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モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調, K.491

(P)エリック・ハイドシェック:アンドレ・ヴァンデルノート パリ音楽院管弦楽団 1957年12月26日~28日&1958年11月25日録音



Mozart:Concerto No.24 In C Minor For Piano And Orchestra, K.491 [1.Allegro]

Mozart:Concerto No.24 In C Minor For Piano And Orchestra, K.491 [2.Larghetto]

Mozart:Concerto No.24 In C Minor For Piano And Orchestra, K.491 [3.(Allegretto)]


今まで聞いたことがないような深遠な美しさ

モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調 , K.491
モーツァルトのピアノ協奏曲の中では、この作品だけは特別な位置を占めています。同じ短調で書かれたコンチェルトと言うことで、この作品は K.466のニ短調ソナタとセットで語られることが多いのですが、その中味は全く異なります。
確かに、ニ短調のコンチェルトではモーツァルトは大きな飛躍を果たすのですが、その飛躍は結果として最終楽章のアレグロのロンドによって今までの約束事の範疇に押し返されます。つまりは、それは結果として「短調でコンチェルトを書いてみる」という趣向の枠の中に押し込まれてしまったのです。

そして、その後もモーツァルトは緩徐楽章を短調で書くという試みを22番や23番のコンチェルトでも行っているのですが、それもまた一つの「趣向」の域を出る者ではありませんでした。
ところが、このハ短調のコンチェルトにおいては、モーツァルトは何かの情動に突き動かされるように、聞き手への慰めなどは捨て去った短調の世界を最後まで貫いてしまうのです。しかし、この作品はウィーンのプルク劇場において、モーツァルトが収入を得るために開いた演奏会で演奏された事はほぼ間違いなく、この嵐のような激情の世界を多くの聞き手は受け入れたようなのです。

それから、この作品のオーケストラの編成はモーツァルトの協奏曲の中では最も規模の大きなものとなっています。それは、見方を変えればピアノ独奏付きの交響曲のような外観を呈しています。

第1楽章の嵐のような激情はニ短調のコンチェルトのように最後は美しい青空に向かって走り抜けることはなく、続く緩徐楽章でも木管楽器を中心として愁いの影を消すことはないのです。そして、聞き手の多くは最終楽章でこそは気分を一新してくれることを期待したのでしょうが、始まるのは再び重々しいハ短調による変奏曲だったのです。
おそらく、耳の肥えた「身分の高い人たち」の中には、そこに今まで聞いたことがないような深遠な美しさを感じた人もいたでしょうが、さすがにこれにはつき合いきれないと劇場をあとにした人もいたことは否定できないでしょう。

それにしても、不思議に思うのは「何」がモーツァルトを突き動かしてこのような作品が生まれ出たのでしょうか。
モーツァルトのような作曲にとって実生活のあれこれの出来事と作品を結びつけるのは全くもって正しくありません。しかし、おそらくは、そう言う生活における「具体」的な出来事ではなくて、例えば芥川龍之介が「漠然とした不安」に駆られて自殺をしたような感情に近いものがあったのかもしれません。
それは、おそらくは政治的なことに関してはまったく疎いモーツァルトだったと思うのですが、その鋭敏な感性は時代が大きく動こうとしていることを深く感じとっていたのかもしれません。そして、その鋭敏な感性が感じとったある種の「不安」のような者を五線譜に向かって書き込んでいく内にこのような世界が立ちあらわれたのではないでしょうか。

最近の研究によると、この自筆スコアにはモーツァルトとは思えないような苦闘のあとが刻み込まれていることが分かってきました。それは、自筆譜と言っても殆ど浄書されたような外観を呈するモーツァルトにしては極めて珍しいことであり、とりわけ最終楽章の第3変奏では幾つかの草稿譜が書き並べられているだけで決定稿には達していないのです。その創作に苦闘する姿は、彼に続くベートーベンの作曲スタイルを想起させるものです。

そして、それ故に、19世紀にはいるとこの作品だけが大きく評価され、そのロマン主義好みの評価軸によって彼の協奏曲全体が次第に評価されることに事につながっていくのです。
確かに、モーツァルトの協奏曲の中で1曲選べと言われれば多くの人はこのハ短調コンチェルトを選ぶでしょう。しかし、それを基準とすることで、取り分け初期、中期の作品群を軽視する誤りは避けなければならないでしょう。
今回、クラウスの演奏で彼のコンチェルトを少年時代の作品から順番に聞き通すことでその事強く感じることが出来たのは、私にとっては大きな収穫でした。

ウィーン時代後半のピアノコンチェルト



  1. 第20番 ニ短調 K.466:1785年2月10日完成

  2. 第21番 ハ長調 K.467:1785年3月9日完成

  3. 第22番 変ホ長調 K.482:1785年12月16日完成

  4. 第23番 イ長調 K.488:1786年3月2日完成

  5. 第24番 ハ短調 K.491:1786年3月24日完成

  6. 第25番 ハ長調 K.503:1786年12月4日完成


9番「ジュノーム」で一瞬顔をのぞかせた「断絶」がはっきりと姿を現し、それが拡大していきます。それが20番以降のいわゆる「ウィーン時代後半」のコンチェルトの特徴です。
そして、その拡大は24番のハ短調のコンチェルトで行き着くところまで行き着きます。
そして、このような断絶が当時の軽佻浮薄なウィーンの聴衆に受け入れられずモーツァルトの人生は転落していったのだと解説されてきました。

しかし、事実は少し違うようです。

たとえば、有名なニ短調の協奏曲が初演された演奏会には、たまたまウィーンを訪れていた父のレオポルドも参加しています。そして娘のナンネルにその演奏会がいかに素晴らしく成功したものだったかを手紙で伝えています。
これに続く21番のハ長調協奏曲が初演された演奏会でも客は大入り満員であり、その一夜で普通の人の一年分の年収に当たるお金を稼ぎ出していることもレオポルドは手紙の中に驚きを持ってしたためています。

この状況は1786年においても大きな違いはないようなのです。
ですから、ニ短調協奏曲以後の世界にウィーンの聴衆がついてこれなかったというのは事実に照らしてみれば少し異なるといわざるをえません。

ただし、作品の方は14番から19番の世界とはがらりと変わります。
それは、おそらくは23番、25番というおそらくは85年に着手されたと思われる作品でも、それがこの時代に完成されることによって前者の作品群とはがらりと風貌を異にしていることでも分かります。
それが、この時代に着手されこの時代に完成された作品であるならば、その違いは一目瞭然です。

とりわけ24番のハ短調協奏曲は第1楽章の主題は12音のすべてがつかわれているという異形のスタイルであり、「12音技法の先駆け」といわれるほどの前衛性を持っています。
また、第3楽章の巨大な変奏曲形式も聞くものの心に深く刻み込まれる偉大さを持っています。

それ以外にも、一瞬地獄のそこをのぞき込むようなニ短調協奏曲の出だしのシンコペーションといい、21番のハ長調協奏曲第2楽章の天国的な美しさといい、どれをとっても他に比べるもののない独自性を誇っています。
これ以後、ベートーベンを初めとして多くの作曲家がこのジャンルの作品に挑戦をしてきますが、本質的な部分においてこのモーツァルトの作品をこえていないようにさえ見えます。


二人の音楽性が見事に一致したモーツァルト

ハイドシェックの名前が世間に知られるようになったのはこのモーツァルトのコンチェルトの録音によってでしょう。
この録音はハイドシェックのピアノも素晴らしいのですが、それと同じくらいヴァンデルノートの指揮が素晴らしいのです。後の世代から俯瞰してみれば、ヴァンデルノートの才能は1957年にパリ音楽院管弦楽団を指揮して録音したモーツァルトの交響曲によってすでに明らかでした。
しかし、その録音は世の中がすでにステレオ録音へと移行しつつある中でモノラルによって録音されたものだったので、それほど多くのの人の目に触れることがなかったようです。

そして、このコンチェルトの録音に関しても、1958年に録音された21番と24番の2曲もまた、信じがたいことにモノラルでしか録音されていませんでした。しかし、さすがに60年以降に録音された残りの4曲はステレオによって録音されていたので、それらは一躍世間の注目を集めるようになりました。そして、その事をきっかっけにしてヴァンデルノートの交響曲録音も一部の好事家から注目されるようになりました。
そのヴァンデルノートの録音に関してはすでに紹介してあるのですが、そこで感じたのは「これは30歳の若者にしか作れなかった音楽だな」という感想でした。

その録音は、ボンヤリと聞いていると一見何もしていないように聞こえなくもありません。しかし、その何もしていないように見えながらも、そこからは若者でしか為しえない、ほとばしるうな生命観に満ちあふれている事に気づかされたものでした。
演奏の基本的なスタンスは、この時代を席巻していたザッハリヒカイトな音楽作りといえるのでしょうが、その音楽からはザッハリヒカイトという言葉から連想される素っ気なさや硬直した雰囲気などは微塵も存在しません。

石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも
そんな万葉の歌が思い起こされるような音楽でした。
そして、そう言う音楽の方向性はまさにハイドシェックの音楽性と見事にマッチしたのでした。

とりわけ、25番のコンチェルトは、まるでベートーベンの初期のコンチェルトを聞いているような錯覚に陥ります。そのダイナミックな音楽の迸りはある意味ではモーツァルトらしくはないのかもしれませんが、聞いてワクワクさせられることは間違いありません。
そして、この一連の録音によってハイドシェックは「モーツァルト弾き」として認識されることになったらしいのですが、彼のピアノは正直言ってモーツァルトが持っている柔らかさよりは、ベートーベン的な直進性が持ち味のように聞こえます。そして、それがヴァンデルノートのの指揮と相まって、1960年に録音されたK.466のニ短調コンチェルトやK.488のイ長調コンチェルトなどは、溢れんばかりの推進力と生命力に溢れています。

こういうハイドシェックのピアノを聞けば、おそらく彼はこの後にベートーベンの世界に踏み込んで行くであろう事は容易に想像がつきますし、現実もその通りになりました。ただし、彼が1967年から開始したベートーベンのソナタ全曲録音は全てパブリック・ドメインとなる前にそこからこぼれ落ちてしまいました。
かえすがえすも残念なことでした。

ちなみに、音楽の方向性はモノラルで1958年に録音されたK.467のハ長調コンチェルトやK.491のハ短調コンチェルトに関しても同じです。
ただし、その二つはモノラルとしても録音のクオリティが良くないのが些か残念です。とりわけ、マスターテープの劣化が原因かと思うのですが、曲の冒頭が実に窮屈な音になってしまっています。しかし、演奏が進むにつれてモノラル最終期に相応しい音質へと回復していきますので、取りあえずは最後までお付き合いしてやってください。

それから、最後になりますが、モーツァルトの最後のピアノ・コンチェルトとなったK.595のコンチェルトはアプローチがそれ以外の5曲とは少し異なっています。
確かに、この簡潔きわまるコンチェルトを今までのようにスッキリと直線的に演奏したのではその透明感に溢れた世界を壊してしまいます。そして、その事はハイドシェックもヴァンデルノートも十分に心得ていたでしょう。そこでは、直線的な推進力は影をひそめ、作品に溢れ津透明感に溢れた悲しみをこの上もなく丁寧にすくい取るように、ニュアンス豊かに歌っていきます。

その意味では、1961年に録音された最後の2曲はそれまでの4曲よりはいろいろな意味で一歩も二歩も踏み込んだ演奏になっているようです。

なお、余談ながら、ヴァンデルノートはこの後にシカゴ交響楽団を指揮してアメリカデビューも果たし、彼のことをクリュイタンスの後継者と見なす人も多くなるのですが、何故かそのすぐ後にベルギー国内のブラバンド管弦楽団というマイナーなオケの首席指揮者に就任して、実質的にドロップ・アウトしてしまいます。おそらく、ペーター・マークと同じように飛行機で飛び回って演奏会場とホテルを行き来するだけの生活に嫌気がさしたのでしょう。
しかし、マークはそう言うマイナーオケで自分の好きな音楽をやりながら、晩年にいたって多くの人を驚嘆させるような音楽を生み出したのですが、ヴァンデルノートはそれほどの音楽を生み出すこともなくフェード・アウトしてしまいました。

そして、ハイドシェックなのですが、彼は2018年にも来日して各地でコンサートを行って多くの人に感銘を与えたようです。(私は実際に聞いていないのであくまでも伝聞です)
そして、亡くなったというニュースにも接していないので今も元気に活動しているのでしょうか。
もしも今も現役だとすれば、84歳ですから、それは不可能なことではありません。

ですから、この偉大なピアニストの業績をパブリック・ドメインで追えるのはごく初期の活動だけとなるのですが、それでも少なくない録音がパブリック・ドメインとなっていたことは有り難い話です。

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