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マタチッチ(Lovro von Matacic)|ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜
ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958年9月録音
Mussorgsky:A Night on Bald Mountain
これもまたリムスキー=コルサコフによって世に出た作品
![](../Jacket_record/Lovro_von_Matacic/Lovro_von_Matacic_Russian_Easter_Overture_58.jpg)
この作品はムソルグスキーの代表作となっているのですが、そして、それはその通りなのですが、細かく見ていくと幾つかのエクスキューズがつかざるを得ません。
まずは、この作品は合唱と管弦楽のための作品として構想されたものなのですが、残されたのはピアノ譜だけでした。もとはオペラ「ソロチンツィの定期市」の中の間奏曲として構想されたものなのですが、ムソルグスキーにはよくある話の「未完のままの放置」によって、そうなった次第です。
ただし、そこで構想された「間奏曲」は物語とは直接関係のない「悪魔の饗宴」を描いたものだったので、それならば、放置されたオペラとは関係無しに管弦楽曲として完成させたのがリムスキー=コルサコフだったのです。タイトルも、この作品の遠い原型となった「兀山のヨハネ祭の夜」にちなんで交響詩「兀山の一夜」となった次第です。
その意味では、音楽の骨格部分は紛れもなくムソルグスキーのものなのですから、これを彼の代表作に数え上げることになんの不都合もありません。しかしながら、そう言う骨格部分を一つにまとめ上げ華麗なオーケストレーションを施した功績は疑いもなくリムスキー=コルサコフにあります。ですから、これを交響詩「兀山の一夜」(リムスキー=コルサコフ版)と呼ぶのは実に正しい表記の仕方だと言えるのです。
なお、この楽譜の冒頭には次のような説明が付けられています。
「治下から響いてくる不気味な声。闇の精たちの登場。続いて闇の王チェルノボグの出現。チェルノボグに対する賛美と暗黒ミサ。魔女たちのサバドの饗宴。この狂乱が絶頂に達したとき、遠く野村の教会の鐘が鳴り始め闇の精たちは退散する。そして夜明け。」
各声部は意外なほどクリアで、一片の曖昧さもなくコントロールされている
マタチッチの名前が日本に広く知られるようになったのは1965年秋、スラヴ・オペラの指揮者として初来日したことが切っ掛けだと言われています。この時、歌手はベオグラード国立歌劇場のメンバーがやってきたのですがオーケストラはNHK交響楽団が務めました。「ボリス・ゴドゥノフ」や「イーゴリ公」等というオペラを生で初めて聞くことができた感動だけでなく、その音楽の巨大さと凄まじい熱気が聴衆だけでなく、NHK交響楽団のメンバーの心をもとらえてしまったのです。
そして、これが切っ掛けとなって翌年からマタチッチはたびたび来日してはNHK交響楽団を指揮することになっていくのです。
しかし、これはマタチッチにとっても幸運なことでした。
何故ならば、そのあまり器用とは言えない指揮スタイルゆえにヨーロッパのオケからは次第にオファーが来なくなっていたからです。
そして、今回紹介した1958年9月のフィルハーモニア管との録音を聞いても分かるように、分厚い低声部を土台とした大柄な音楽作りはいささか時代遅れのものになっていくことを予感させました。そしてその予感は、60年代半ば以降にアバドなどに代表される才能に溢れた若き指揮者達の颯爽とした音楽の登場によって現実の物になっていったのです。
しかしながら、まさにそう言う「時代遅れ」になって行きつつあるマタチッチの音楽を正当に評価した日本の聴衆は、その事を誇りとしていいでしょう。
確かに、このフィルハーモニア管との録音は、パッと聞いただけでは異常に分厚い低声部が音楽全体を鈍重なものにしているように聞こえます。そして、その様な「重さ」こそが時代遅れになっていった大きな要因と考えられるのです。
しかし、そこをもう一つ踏み込んで聞いてみると、分厚い低声部が特徴的であっても、その上にのっている各声部は意外なほどクリアで、そして一片の曖昧さもなくコントロールされていることに気づきます。つまりは、マタチッチの音楽は重厚でありながらクリアであり、時にはその響きは透明感すら感じる瞬間があるのです。
ですから、彼の音楽は決して雰囲気だけの大雑把な音楽とは全く異なるものなのです。
しかし、そう言うマタチッチの音楽を現実の物にするためには、一見すれば不器用としか思えないその指揮を真剣に受け取る「リスペクト」がオーケストラの側にあるかどうかが大きな分かれ目となります。
そして、そう言う「リスペクト」を最大限にもって彼の指揮棒に食らいついて行ったのがNHK交響楽団でした。
しかし、残念なことに、その不器用としか思えない指揮スタイルは、この上もなく分かりやすい指揮を持ち味とする優秀な若手たちが台頭してくると、それは次第に「嘲笑」の対象となっていきました。
そのあたりが、自らは一つの音を出すことも出来ない「指揮者」という稼業の辛いこところだとも言えます。
ちなみに、この1958年のフィルハーモニア管もそれなりの「リスペクト」を持ってマタチッチの思いを実現しています。そのあたりは、何よりも録音活動を本職とするオケとしての矜恃でしょうか。
「ダッタン人の行進」などはNHK交響楽団との録音も残っているのですが、記紀較べてみるとフォルハーモニア感はやはり上手いものです。ムソルグスキーの「禿山の一夜」にしても、リムスキー=コルサコフの「ロシアの復活祭」にしても、巨大で凄みがありながら一片の曖昧さもなく各声部がコントロールされているのはマタチッチだけでなくフィルハーモニア管の貢献も大きいと言わざるを得ません。
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