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ベートーベン:交響曲第7番イ長調 作品92

アンドレ・クリュイタンス指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1957年2月20日~22日録音



Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [1.Poco Sostenuto; Vivace]

Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [2.Allegretto]

Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [3.Presto; Assai Meno Presto; Presto]

Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [4.Allegro Con Brio]


深くて、高い後期の世界への入り口

 「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(ユング君が特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。ユング君はこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)

 それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
 第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、ユング君は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。
 
 偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
 最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。

 不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。

 この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
 ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)
 特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。

 この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。

そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。


全集盤ほどには意固地にインテンポに固執していないので異なる魅力がある

最近になって、クリュイタンス&ベルリンフィルによるベートーベンの交響曲全集に勘違いしているところがあることに気づきました。それは、第7番の交響曲の録音クレジットを1957年2月としていたことで、正しくは1960年3月10日&14日録音でした。
ただし、アップされていた音源は1960年に録音されたものでしたので、つまりは録音クレジットだけが間違っていたと言うことになります。

それでは、どうしてその様な勘違いがおこったのかと言えば、クリュイタンス&ベルリンフィルによって1957年2月に録音された音源が別に存在していて、さらに言えば、その録音がこの両者の組み合わせによる「ベートーベン交響曲全集」の第1弾としてリリースされていたからです。つまりは、57年録音の方に「ベートーベン交響曲全集の第1弾」というキャッチフレーズがついていたのが勘違いを引き起こす原因となったのです。
そして、その録音は「ベルリンフィルによる初めてのベートーベン交響曲全集の第1弾」としてリリースされながら、わずか数年で廃盤となってしまい、さらにはその後も再発されることはなかったという「不思議な録音」だったのです。
ですから、もしかしたらあの誤った録音クレジットを信じて極めてレアな音源だと勘違いされた方がおられましたら申し訳ない限りです。

それでは、全集盤の第1弾としてリリースされながら、あっという間に廃盤になってしまった一番の理由は何だったのかと言えば、その57年録音が「モノラル録音」だったからです。
このあたりの事情はEMIがほぼ同じ時期に始めたクレンペラー&フィルハーモニア管による全集プロジェクトと似通っています。
DGもEMIも「ステレオ録音」という新しい技術的に乗り遅れて、ともに「ベートーベンの交響曲全集」というレーベルのカタログを飾る金看板を「モノラル録音」でスタートさせてしまったのです。
しかし、その「愚」をレーベル側はすぐに悟り、すでにモノラルで録音したものは「無かった」事にして、それらはもう一度ステレオによって再録音を行い「全集」として完成させたのです。

人の良いクリュイタンスならばいざ知らず、あの偏屈男のクレンペラーがその様な無理をよくぞ承知したものだと思うのですが、それはまあ、別の話です。
しかし、クレンペラーの方は古いモノラル録音の方をその後も発売を続けることには一切文句をつけなかったのに対して、クリュイタンスの方は57年に録音されたモノラル盤に関しては再発を一切認めませんでした。ですから、それが再び陽の目を見たのは21世紀に入ってからのことで、それゆえに57年盤は長きにわたって「幻の録音」になっていたのです。
このあたりのことも、人は見かけだけでは判断できないものだと思わせられます。
そして、再発を認めなかった理由についてクリュイタンスは一切何も語っていませんから、以下で述べることは私の全く勝手な想像の域を出るものではありません。

クリュイタンスとベルリンフィルによるベートーベンと言えば全集盤が有名なのですが、1955年10月27日&11月1日に両者は「田園」の録音を行っています。おそらく、この両者の顔合わせによるベートーベン録音はこれが最初かと思われます。
55年と言えば、54年11月にフルトヴェングラーが急死し、翌55年の2月から4月にかけて予定されていた初めてのアメリカ公演をカラヤンが引き受けた時期でもありました。そして、そのアメリカ公演を成功させたカラヤンはそのままベルリンフィルのシェフの座におさまるのです。

ですから、クリュイタンスがベルリンフィルと田園を録音した時期は、フルトヴェングラーの色が濃く染み込んだ時期でありながら、カラヤンという新しい指揮者のもとで新しい時代に踏み出そうとして時期でもあったわけです。
おそらく、オーケストラのメンバーの多くはカラヤンへの期待を抱きながらも、フルトヴェングラーへの深い尊敬の念も抱いていたことでしょう。そして、彼とともに作りあげてきたベートーベン像にも深い尊敬と自信を持っていたはずです。
しかしながら、そうであっても時代は前に進みつつあることは事実で、さらに言えばその事実を55年のアメリカ公演で彼らは痛感したはずです。
そして、その即物主義的な潮流からフルトヴェングラーのベートーベンを見直してみれば、それはあまりにもデフォルメされすぎていると感じても不思議ではなかったのです。

そこまで想像をふくらませれば、55年にクリュイタンスと行った田園の録音は、フルトヴェングラーとは異なる新しいベートーベン像を打ち出すために相応しい指揮者を捜すための「試験」のようなものだったのかもしれないのです。
言うまでもないことですが、クリュイタンスはフランス人指揮者であってもベートーベンのことを知り抜いていました。その点に関しては全く不足はありません。そして、何よりもオーケストラに対して絶対に無理なことを要求しない指揮者であることも重要なことだったはずです。
クリュイタンスほどに、オケに負荷をかけることなくその能力を十全に引き出す術を見つけた指揮者はそうそういるものではありません。

つまりは、ベルリンフィルにしてみれば、フルトヴェングラーと較べればはるかにスケールの小さなベートーベンであっても、その音楽的構造が聞き手にしっかりと伝わる「スタンダードなベートーベン像」を作りあげていく上では最適な指揮者だと判断したのでしょう。

そして、その判断がベルリンフィルにとっての初めての全集制作に音楽監督のカラヤンではなくてクリュイタンスを選んだ理由の一つだったのかもしれません。
そして、クリュイタンスはその様な意図によくこたえて、頑固と思えるほどにテンポを揺らすことなくその内部構造を浮かび上がらせることに力を傾注しました。そう言うベートーベン像に対して批判があることは承知していますが、彼らが最初からやろうともしていないことを取り上げて批判をするのは何処かずれていると言わざるを得ません。

そして、楽器を少しずつ積み上げていってデュナーミクの拡大を図るというベートーベンの手法をより明確に表現できるのはモノラル録音ではなくてステレオ録音でした。
フルトヴェングラーのように音楽を一篇のドラマのように演じてみせるやり方ならば録音がモノラルであってもそれほど大きなデメリットにはなりません。しかし、ここでクリュイタンスとベルリンフィルが求めたものを実現する上ではステレオ録音のメリットは絶大でした。そして、クリュイタンスもまたそのその事を十分に理解していたのでしょう。

しかし、55年の田園の録音にしても、57年の第7番の録音にしても、全集盤ほどには意固地にインテンポに固執していないので、全集盤とは異なる魅力があることも事実です。
そう言う意味では、著作権の保護期間が延長されて余裕が出来た今の状況を考えれば紹介しておく価値は十分にあるといえます。

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