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クレメンティ:ソナタ ト短調 Op.34-2

(P)ウラディミール・ホロヴィッツ:1954年10月16&21日録音



Clementi:Sonata In G Minor, Op. 34, No. 2 [1.Largo; Allegro Con Fuoco]

Clementi:Sonata In G Minor, Op. 34, No. 2 [2.Poco Adagio]

Clementi:Sonata In G Minor, Op. 34, No. 2 [3.Allegro Molto]


最初の偉大な「ヴィルトゥオーゾ」

クレメンティと言えば、今では初心向けのピアノ教材作品を書いた人というのが通り相場でしょうか。作品36の第1番から第6番までの全6曲がソナチネアルバムにも収録されているためです。そして、それ以外の作品の認知度は低く、また、教材用の録音でもない限りその様な作品を録音するピアニストはほとんどいないからです。

しかし、実際はクレメンティはピアノの歴史を語る上では決して忘れてはいけない重要な存在です。
面白い逸話として、あのモーツァルトがクレメンティのことを毛嫌いしていたという事です。その根っこには音楽に対する感性やピアノという楽器の演奏法に関する根本的な違いがあったことが原因なのですが、現実問題としては1781年に行われた公開のピアノ競技に関わる出来事が大きな要因となっています。

このピアノ競技会は皇帝ヨーゼフ2世が世間で評判になっているクレメンティのピアノを聞きたいと思ったことが切っ掛けでした。そして、ただ聞くだけでは面白味もないので、自らの秘蔵のピアニストであるモーツァルトと対決させてみようという趣向だったのです。
皇帝ヨーゼフ2世はモーツァルトがクレメンティのような駆け出しのピアニストに負けるなどとは夢にも思っていなかったようです。

しかし、その競技会ではクレメンティの並外れた演奏テクニックが多くの聞き手の心をとらえました。しかし、さすがに当時の貴族は優れた教養層ですから、音楽そのものクオリティはモーツァルトの方が優れている事は十分に認識できました。
後に、ヨーゼフ2世がディッタースドルフという音楽家に感想を問い糾したときに、彼は「クレメンティの演奏は技のみ。モーツァルトの演奏は技と趣味があろうかと存じます」と答えると、皇帝 もまた「世もその通りのことを思った」と言ったそうです。

そして、その言葉はまさにその競技会の様子をあらわすには相応しい言葉で、疑いもなくクレメンティの優れた演奏テクニックが多くの人を魅了したことを証言しています。そして、同時に、クレメンティにとっても音楽には「テクニック」以外のものが必要であることをモーツァルトから率直に学び取ったのです。そして、これを切っ掛けに彼は作風を大きく進化させていく糧としたのです。

しかし、モーツァルトにはそんなクレメンティのような「大人の度量」には欠けますから、彼はクレメンティの高い演奏技術に度肝を抜かれながらも、その音楽の内容が空疎なことをあげつらって悪口を言いふらすことになるのです。例えば、「彼の作品を聞いて腹を抱えて笑い転げたよ!」みたいな感じです。姉のナンネルがクレメンティの作品を熱心に練習していると言う話を聞いたときにも、そんな作品の練習するのは無意味だとムキになったとしか思えないような手紙を書いています。
ほんとにクレメンティが取るに足りないピアニストならば、こんな反応はしないものです。

そして、このクレメンティの優れた資質を真っ直ぐに引き継いだのがベートーベンでした。
それはクレメンティこそがピアノという楽器が持っている本質を真に活用した音楽を書いた人であることを正確に認識していたからで、その評価は後のシューマンやブラームスも同様でした。
そして、彼が生み出したレガート奏法はあっという間にモーツァルト風の演奏法を過去のものにしてしまいました。

また、モーツァルトが毛嫌いしたと言われる大胆な転調の多様もまた明らかにロマン派音楽への先駆けとなりました。
評論家のショーンバーグはモーツァルトが最初の偉大な「ピアニスト」ならば、クレメンティは最初の偉大な「ヴィルトゥオーゾ」だと結論づけていました。

最近は彼が残した膨大なピアノ作品の全曲録音も行われるようになり、今後はさらに再評価が進むことでしょう。


自らの感興の趣くままに「ネコ」のように楽しんだ

ホロヴィッツはクレメンティが「取るに足らない音楽家」だと思われていた時代から彼の作品を積極的に取り上げていた数少ないピアニストの一人でした。そして、コンサートで取り上げるだけでなく録音まで行った人となると、この50年代までの時期ではホロヴィッツ意外は皆無と言っていいのかもしれません。
しかし、それはショーンバーグの「クレメンティは最初の偉大なヴィルトゥオーゾ」だという言葉を念頭に置けば、そう言うホロヴィッツの選択は何もおかしな話ではないことに気づかされます。

それにしても、これは考えてみれば皮肉な話です。
ショーンバーグはアメリカでは絶対的な権威を持った評論家であり、彼の代表作である「ピアノ音楽の巨匠たち」は疑いもなく名著の名に値する一冊です。そして、その中で彼はピアノ音楽の歴史の中に占めるクレメンティの業績を極めて正当に評価しているのです。

ところが、そんなクレメンティの作品を彼と同じように評価して積極的に録音まで行ったのは、クレメンティが「ネコほどの知性もない」と言って生涯酷評をし続けたホロヴィッツだったのです。

考えてみればホロヴィッツという人は「ネコ」みたいな人です。おそらく、ショーンバーグは「イヌ」みたいな人だったのかもしれません。
そして、その気まぐれな「ネコ」と実直な「イヌ」が、クレメンティという歴史の影に押し込められていた作曲家の上で交差したのです。それは、言葉をかえれば、クレメンティという音楽家は、そう言う「奇蹟」のようなことを引き出せる力と、それに相応しからぬ不当な扱いを長きにわたって受けてきたと言うことでしょう。

確かに、クレメンティのピアノ・ソナタをモーツァルトのソナタと比較するのは酷な話です。しかし、そんな比較は誰にとっても不当な話なのです。
ホロヴィッツは彼の作品の中に輝く「ヴィルトゥオーゾ・スタイル」を「ネコ」の感性で嗅ぎ取り、そのおいしさを自らの感興の趣くままに「ネコ」のように楽しんだのでしょう。

もしも、「クレメンティなんて聞く価値あるの?」と思われるか違いましたら、是非とも一度は欺されたと思って聞いてみてください。

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