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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」 変ロ長調 Op.106

(P)アルフレッド・ブレンデル 1960年録音



Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [1. Allegro]

Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [2. Scherzo (Assai vivace - Presto - Prestissimo - Tempo I)]

Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [3. Adagio sostenuto]

Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [4. Largo - Allegro risoluto]


30年にわたって取り組んできた音楽体験の全てを統合しようとしたソナタ

とんでもなくザックリとした切り分け方なのですが、ベートーベンのピアノ・ソナタ創作の軌跡を眺めてみるならば、それは概ね3つの時期に分かれるように見えます。
まず最初の時期は、ハイドンやモーツァルトと言う先人達の18世紀的ソナタから多くのことを学び、それを自らの血肉としていった時期です。それは言葉をかえれば「古典的均衡」の時期とも言えるのですが、それでも、そう言う初期の時代からでもそこに人間的感情の発露を表現しようとする意志が垣間見られました。

ナンバリングで言えば、8番「悲愴」において中間のまとめを行い、14番「月光」と15番「田園」において総仕上げを行ったと言えるでしょうか。
ベートーベンのキャリアと重ね合わせてみるならば、そう言う一連のソナタにおいて新進気鋭の人気ピアニストとしての地位を築き上げていった時代でもありました。

そして、それに続くのが、その様な18世紀的な「古典的均衡」から抜け出して、人間的感情という行方しれぬものを表現しようとする「新しい道」への時代でした。
しかし、ここで注意が必要なのは、ベートーベンというのはその様な新しい表現を実現するために伝統を破壊したと言われることについてです。

「革命=破壊」というのは分かりやすい図式ではあるのですが、目の前にある現実の上に立脚しない限り新しい価値観というのは現実の力を持つことは出来ないものです。
つまりは、破壊だけでは何も新しいものは生み出せず、破壊の後の建設は古い切り株の上でしか芽吹かないのです。

ベートーベンが模索した「新しい道」を支えたのも「伝統の破壊」だけではなくて、まさに彼がそこに至るまでに身につけた「18世紀的伝統」という古い切り株だったことは正確に見ておく必要があります。
ですから、ベートーベンは新しい一歩を踏み出すと必ず後戻り、もしくは収縮をすることによって、その新しい一歩と過去の伝統との間で折り合いをつけようとします。
この「新しい道」においても行きつ戻りつを繰り返しながら、それでもナンバリングで言えば17番「テンペスト」から21番「ワルトシュタイン」、そして23番「アパショナータ」へと駆け上がっていきます。
そして、この「新しい道」が「アパショナータ」によって行き着くところまで行き着いたように見えながらも、その後にそれを確かめるように「テレーゼソナタ」や「告別ソナタ」によって収縮してしまうのがベートーベンなのです。

しかしながら、この収縮によっても、それに続く全く新しい方向性を見いだすことが出来なかったことは事実です。
告別ソナタを1810年に完成させた後に、ポツンと1814年に27番とナンバリングされたホ短調のソナタを作曲するのですが、それは次の方向性を模索する作品ではありませんでした。
彼が本当に最後の試みにチャレンジするようになるのは、その2年後に作曲された作品101のソナタ(28番)においてでした。

この作品101のソナタは、その傍らに「ハンマークラヴィーアソナタ」がたたずんでいるので過小評価されることが多いのですが、彼の創作の軌跡を辿ってみるならば、それこそが「深くて高い」と言われる後期の世界、つまりは第3の時期への入り口となったチャレンジでした。

中期のベートーベンが目指したのは、行方もしれずとらえどころもない「人間的感情」というものを、「デュナーミクの拡大」という手法によって、それが持つ「たぎるような力の発現」として表現してみせることでした。
しかし、作品101のソナタではその様な力の発現は影をひそめて、その代わりに、人間の内面を描き出すための繊細な手法を模索しはじめているのです。
そして、その模索は最後の3つのソナタへと結実していくことはここで指摘するまでもないことです。

その様にとらえてみると、この「ハンマークラヴィーアソナタ」は作品101のソナタで新しい一歩を踏み出したベートーベンが、その踏み出した一歩を確かめるための収縮だったと言うことになります。
もちろん、こんな事を書くと、「おい、おい、この巨大なソナタを前にして収縮だなんて、お前は気は確かか!」と言われそうなのですが、おそらく、ここのところの捉え方がこの作品を理解する上できわめて重要なポイントだと思われます。

一般的にこのソナタは、それまでに例をみないほどの巨大さを持っているので、ベートーベンの32のピアノソナタの中でも記念碑的な音楽だと思われてきました。
そして、多くのピアニスト達も、この作品が持っている技術的困難を克服しながら、記念碑的作品に相応しい演奏を追求してきていました。

しかし、この作品の構造をじっくりと眺めてみると、特異な要素が少なく、作品101のソナタと較べればはるかに伝統に則した内容になっているとローゼン先生は述べています。
そして、スランプと言われた時期においてもベートーベンは様々な形式の問題に取り組んでいたのであり、この巨大なソナタにおいて、彼が30年にわたって取り組んできた音楽体験の全てを統合しようとしていると指摘しています。

例えば、このソナタは、ベートーベンによってメトロノームによるテンポ設定が為されている唯一のピアノソナタ作品なのですが、その指定によれば第1楽章は「Allegro」で「二分音符 = 138」という数値が指定されています。
交響曲においても同様なのですが、ベートーベンがメトロノーム指定した数値はどれもこれもがかなり速いのですが、これもまたこの作品を記念碑的なソナタにするにしては「速すぎる」数値指定なのです。

もちろん、このような数値指定に感情を込めることは出来ないので、その指定は最初の数小節にのみ有効だとベートーベン自身も語っているのですが、それでも彼がこの第1楽章をかなり速めのテンポで演奏することを望んでいたことは事実です。
しかしながら、その様な速いテンポはこの「記念碑的」な性格を持つソナタには相応しくないというので、それよりはゆっくりめに演奏されるのが「伝統」となっています。
ワインガルトナーは「80!!」、ハンス・フォン・ビューローは「112」、モシュレスは「116」、スコダは「120~126」と言う数値を提案していたようです。もっとあからさまに、「138」という指示はベートーベンのミスだとして否定して、「オレはオレの道を往く」事を公言する人も少なくありません。

確かに、その様な遅いテンポでこのソナタの演奏をはじめれば、この第1楽章は記念碑的なソナタに相応しい壮大な性格を持つようになります。
しかし、ベートーベンは出版社宛の手紙の中で「Allegroのみでassaiを消してほしい」と書き、「138」という数値を指定しているので、それは当時の常識に従えばモーツァルトのソナタにおけるAllergoと同じようなテンポを想定していたことになります。
そして、その様な速いテンポでこの楽章を演奏すれば、それは記念碑的な壮大さよりは中期のソナタに通ずるエネルギーの爆発が前面に出てきます。そう考えれば、このソナタにおいて、ベートーベンはいつものように、作品101で踏み出した一歩をもう一度過去に戻って確かめているように聞こえるのです。

そして、その様な姿勢はこれに続く第2楽章のスケルツォを見ればよりはっきりとします。この楽章は、きわめて真っ当なメヌエットの形式で書かれていることは明らかであり、ローゼン先生によれはこれまでのどのソナタにもあらわれるメヌエットやスケルツォよりも何の変哲もないスタイルになっているからです。
つまりは、ここでベートーベンは18世紀的な伝統に厳格に従いながら、その伝統の中で次の新しいステップにおいて大きな力となるものが何なのかを吟味しているのです。
ちなみに、この楽章に指示したベートーベンの数値は「二分音符 = 80」となっていて、これもまた多くのピアニストを戸惑わせるのに十分なほどの速さです。

さらに、第3楽章のAdagio sostenutoで注目すべきは、出版譜の校正段階で追加された第1小節です。
この追加された小節はくぐもった響きであり、それに続く小節においても感情が極度に抑制されています。にもかかわらず、ベートーベンが与えたメトロノーム指定は「8分音符 = 92」という、これまたかなり速いものです。

確かに、今日のコンサート会場においてこのテンポで感情を抑制して演奏するというのはかなり不都合なように思われるのですが、小さな集まりで囁くように演奏することが出来るならば、それはかなり感動的な場面になります。おそらく、多くの人がこの楽章に捧げた讃辞、「全世界のすべての苦悩の霊廟」であるとか「人が魂の最も深い所から出てくる何か特別の訴えには、囁きにまで声を落とす」などと言う言葉は、その様な親密な場における親密な演奏においてのみ実現できるのかもしれません。

それは、これに続く巨大な終楽章と並び立つときに何とも言えず不思議な組み合わせになるのですが、それは、この時点においてベートーベン自身がこの作品がどのようにして演奏されるのかと言うことはほとんど頭の中には去来していなかったことの証左になるのかもしれません。
確かに、そう考えれば、このソナタを締めくくる最後のLargoとfugaが、とんでもない混乱の中から一つの秩序を探り当てようとするような音楽であり、それ故にそれが演奏者に対してどれほどの困難を強いるものかを全く考慮していないことにも分かるような気がするのです。

しかし、終楽章はそう言う混乱の中を彷徨うに見えながら、導入のLargoはローゼン先生によれば対位法の誕生であり、それに続くfugaはロンド形式に一連の変奏を結びつけた形式であり、それらはともに終楽章における伝統的な形式の枠から出るものではない事に気づきます。
そう言う意味では、彼がどれほど既存の伝統の破壊者のように見えたとしても、その根っこは頑ななまでに18世紀的伝統の上に絡みついているのです。

そして、ベートーベンが他の作曲家と較べて飛び抜けて偉大だったのは、その様な18世紀的な伝統を決して安易に放り出さずに、その伝統と自らの新しいチャレンジとの間で希有のバランスをとり続けたことです。
そう考えてみれば、この巨大なソナタは作品101のソナタという新しい実験を受けての一つの収縮だったと言うのは、それほど突飛な把握の仕方ではないと言えるのです。
そして、その様にとらえることは、エドウィン・フィッシャーのように「この曲の意味をすっかり汲み尽くすことは誰にでも出来ることではない。そのためには我々はベートーヴェンの全生活を彼と共に遍歴し、 彼の精神の世界創造の働きをみまもらねばならない」みたいに神棚に祭り上げてしまうよりは役に立つと思うのです。


すみずみまで考え抜かれた主情的な演奏

ブレンデルの録音活動は「Philips」と強く結びついています。
何しろ、同じレーベルで2度もベートーベンのピアノ・ソナタの全曲録音を行っているのです。一度目は1970年~1977年にかけて、2度目は1992年~1996年にかけてです。

ピアニストにしてみれば生涯で一度でも全曲録音が出来るならばそれは大いなる勲章ともなるべきものなのですから、同じレーベルで、それも「Philips」のようなメジャー・レーベルで2度も全曲録音を行うというのは破格の扱いです。
しかしなら、ブレンデルと「Philips」の結びつきは最初の録音をはじめた1970年からスタートするのであって、それ以前はアメリカの新興レーベルである「Vox」が彼にとっての活躍の場でした。そして、驚くことに、ブレンデルはこの「Vox」においてもベートーベンのピアノ・ソナタを全曲
録音しているのです。
さらに、協奏曲やバガテル、変奏曲などもほぼ全て取り上げていて、彼は「Vox」において、ベートーベンのピアノ音楽をほぼ全てコンプリートしているのです。
つまりは、ブレンデルは「Vox」にとっても重要な位置を占めるピアニストになっていくのであり、そして、その事を踏み台として「Philips」というメジャー・レーベルとの契約にたどり着くのです。

それにしても、その生涯で3度もベートーベンのピアノ・ソナタを全曲録音したピアニストというのは他にいるのでしょうか。
そう言えば、少し前にフルードリヒ・グルダが1953年から1954年にかけて全曲録音した音源が復刻されて(おそらく、録音から50年が経過しても未発表だったのでパブリック・ドメインとなったのでしょう)、それを勘定に入れればDcca時代のモノラルステレオ混在の録音とAmadeoでのステレオ録音をあわせればグルダも生涯に3度という事になります。

しかしながら、最近復刻された1953年から1954年にかけての録音はウィーンのラジオ局によってスタジオ収録されたにも関わらず、結局は一度も陽の目を見ることはなかったのですから、これを勘定に入れて生涯に3度と言い張るのはいささか無理があるでしょう。
と言うことになれば、ブレンデルの生涯3度というのは異例のことだといえます。
それから、ついでながら言えば、著作権法の改訂によって隣接権の保護期間が50年から70年に延びたことで、グルダのAmadeoでのステレオ録音(1967年録音、1968年リリース)は、まさに目の前でスルリとパブリック・ドメインから身をかわしてしまいました。そして、事情は1970年から開始されたブレンデルの録音も同様であって、それらがパブリック・ドメインの仲間入りすることは大きく遠のいてしまいました。

そうなってみると、1962年から1964年にかけて録音された「Vox」での全集録音はパブリック・ドメインという観点から見ればとても貴重なものだといえます。そして、その録音を今回あらためて聞き直してみて、すみずみまで考え抜いた上で極めて叙情性と主情性の強い演奏であることに気づかされました。
「Vox」時代のブレンデルの演奏は、最初は一刀彫りのような荒々しさが残っていたものが、1962年にピアノ・ソナタを手がける頃には次第に丁寧に作品を彫琢していくように変化していくのが分かります。

誰が言った言葉かは忘れましたが、あるピアニストが、聞き手からは高い人気と評価を得ているがプロのピアニストからの評価が低い人物としてバックハウスとブレンデルの名前を挙げていました。
この「聞き手からは高い人気」という言に異論はないでしょう。バックハウスもブレンデルも大衆的な人気と評価があったが故に、彼ららはそれぞれ2度、3度と全曲録音を行えたのです。しかしながら、後者の「プロのピアニストからの評価が低い」という事については、バックハウスに関しては(とりわけ晩年のステレオ録音)ある程度理解できる部分があるのですが、ブレンデルに関しては何故にそう言う評価が出てくるのかはよく分かりません。

実は、私などは、長きにわたってブレンデルというのはそれほど良く聞くピアニストではありませんでした。確かに、どの作品を聞いても良く考え抜かれた演奏であって、技術的にも申し分なく些細な隙も見いだせないような人だという認識がありました。しかし、それは裏返せば、何をやってもソツはないものの平均的な演奏を突き破る驚きにかけたピアニストと言う印象があったのです。ですから、どうして彼に人気があるのかが不思議だったのですが、現実は3度も全曲録音するほどの聞き手からの後押しがあったのです。
ですから、私などは、さぞや専門家からの評は高いんだろうけれど、その良さが私には分からないんろう、ななどと考えていたものです。

しかし、そう言うブレンデルへの評価はこの「Vox」での全曲録音を聞いてみて私の中で大きく変化しました。
その演奏は最初にも少しふれたように、平均的でソツがないどころか、実に叙情性にあふれた聞き手の心の琴線に触れてくる演奏だったのです。おそらく、普通の人はベートーベンのピアノ・ソナタを同一のピアニストで全曲聴くなどと言うことは殆どやらないと思います。しかし、今回彼の演奏でじっくりと聞いてみれば、どうやら私が勝手に思いこんでいた姿とは随分と異なることに気づかされました。

何故ならば、70年代のステレオ録音から何枚かを聞き直してみたのですが、それもまた十分すぎるほどに叙情性の強いベートーベンになっていることに気づかされたのです。しかし、あまりにもすみずみにまで配慮が行き届き、その配慮されたものが極めて高い完成度で演奏されているが故に、その完成度の方に耳が奪われて平均的でソツのない演奏と聞き間違えてしまったのです。

この「Vox」での演奏を聞いていると。「悲愴」とか「月光」とか「アパショナータ」というようなタイトル付きの有名作品よりも、どちらかと言えば地味なナンバーだけの作品の方が魅力的に聞こえます。いや、それは言い方が逆かも知れません。有名な作品の良さはすでによく知っているので「今さら」という感じなのですが、あまり聞く機会の少ない地味なソナタに関しては「これってこんなにも美しい場面が散りばめられているんだ」という事に気づかせてくれるのです。

確かに、こういうアプローチだと、「ワルトシュタイン」とか「アパショナータ」のように、デュナーミクの拡大によって今までは考えられなかったような「巨大さ」を追求したような作品では物足りなさがあるかもしれません。後期の30番から32番の3作品に関しても、とりわけ30番と31番に関してはいささか硬直したような雰囲気があって、いささか物足りなさを感じたことは正直に申し述べておかなければ行けません。
しかし、全体的に見れば、若きブレンデルのあふれるようなロマンティシズムが高い完成度で表白されているこの全集の価値は小さくはないかと思います。ただ、いささか残念なのは、現時点では初期ソナタの音源が私の手もとにないので、全集としてコンプリート出来ないことです。すでにこの録音は廃盤となっているようなので、メットか中古レコード店をまわるしかないようです。

それから、余談ながら、ブレンデルという人は80年代から90年代にかけては、疑いもなく時代を代表するピニストだったのですが、その名前を聞かなくなってから随分と時が経ちます。ですから、すでに鬼籍には入られたのかと思っておられる方も多いかと思うのですが、実は今(2019年)も存命です。
音楽家というのは、とりわけ指揮者とピアニストは「死ぬまで現役」という人が多いのですが、ブレンデルは珍しくも77歳で現役を引退したのです。2008年12月18日のウィーン・フィルとの公演がラスト・コンサートだったそうです。

そして、その後は教育活動に力を入れることになり、今も元気にレクチャーを行っているようです。
ブレンデルのピアノの特徴を一言で言えば、徹底的に考え抜かれた解釈によって繊細極まる造形を行うことにあります。それ故に、その様な完璧性が保持できなくなった時に、潔く撤退するだけの鋭い自己批判力があったと言うことなのでしょう。
私はこの潔さからしても、「プロのピアニストからの評価が低い」という言にはどうしても賛同できないのです。

引退した後のブレンデルのレクチャーを聴いた人の話によると、90歳を目前にした時でもピアノの腕前はそれほど衰えていないように感じたそうです。
しかしながら、それもまた気楽な聞き手ゆえに言える言葉なのでしょう。

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