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レナード・ローズ(Leonard Rose) |チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲 作品33
チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲 作品33
(Cello)レナード・ローズ:ジョージ・セル指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1952年録音
Tchaikovsky:Variations on a Rococo Theme, Op.33
モーツァルトへの尊敬の表明
チャイコフスキーはモーツァルトを尊敬していました。音楽の形は随分違うのですが、それは誰であれモーツァルトのようには音楽が書けない以上は仕方のないことです。
そして、一時期のスランプを脱してピアノ協奏曲や交響曲の4番などを生み出して調子が上がってきたときに、ふとモーツァルト風の音楽を書いてみようと思い立ちます。そうして、生み出されたのがこの「ロココ風」の変奏曲です。
ですから、この「ロココ風」というのは「モーツァルト風」と言うことなのですが、そこまで言い切るほどチャイコフスキーは厚かましくなかったというわけです。
ただし、そう言う「押し」の弱さが、この作品のその後を複雑にしてしまいます。
このチェロと管弦楽による協奏曲風の変奏曲は、モスクワ音楽院の同僚であったフィッツェンハーゲンのために書かれたのですが、そのフィッツェンハーゲンが初演の時にこの作品を改訂してしまうのです。
その改訂はチャイコフスキーにとっては大いに不満だったようなのですが、何と、フィッツェンハーゲンはその改訂した形で出版までしてしまうのです。
作曲家ならば普通は「ノー!」と言うでしょうが、どうにも押しが弱くて「ノー」と言えないのがチャイコフスキーという人だったようです。あの不幸な結婚も、これと同じように「ノー」と言えない末の悲劇でした。
では、フィッツェンハーゲンはどのように改訂したのかということですが、それを理解するためには、フィッツェンハーゲンの改訂版を理解する必要があります。
まずは、オーケストラ伴奏にのってチェロが「ロココ風」の主題を奏します。まずは主題の提示です。
そして、この主題の音価を第1変奏、第2変奏と次第に短くしていきます。どちらも「Tempo della Thema(テーマのテンポのままで)」ですから、リズムがどんどん小刻みになっていくのが分かります。
第3変奏と第4変奏では一転して「Andante sostenuto(アンダンテより少し遅く)」「Andante grazioso(優美に)」と言う指定なので、音楽はカンタービレ風に変化していきます。
第5変奏では主役は管弦楽に移りチェロは彩りを添えるのですが、テンポは「Allegro moderato」なので少しずつ速くなります。
そして、チェロのカデンツァを挟んでこの作品でもっとも美しい旋律を「Andante」で歌い出すのが第6変奏であり、最後の第7変奏は一転して華やかな「Allegro vivo(活き活きと)」となって作品が締めくくられます。
緩急取り混ぜながら、最後は華やかな「Allegro vivo」で締めくくればブラボーももらいやすいというものです。
それに対して、チャイコフスキーの原案では「第1変奏」→「第2変奏」のあとにもっとも優美な「第6変奏」が来ていました。そして、華やかな「第7変奏」がそれに続き、「第4変奏」「第5変奏」という順番でした。
そして、「第5変奏」で音楽の主役をチェロからオーケストラに一度譲った後に、カンタービレ風の「第3変奏」を持ってきて、最後は「第8変奏」で締めくくるというものでした。
おそらく、フィッツェンハーゲンにとっての問題はこの「第8変奏」だったのでしょう。
この「Allegro moderato, con anima」と指定された変奏で曲を締めくくれれば演奏効果として弱いと判断したのでしょう。
しかし、モーツァルトへの尊敬の表明としては、チャイコフスキーは「con anima」、つまりは「祈りを込めて」音楽を閉じたかったのでしょう。
ここには明らかに作曲家目線と演奏家目線の違いが現れています。
そこで、フィッツェンハーゲンはバッサリとこの第8変奏をカットしてしまい、その代わりにもっとも華やかな第3変奏を最後に持ってきたのです。
ただし、それだけでは音楽の形がおかしな事になりますから、後はその変更の辻褄が合うように変奏の順番を入れ替えたたわけです。
ちなみに、チェイコフスキーの考えに基づいた「原典版」がはじめて出版されたのが1956年です。
しかしながら、この演奏効果の問題は大きくて、原典尊重の今という時代にあっても、この原典版で演奏するチェリストは少数派のようです。
完璧なプロポーションをこそ大切氏にした演奏
ここではチェロのソリストをつとめている「レナード・ローズ」について先にふれておきましょう。今となってはその名前を記憶している人はそれほど多くはないでしょう。しかし、アイザック・スターンから託されたヨーヨー・マを9歳から育て上げた教育者として記憶に残っている人はいるかもしれません。
では、何故にこの国では知名度が低いのかというと、彼は基本的にオーケストラ・プレーヤーだったことに起因しているようです。ローズがオーケストラでの活動を退いてソロ活動に専念したのは30歳を超えた1951年からでした。
彼は20歳にしてトスカニーニから招かれてNBC交響楽団の首席チェリストに就任し、その翌年にはアルトゥール・ロジンスキからの招きでクリーブランド管に移籍しています。そして、このロジンスキーとの結びつきは長く続いて、彼が1943年にニューヨーク・フィルの首席指揮者に移籍した時にはローズもまたニューヨークに移籍をしました。
そして、その活動を1951年まで続けてソロに転向したのです。
しかし、それは「ソリスト>オーケストラ・プレーヤー」という概念が彼になかったためであり、彼が育てた多くの弟子たちにもオーケストラ・プレーヤーになることをすすめています。
つまりは、実力は十分すぎるほどあるにもかかわらず、ソリストとして脚光を浴びることには余り頓着しなかったことが、余り多くの人の注意をひかなかった原因だったのかもしれません。さらに言えば、ソロに転向しても、ある意味ではそれ以上に教育活動に専念し、多くの弟子を育て上げることにも多大なる時間を費やしたことも、表舞台にでることの少なくなった理由だったようです。
しかしながら、アメリカでは彼への評価は今でも高いようで「完全無欠のテクニックに恵まれたスケールの大きい名人」と言われているようです。
何しろ、彼の心情はハイフェッツと同じで「まずは練習、そして練習」というタイプで、演奏会のある日であっても5時間の練習は欠かさなかったと言われています。そして、その音楽もどこかハイフェッツと似たところがあって、ある種の閃きで音楽を飾り立てることには否定的で、徹底した練習によって築き上げた完璧なプロポーションをこそ大切にした演奏家でもありました。
ですから、そう言うローズがセルと汲んで録音したこのチャイコフスキーも、民族的な薫りなどはどこを探しても見つからず、そこにあるのは両者が徹底的に計算しつくした上で実現させた完璧なプロポーションがあるだけです。
そして、それはこの50年代のアメリカにおいて最も高く評価された音楽の形だったのです。
ただし、今の時代の耳からすると、立派すぎるほどに立派であることは認めながらも、どこかもう少し愛想があっても良さそうなものなのに、等とは思ってしまいます。
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