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ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ長調, Op.12-1

(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ (P)エマニュエル・ベイ 1947年12月16日~17日録音



Beethoven:Sonata For Piano And Violin No. 1 in D Major, Op. 12, No. 1 [1.Allegro con brio]

Beethoven:Sonata For Piano And Violin No. 1 in D Major, Op. 12, No. 1 [2.Andante con moto]

Beethoven:Sonata For Piano And Violin No. 1 in D Major, Op. 12, No. 1 [3.Rondo - Allegro]


ベートーベンのヴァイオリンソナタの概要

ベートーベンのヴァイオリンソナタは、9番と10番をのぞけばその創作時期は「初期」といわれる時期に集中しています。9番と10番はいわゆる「中期」といわれる時期に属する作品であり、このジャンルにおいては「後期」に属する作品は存在しません。
ピアノソナタはいうまでもなくチェロソナタにおいても、「後期」の素晴らしい作品を知っているだけに、この事実はちょっと残念なことです。

ベートーベンはヴァイオリンソナタを10曲残しているのですが、いくつかのグループに分けられます。

作品番号12番の3曲

まずは「Op.12」として括られる1番から3番までの3曲のソナタです。この作品は、映画「アマデウス」で、すっかり悪人として定着してしまったサリエリに献呈されています。
3曲とも、急(ソナタ形式)?緩(三部形式)?急(ロンド形式)というウィーン古典派の伝統に忠実な構成を取っており、いずれもモーツァルトの延長線上にある作品で、「ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」という範疇を出るものではありません。

しかし、その助奏は「かなり重要な助奏」になっており、とりわけ第3番の雄大な楽想は完全にモーツァルトの世界を乗り越えています。

  1. ヴァイオリンソナタ 第1番 ニ長調 Op.12-1:習作的様相の強い「第2番」に比べると、例えば、ヴァイオリンとピアノの力強い同音で始まる第1主題からしてはっきりベートーヴェン的な音楽になっています。

  2. ヴァイオリンソナタ 第2番 イ長調 Op.12-2:おそらく一番最初に作曲されたソナタと思われます。作品12の中でも最も習作的な要素が大きい。

  3. ヴァイオリンソナタ 第3番 変ホ長調 Op.12-3:変ホ長調という調性はヴァイオリンにとって決してやさしい調性ではないらしいです。しかし、その「難しさ」が柔らかで豊かな響きを生み出させています。「1番」「2番」と較べれば、もう別人の手になる作品になっています。また、ピアノパートがとてつもなく自由奔放であり、演奏者にかなりの困難を強いることでも有名です



作品23と作品24のペア

続いて、「Op.23」と「Op.24」の2曲です。この二つのソナタは当初はともに23番の作品番号で括られていたのですが、後に別々の作品番号が割り振られました。
ベートーベンという人は、同じ時期に全く性格の異なる作品を創作するということをよく行いましたが、ここでもその特徴がよくあらわれています。悲劇的であり内面的である4番に対して、「春」という愛称でよく知られる5番の方は伸びやかで外面的な明るさに満ちた作品となっています


  1. ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 Op.23:モーツァルトやハイドンの影響からほぼ抜け出して、私たちが知るベートーベンの姿がはっきりと刻み込まれたさくいんです。より幅の広い感情表現が盛り込まれていて、そこにはやり場のない怒りや皮肉、そして悲劇性などが盛り込まれて、そこには複雑な多面性を持った一人の男の姿(ベートーベン自身?)が浮かび上がってきます。

  2. ヴァイオリンソナタ 第5番 へ長調 Op.24:この上もなく美しいメロディが散りばめられているので、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの中では最もポピュラリティのある作品です。着想は4番よりもかなり早い時期に為されたようなのですが、若い頃のメロディ・メーカーとしての才能が遺憾なく発揮された作品です。



作品30の3曲「アレキサンダー・ソナタ」

次の6番から8番までのソナタは「Op.30」で括られます。この作品はロシア皇帝アレクサンドルからの注文で書かれたもので「アレキサンダー・ソナタ」と呼ばれています。
この3つのソナタにおいてベートーベンはモーツァルトの影響を完全に抜け出しています。そして、ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権を目指したのベートーベンの独自な世界はもう目前にまで迫っています。
特に第7番のソナタが持つ劇的な緊張感と緻密きわまる構成は今までのヴァイオリンソナタでは決して聞くことのできなかったスケールの大きさを感じさせてくれます。また、6番の第2楽章の美しいメロディも注目に値します。


  1. ヴァイオリンソナタ 第6番 イ長調 Op.30-1:秋の木漏れ日を思わせるような、穏やかさと落ち着きに満ちた作品です。ベートーベンらしい起伏に満ちた劇性は気迫なので演奏機会はあまり多くないのですが、好きな人は好きだという「隠れ有名曲」です。

  2. ヴァイオリンソナタ 第7番 ハ短調 Op.30-2:ハ短調です!!ベートーヴェンの「ハ短調」と言えば、煮えたぎる内面の葛藤やそれを雄々しく乗り越えていく英雄的感情が表現される調性です。この作品もまたベートーヴェンらしい悲痛さと雄大さを併せもっているので、「春」「クロイツェル」に次ぐ人気作品となっています。

  3. ヴァイオリンソナタ 第8番 ト長調 Op.30-3:7番の作曲に全力を投入したためなのか、肩の力が抜けてシンプルな作品に仕上がっています。ただし、そのシンプルさが何ともいえない美しさにつながっていて、人というのは必ずしも、何でもかんでも「頑張れ」ばいいというものでないことを教えてくれる作品です。



作品47

そして、「クロイツェル」と呼ばれる、ヴァイオリンソナタの最高傑作ともいうべき第9番がその後に来ます。
「ほとんど協奏曲のように、極めて協奏風に書かれた、ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」というのがこの作品に記されたベートーベン自身のコメントです。
ピアノとヴァイオリンという二つの楽器が自由奔放かつ華麗にファンタジーを歌い上げます。中期のベートーベンを特徴づける外へ向かってのエネルギーのほとばしりを至るところで感じ取ることができます。
ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権というベートーベンがこのジャンルにおいて目指したものはここで完成され、ロマン派以降のヴァイオリンソナタは全てこの延長線上において創作されることになります。


  1. ヴァイオリンソナタ 第9番 イ長調「クロイツェル」 Op.47:若きベートーベンの絶頂期の作品です。この時代には「交響曲第3番(英雄)」「ピアノ・ソナタ第21番(ワルトシュタイン》)「ピアノ・ソナタ第23番(熱情)」が生み出されているのですが、それらと比肩しうるヴァイオリンソナタの最高傑作です。



作品96

そして最後にポツンと創作されたような第10番のソナタがあります。
このソナタはコンサート用のプログラムとしてではなく、彼の有力なパトロンであったルドルフ大公のために作られた作品であるために、クロイツェルとは対照的なほどに柔和でくつろいだ作品となっています。


  1. ヴァイオリンソナタ 第10番 ト長調 Op.96:「クロイツェル」から9年後にポツンと作曲された作品で、長いスランプの後に漸く交響曲第7番や第8番が生み出されて、孤高の後期様式に踏み出す時期に書かれました。クロイツェルの激しさとは対照的に穏やかな「田園的」雰囲気にみちた作品となっています。




いかなる甘い感傷も入り込む余地のない厳しい音楽

ハイフェッツは1947年の12月16日と17日の二日間で以下の4曲を録音しています。


  1. ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ長調, Op.12-1

  2. ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調, Op.12-2

  3. ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調, Op.24 「春」

  4. モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第24番 ハ長調, K.296



前回は、「SP盤」技術の掉尾を飾る「優秀録音」としての意味についてふれましたので、今回は、鋼鉄のごときハイフェッツの演奏について言及したいと思います。

「即物主義」という言葉があります。もとは美術界等で使用された用語だったのですが、それが音楽界においては「主観性を排した楽譜に忠実な演奏」を意味する言葉として使われました。
この「即物主義」という言葉に対する概念として美術界では「表現主義」という言葉が使われるのですが、不思議なことに音楽界ではその言葉あまり使用されません。

「表現主義」とは「印象派」に対抗する概念として提唱されました。
それは、「印象派」のように、物事の外面的な特徴を描写する事に力を注ぐのではなくて、物事と向き合った時の人間の内面的な感情こそを描き出すが重要だという主張でした。
これを音楽の世界に援用すれば、楽譜の外面をなぞるのではなくて、それと向き合ったときの率直な感情こそを大切にするべきだと言うことになり、それはまさに19世紀的な過度にロマンティックな演奏様式を応援する概念となります。そして、美術界を中心として「表現主義」に対する批判と反省から「即物主義」が唱えられるようになると、音楽界でもその大きな流れが押し寄せてくることになるのです。

音楽界でのこの新しいムーブメントの立役者は、言うまでもなくトスカニーニでした。彼と較べれば、フルトヴェングラーは「表現主義」の人だったことは明らかでしょう。
そして、この二人がアメリカとヨーロッパに別れていたこともあってか、アメリカは「即物主義」の牙城となり、ヨーロッパでは長く「表現主義」が生き残ることになりました。このあたり、あまり雑駁なまとめ方をすると思わぬ地雷を踏むことにもなりかねませんのでこれ以上の深入りは避けますが、それでも、アメリカに亡命をしたワルターがガラリと芸風を変えてしまった事からも、アメリカにおける「即物主義」の影響力の強さが分かります。

そして、そんな「即物主義」の最たる存在がこのハイフェッツだったような気がするのです。
振り返ってみれば、トスカニーニにしてもワルターにしても、そしてセルやライナーにしても、彼らがアメリカを活動の拠点としたのはナチスの台頭がきっかけとなっていました。そして、彼らがアメリカに移ったときには、彼らはすでに成熟した「ヨーロッパの音楽家」だったのです。
それと比べると、ハイフェッツがアメリカに拠点を移したのはナチスの影響ではなくてロシア革命がきっかけでした。ですから、その時彼はとても若かったのです。

彼は1917年にカーネギー・ホールでアメリカデビューを果たすのですが、そのままロシア革命を避けるためにアメリカ在住の道を選ぶのです。その時彼は未だ16歳であり、いかに10代の初めからヨーロッパ各地で演奏会を行っていたとはいえ、そこに根を張るには時間不足でした。
そして、彼が新しく根を張ったアメリカという社会は、日頃の不摂生などが原因でちょっとした技術的な不都合が起こるだけで厳しく非難される社会だったのです。
例えば、あのラフマニノフでさえ、1930年代にはいるとテクニックが落ちたと批判されたのです。

そして、ハイフェッツもまた、20代の中頃にその様な批判にさらされ、それを乗り切るために「鋼鉄のような自己節制」を自らに課したのでした。
彼はヴァイオリンの上達法を聞かれたときに「練習。ただ練習あるのみです。」と語っていたというのは有名な話で、通行人にカーネギー・ホールへの行き方を訊かれた時にも「練習。ただ練習あるのみです。」とこたえたというのもまた有名な話です。

トスカニーニにしてもセルにしても、それがいかに鋼鉄の規律で貫かれていたとしても、その奥底には抑えがたいロマンティシズムが息づいている事に気づかされます。それは、彼らの根っこに成熟した「ヨーロッパの音楽家」が存在してたからでした。
しかし、ハイフェッツの演奏こそはまさに鋼鉄の規律によって作りあげられた「即物主義」の化け物のような音楽であり、そこには一切の感傷のようなものは入り込む余地もないように聞こえるのです。
そして、その様な音楽というものは、ごく些細な不完全さをも許さないものであり、それは、断崖絶壁の縁を歩き続けるような所業だったはずです。

ハイフェッツは1959年に公開の演奏会から身を引き、1970年には(おそらく・・・^^;)録音活動からも身を引きます。つまりは50代で演奏家会から身を引き、60代で録音活動からも身を引き、その後の亡くなるまでの10年以上の日々は沈黙を守ったのです。
それは、ハイフェッツという人の自己批判力の強さの表れでもあったのでしょうが、それ以上に、彼の音楽が技術的な「衰え」を一切許さないものだったからでしょう。

そう思えば、このような40代から50代にかけての全盛期の録音は、一点も余さずにすくい上げておく必要があるのかもしれません。
繰り返しになりますが、そこにあるのは「いかなる甘い感傷も入り込む余地のない厳しい音楽」だからです。

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