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ミュンシュ(Charles Munch)|ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」
シャルル・ミュンシュ指揮:(S)アイリーン・ファーレル ボストン交響楽団 1957年11月25日録音
Wagner:Prelude to Act1 und Isolde's Liebestod from Tristan und Isolde
愛と情念のドラマ
ワーグナーが書いた数々のオペラの中で最もワーグナー的なオペラがこの「トリスタンとイゾルデ」でしょう。
このオペラはもともと「ニーベルングの指環」を作曲しているときに、それを中断して書かれた作品でした。
理由は簡単、「指環」を一生懸命書いているものの、たとえ完成しても上演の見込みは全くない、これじゃ駄目だ・・・、と言うことで一般受けする軽いオペラを書こうと思い立ったのです。
そこで取り上げたのが「トリスタン伝説」、叔父の花嫁と許されぬ恋におち、悲恋の炎に身を焼かれるように死への道をたどる・・・、うーん、いかにも一般受けしそうです。
ところが、台本書いて、音楽をつけていくうちに、だんだんとふくれあがって来るではないですか。
第1幕のスケッチが終わった時点で、到底、一般受けする小振りなオペラにはならないことをワーグナー自身が悟ります。
第2幕を書き終えた時点で「私の芸術の最高峰だ!」と叫んだそうです。
そして、全曲書き終えたときは「リヒャルト、お前は悪魔の申し子だ!」と叫んだとか。
自惚れと自己顕示欲の塊みたいな男ですから、さもありなんですが、しかし、このオペラに関してだけは、この「叫び」は正当なものでした。
しかし、何とか上演される作品を書こうとしたワーグナーの所期の目的は、この作品があまりにも「偉大」なものになりすぎたが故になかなか上演されないという「不幸」を背負ってしまうことになります。
とりわけ、主役の二人、トリスタンとイゾルデを歌える歌手がほとんどいないと言うことは、この作品を上演するときの最大のネックとなっています。
特に、トリスタンは最後の第3幕はほとんど一人舞台なので、舞台で息を引き取るときは歌手も息を引き取る寸前になる・・・などと言われるほどです。
それから、この作品を取り上げると、お約束のように、前奏曲の冒頭にあらわれる「トリスタン和音」や、無限旋律のことが語られ、それが20世紀の無調の音楽に道を開いたことが語られます。
私は専門家ではないので、こういう楽典的なことをはよく分からないのですが、ただ、ワーグナー自身は「調性の破壊」などという革命的な意図を持ってこの作品を書いたのではないと言うことだけは指摘しておきましょう。頭でっかちの聴き方などはしないで、ごく自然にこの音楽に耳を傾ければ、愛と死に対する濃厚な人間の情念が滔々たる流れとして描かれていることが納得できるはずであり、その世界は極めて安定した調和のある世界として描かれています。
あのトリスタン和音にしても、そう言う安定した調性の世界の中で響くからこそ一種独特の不思議な響きが引き立つのであって、決して機能和声の枠から外れたその響きが作品全体を構成するキイとはなっていないのです。
ただし、ワーグナーが用いたこの響きの中に、全く新しい音楽の世界を切り開く可能性が存在して、その上に20世紀の無調の音楽が発展したことも事実です。
しかし、それはワーグナーにとっては全く与り知らないことであり、そう言う「前衛性」でこの作品を評価するような声を聞くと、私のような「古い人間」は首をかしげざるを得ません。
それから、「イゾルデの愛の死」は第3幕の最後で歌われるもので、驚き悲しむ王がイゾルデに、「なぜにわしをこういう目に合わせるのだ」と問いかけると、イゾルデが「穏やかに、静かに、彼が微笑み」という言葉で始まる、名高い「イゾルデの愛と死」が始まります。
彼女が歌うのは天に昇るトリスタンの姿であり、やがてイゾルデも恋人の亡骸の上に身を投げて息絶えます。
ワーグナーの持つ「毒」を解毒した演奏
ミンシュという指揮者はヨーロッパ出身の指揮者としては珍しく、歌劇場での活動はほとんどなかったようです。1956年のタングルウッド音楽祭でワーグナーのワルキューレ第1幕を演奏した録音が残っているようですが、いわゆる通常のオペラ劇場での演奏とは本質的に異なるものです。
そう言えば、セルもメトロポリタン歌劇場での「タンホイザー」の上演をめぐってトラブルを引き起こし、「オペラほど忌まわしいものはない!」と吐き捨てて歌劇場での活動をやめてしまいました。
そのためか、それ以後のセルのワーグナー作品を聞いてみると、穿ちすぎかもしれませんが、ワーグナーの音楽に含まれる「毒」を抜き取り、色もまた完全に脱色した「反オペラ的」な音楽に仕上げています。結果として、ワーグナーの音楽が持っているシンフォニックな立体感と造型というもう一つの側面を見事なまでに表現した演奏になっていました。
しかし、「毒」も「色」も洗い流したワーグナーは、もはやワーグナーではないという人もいるでしょうが、あれは完全に確信犯的な演奏なのですから、良くも悪くもその「確信」に添って聞かなければいけません。
そして、ここでのミンシュのワーグナーはそこまでの「反オペラ」的な確信はなかったでしょうが、根っからのコンサート指揮者ゆえにワーグナーの音楽が持つ「毒」に関しては完全に解毒されています。それ故に、その音楽はシンフォニックでありこの上もなく明るく響きます。しかし、セルのような「反オペラ」的な意図はなかったでしょうから、脱色まではしていません。
結果として、この上もなく明るく華やか音色に溢れた、ある意味では脳天気とも言えるほどに素敵な(^^;ワーグナーが立ちあらわれてしまいました。
また、アイリーン・ファーレルというソプラノ歌手に関しても余り詳しいことは知らないのですが、その軽めで明るい声はその様なミンシュの音楽にピッタリとフィットしています。調べてみれば、若い頃はポピュラー・ソングも歌ってフランク・シナトラとも共演を重ねたそうですから、いわゆる普通のクラシックのソプラノ歌手とは毛色の違う人であったことは間違いないようです。
当然の事ながら、根っからのワグネリアンからすれば「許し難い」演奏かもしれませんが、まあ、広い心を持ってこの「脳天気なまでの明るさ」を楽しんでください。
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