Home|
オッテルロー(Willem van Otterloo)|ベートーベン:交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」
ベートーベン:交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」
ウィレム・ヴァン・オッテルロー指揮 ウィーン交響楽団 1953年2月22日~24日録音
Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [1.Allegro Ma Non Troppo (Apacibles Sentimientos Que Despierta La Contemplacion De Los Campos)]
Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [2.Andante Molto Moto (Escena Junto Al Arroyo)]
Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [3.Allegro (Animada Reunion De Campesinos) ]
Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [4.Allegro (La Tormenta, La Tempestad) ]
Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [5.Allegretto (Cancion Pastoril, Gratitud Y Reconocimiento Despues De La Tormenta)]
標題付きの交響曲
よく知られているように、この作品にはベートーベン自身による標題がつけられています。
- 第1楽章:「田園に到着したときの朗らかな感情の目覚め」
- 第2楽章:「小川のほとりの情景」
- 第3楽章:「農民の楽しい集い」
- 第4楽章:「雷雨、雨」
- 第5楽章:「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝の感情」
また、第3楽章以降は切れ目なしに演奏されるのも今までない趣向です。
これらの特徴は、このあとのロマン派の時代に引き継がれ大きな影響を与えることになります。
しかし、世間にはベートーベンの音楽をこのような標題で理解するのが我慢できない人が多くて、「そのような標題にとらわれることなく純粋に絶対的な音楽として理解するべきだ!」と宣っています。
このような人は何の論証も抜きに標題音楽は絶対音楽に劣る存在と思っているらしくて、偉大にして神聖なるベートーベンの音楽がレベルの低い「標題音楽」として理解されることが我慢できないようです。ご苦労さんな事です。
しかし、そういう頭でっかちな聴き方をしない普通の聞き手なら、ベートーベンが与えた標題が音楽の雰囲気を実にうまく表現していることに気づくはずです。
前作の5番で人間の内面的世界の劇的な葛藤を描いたベートーベンは、自然という外的世界を描いても一流であったと言うことです。同時期に全く正反対と思えるような作品を創作したのがベートーベンの特長であることはよく知られていますが、ここでもその特徴が発揮されたと言うことでしょう。
またあまり知られていないことですが、残されたスケッチから最終楽章に合唱を導入しようとしたことが指摘されています。
もしそれが実現していたならば、第五の「運命」との対比はよりはっきりした物になったでしょうし、年末がくれば第九ばかり聞かされると言う「苦行(^^;」を味わうこともなかったでしょう。
ちょっと残念なことです。
しっとりとした木目調であり、その色彩は穏やかな美しさを失うことはない
オッテルローの残した録音を眺めていると、ウィーン交響楽団との録音がたくさん残されていますから両者の関係は浅からぬものがあったのではないかと思われます。あくまでも私見ですが、マーラーの1番を録音した「ウィーン祝祭管弦楽団」という正体不明のオーケストラもその実体はウィーン交響楽団ではないかと考えています。
ただし、今となっては資料の少ない指揮者ですから、実際のコンサートで彼らがどれくらい共演していたのかは分かりませんでした。
今、私の手もとには、彼が50年代に録音したベートーベンの交響曲がいくつがあるのですが、5番、6番、7番はウィーン交響楽団と録音し、4番、8番、9番は手兵のハーグ・レジデンティ管弦楽団と録音をしています。
両者を聞き比べれば、やはりウィーン響は上手いなと思ってしまいます。(^^v
しかしながら、今さら繰りかえすまでもないのですが、ハーグ・レジデンティ管弦楽団の響きには他にかえがたい「色」と「味」があります。そして、オッテルローとウィーン響とのコンビでベートーベンを聞く楽しみの一つは、その「色」と「味」がどれほど反映されているかです。
それにしたも、オッテルローという人は不思議なベートーベンを造形したものです。
ベートーベンは「デュナーミクの拡大」によって、今まで誰もが考えもしなかったような「巨大」さを音楽で実現した人でした。つまりは「巨大」さこそは中期のベートーベンが最も深く追求した課題だったのです。
ところが、オッテルローはその中期の交響曲において、何故かその「巨大」さを敢えて追求していないように思えるのです。そして、その基本的なスタンスはウィーン響においても大きな変化はなかったのです。
ただし、手兵のハーグ・レジデンティ管弦楽団と較べてみれば、オケが上手い分だけ「スタイリッシュ」な側面がより前面に出てきます。
話がいささか脇道にそれるのですが、ベイヌムが思わぬ若さでこの世を去ったときに、コンセルトヘボウはどうしてこのオッテルローではなくてハイティンクを首席指揮者に選んだのでしょうか。それも、その若さに対する不安ゆえに、わざわざヨッフムをサポート役に付けてまで若手のハイティンクを選んだ理由は何処にあったのでしょうか。
当時の実力とキャリアを考えれば、まさに脂ののりきったオッテルローがハーグ・レジデンティ管弦楽団からコンセルトヘボウ管に横滑りをしても何の不思議もないと言うよりは、むしろその方が妥当なように思われるのです。
しかし、どなたが書いていたような気がするのですが、結局オランダはオッテルローをハーグで飼い殺しにし、オッテルローもそんな祖国に嫌気がさしたのか、祖国オランダを見限ったかのように活躍の場をオーストラリアに移してしまうのです。
歴史に「もしも」はないのですが、もしもオッテルローがコンセルトヘボウ管のシェフに就任していれば、どんなベートーベンを聞かせてくれたのだろうかと想像せずにはいられません。
ただし、このウィーン響との録音を聞いていると、彼には「オケの響き」に対する強い信念があったのかもしれないなとは思ってしまいます。
ハーグ・レジデンティ管弦楽団が太めの筆で味濃く描き出していたとすれば、ウィーン響ではもっと細めの筆で繊細に描き出しています。
しかし、色彩のトーンには共通点があります。
そして、結果として出来上がった音楽は小ぶりな造形ではあるのですが、その造形物の手触りはしっとりとした木目調であり、その色彩は穏やかな美しさを失うことはありません。
とりわけ、今回聞いてみた第6番「田園」の録音では、ウィーン郊外の田園を思わせるにはピッタリの響きで描き出され、その音楽が「巨大」さを追求していないがゆえに、まさに唯一無二の、他にはかえがたい「田園」風景を描き出すことに成功しています。
と、ここまで書いてきてコンセルトヘボウ管が何故にオッテルローを拒否したのか何となく分かってきたような気がします。
コンセルトヘボウ管というのもまた、自らの響きに強い信念を持ったオーケストラでした。そして、その信念は絶対に交わることがないものだと言うことも何となく見えてくるのです。
とは言え、キャリア的には不幸な指揮者だったと言わざるをえないでしょう。
この演奏を評価してください。
- よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
- いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
- まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
- なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
- 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10
4012 Rating: 5.1/10 (103 votes cast)
よせられたコメント
2019-08-26:たつほこ
- この のんびりした田園、いいですね。
暢気な感じが好きです。
商業としては波に乗れなかったとしても、記録に残っていてオッテルローは幸運だったとおもいます。
録音から66年たって、東洋の片隅で聴くことができる私達も幸運です。
のんびり行きましょう。
【最近の更新(10件)】
[2024-11-21]
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調, Op.11(Chopin:Piano Concerto No.1, Op.11)
(P)エドワード・キレニ:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ミネアポリス交響楽団 1941年12月6日録音((P)Edword Kilenyi:(Con)Dimitris Mitropoulos Minneapolis Symphony Orchestra Recorded on December 6, 1941)
[2024-11-19]
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77(Brahms:Violin Concerto in D major. Op.77)
(Vn)ジネット・ヌヴー:イサイ・ドヴローウェン指揮 フィルハーモニア管弦楽 1946年録音(Ginette Neveu:(Con)Issay Dobrowen Philharmonia Orchestra Recorded on 1946)
[2024-11-17]
フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調(Franck:Sonata for Violin and Piano in A major)
(Vn)ミッシャ・エルマン:(P)ジョセフ・シーガー 1955年録音(Mischa Elman:Joseph Seger Recorded on 1955)
[2024-11-15]
モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」 変ロ長調 K.458(Mozart:String Quartet No.17 in B-flat major, K.458 "Hunt")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2024-11-13]
ショパン:「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調, Op.18&3つの華麗なるワルツ(第2番~第4番.Op.34(Chopin:Waltzes No.1 In E-Flat, Op.18&Waltzes, Op.34)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1953年発行(Guiomar Novaes:Published in 1953)
[2024-11-11]
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調, Op.53(Dvorak:Violin Concerto in A minor, Op.53)
(Vn)アイザック・スターン:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1951年3月4日録音(Isaac Stern:(Con)Dimitris Mitropoulos The New York Philharmonic Orchestra Recorded on March 4, 1951)
[2024-11-09]
ワーグナー:「神々の黄昏」夜明けとジークフリートの旅立ち&ジークフリートの葬送(Wagner:Dawn And Siegfried's Rhine Journey&Siegfried's Funeral Music From "Die Gotterdammerung")
アルトゥール・ロジンスキー指揮 ロイヤル・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Artur Rodzinski:Royal Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)
[2024-11-07]
ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58(Beethoven:Piano Concerto No.4, Op.58)
(P)クララ・ハスキル:カルロ・ゼッキ指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団 1947年6月録音(Clara Haskil:(Con)Carlo Zecchi London Philharmonic Orchestra Recorded om June, 1947)
[2024-11-04]
ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調, Op.90(Brahms:Symphony No.3 in F major, Op.90)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1952年9月29日&10月1日録音(Arturo Toscanini:The Philharmonia Orchestra Recorded on September 29&October 1, 1952)
[2024-11-01]
ハイドン:弦楽四重奏曲 変ホ長調「冗談」, Op.33, No.2,Hob.3:38(Haydn:String Quartet No.30 in E flat major "Joke", Op.33, No.2, Hob.3:38)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1933年12月11日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on December 11, 1933)