契約していた2年間くらいで、その後は作曲家に転身してしまったからです。そして、その転身以後はピアノ演奏は次第に減っていき、当然の事ながら録音の数も多くはありません。さらに、1982年にわずか46才でこの世を去ってしまった事も大きな要因となっています。

それだけに、わずか2年といえども、RCAにある程度の録音を残してくれたことは幸運なことだったと言えます。

この演奏を評価してください。

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