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シューベルト:交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」 D.944

カレル・アンチェル指揮 ベルリン放送交響楽団 1957年12月16日~17日録音



Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [1.Andante - Allegro, ma non troppo - Piu moto]

Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [2.Andante con moto]

Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [3.Scherzo. Allegro vivace - Trio]

Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [4.Allegro vivace]


ベートーベン的な「交響曲への道」にチャレンジしたファースト・シンフォニー

天才というものは、普通の人々から抜きんでているから天才なのであって、それ故に「理解されない」という宿命がつきまといます。それがわずか30年足らずの人生しか許されなかったとなれば、時代がその天才に追いつく前に一生を終えてしまいます。

シューベルトはわずか31年の人生にも関わらず多くの作品を残してくれましたが、それらの大部分は親しい友人達の間で演奏されるにとどまりました。
彼の作品の主要な部分が声楽曲や室内楽曲で占められているのはそのためです。

言ってみれば、プロの音楽家と言うよりはアマチュアのような存在で一生を終えた人です。もちろん彼はアマチュア的存在で良しとしていたわけではなく、常にプロの作曲家として自立することを目指していました。
しかし世間に認められるには彼はあまりにも前を走りすぎていました。
もっとも同時代を生きたベートーベンは「シューベルトの裡には神聖な炎がある」と言ったそうですが、その認識が一般のものになるにはまだまだ時間が必要でした。

そんなシューベルトにウィーンの楽友協会が新作の演奏を行う用意があることをほのめかします。
それは正式な依頼ではなかったようですが、シューベルトにとってはプロの音楽家としてのスタートをきる第1歩と感じたようです。彼は持てる力の全てをそそぎ込んで一曲のハ長調交響曲を楽友協会に提出しました。

しかし、楽友協会はその規模の大きさに嫌気がさしたのか練習にかけることもなくこの作品を黙殺してしまいます。
今のようにマーラーやブルックナーの交響曲が日常茶飯事のように演奏される時代から見れば、彼のハ長調交響曲はそんなに規模の大きな作品とは感じませんが、19世紀の初頭にあってはそれは標準サイズからはかなりはみ出た存在だったようです。

やむなくシューベルトは16年前の作品でまだ一度も演奏されていないもう一つのハ長調交響曲(第6番)を提出します。
こちらは当時のスタンダードな規模だったために楽友協会もこれを受け入れて演奏会で演奏されました。しかし、その時にはすでにシューベルがこの世を去ってからすでに一ヶ月の時がたってのことでした。

この大ハ長調の交響曲はシューベルトにとっては輝かしいデビュー作品になるはずであり、その意味では彼にとっては第1番の交響曲になる予定でした。
もちろんそれ以前にも多くの交響曲を作曲していますが、シューベルト自身はそれらを習作の域を出ないものと考えていたようです。

その自信作が完全に黙殺されて幾ばくもなくこの世を去ったシューベルトこそは「理解されなかった天才の悲劇」の典型的存在だと言えます。
しかし、天才と独りよがりの違いは、その様にしてこの世を去ったとしても必ず時間というフィルターが彼の作品をすくい取っていくところにあります。この交響曲もシューマンによって再発見され、メンデルスゾーンの手によって1839年3月21日に初演が行われ成功をおさめます。

それにしても時代を先駆けた作品が一般の人々に受け入れられるためには、シューベルト→シューマン→メンデルスゾーンというリレーが必要だったわけです。
これほど豪華なリレーでこの世に出た作品は他にはないでしょうから、それをもって不当な扱いへの報いとしたのかもしれません。


  1. 第1楽章:Andante - Allegro, ma non troppo - Piu moto
    冒頭、2本のホルンによって主題が奏されるのですが、これが8小節を「3+3+2」としたもので、最後の2小節がエコーのように響くという不思議な魅力をもっています。
    また、この主題の中の3度上行のモティーフが至るところで使われることによって作品全体をまとめる働きもしています。

  2. 第2楽章:Andante con moto
    チェロやコントラバスというベースラインが絶妙に揺れ動く中でオーボエのソロが見事な歌を歌います。ベートーベン的な世界を求めながらも、そこにシューベルトならではの「歌」の世界が抑えきれずにあふれ出たという風情です。
    そして、シューベルトには申し訳ない話かも知れませんが、それ故に聞き手にとっては最も美しく響く音楽でもあります。

  3. 第3楽章:Scherzo. Allegro vivace - Trio
    同じスケルツォでも、ベートーベンのような諧謔さではなくて親しみやすい舞曲的性格が強い音楽になっています。

  4. 第4楽章:Allegro vivace
    「天国的な長さ」とシューマンによって評された特徴が最もよくあらわれているのがこの楽章です。
    第1主題に含まれる2つの音型が楽章の全体を通して休みなく反復されるので、それがその様な感覚をもたらす要因となっています。
    しかし、それこそがベートーベン的な「交響曲への道」を求めていたシューベルトの挑戦の表れだったと言えます。




アンチェルは明らかにこの作品を「ファースト・シンフォニー」として造形して見せました

実に素晴らしい透明感に満ちたシューベルトです。まさにそれは、アンチェルならではの「清流シューベルト」だとも言えます。
57年録音であるにもかかわらずモノラル録音だというのは残念なのですが、楽器の分離は素晴らしく良好なので窮屈さみたいなものはかんじません。そして、その響きは、川底の小石や小魚の群れを手に取るように見せてくれる清流のごとき透明感に満ちています。
面白いのは、そう言う響きの特徴を浮かび上がらせたかったのか、アンチェルは普通であれば内声部に埋もれてしまうような響きを明瞭に浮かび上がらせるようなバランスを選択していることです。とりわけ、アンダンテ楽章ではその傾向が顕著で、こんな所にこんな美しい小魚たちが身を翻していたのかと思わせるような音楽になっています。
そして、それが「若きシューベルト」の躍動するような心の内を浮かび上がらせるのです。

考えてみれば、このシューベルト最後のシンフォニーとなったハ長調シンフォニーというのは不思議な立ち位置にある音楽です。
それは、時系列で言えば疑いもなく「ラスト・シンフォニー」ではあるのですが、シューベルトの思いから見ればそれは疑いもなく「ファースト・シンフォニー」だったからです。言うまでもないことですが、このハ長調シンフォニーに至るまでに、シューベルトは10曲を超える交響曲に着手しています。
しかし、それらは全て「習作」の域を出ないものだという意識がシューベルトにはありました。「未完成」となったロ短調シンフォニーを「習作」と言われたのでぼんくら作曲家たちにとっては立つ瀬がないのですが、シューベルト自身の意識としては「試みたけれども上手く仕上がらなかった」作品であったことは否定しようがないのです。

「ザ・グレイト」とあだ名が付いたほどの作品ですから、数多くの名演にも恵まれています。
フルトヴェングラーはこの作品を途轍もない巨大さを持った音楽として造形しました。セルはこの作品を、シューベルトの想いを汲むように、ベートーベン的なシンフォニックな姿に造形しました。アンチェルの演奏は基本的にはセルと同じ方向を向いているとは思うのですが、しかし、何処か根本的なところで異なっているような気もするのです。
そして、その違いを考えていてふと気づいたのは、彼らがこのハ長調シンフォニーの立ち位置を「ラスト・シンフォニー」としてとらえているのか、それとも「ファースト・シンフォニー」としてとらえているのかという違いではないかと言うことです。

フルトヴェングラーのような行き方は、明らかにこの作品をシューベルトの最晩年を飾る「偉大なるシンフォニー」として造形しています。
セルもまた、「交響曲への道」を追い求めたシューベルトの到達点を示す偉大なる「ラスト・シンフォニー」として造形しています。
そうなっても不思議でない背景には、未完成のロ短調シンフォニーでさえ「習作」として投げ捨ててしまったシューベルトの助走期間の偉大さにあります。そして、その様な序奏を経て完成させたハ長調シンフォニーは、シューベルト自身の意識としては「ファースト・シンフォニー」であったとしても、そこにはすでに「偉大」さが内包されていたのです。

しかしながら、アンチェルは明らかにこの作品を「ファースト・シンフォニー」として造形して見せました。
確かにこの作品は「偉大」さを内包した音楽ではあるのですが、それでもこれを完成させたとき、シューベルトは未だ20代の若者だったのです。そして、そこをスタートラインとして、いよいよプロの作曲家として自立していこうとする意欲と自信を漲らせていた時期でもあるのです。病魔による体調の悪さは自覚はしていたでしょうが、それでもこれが「ラスト・シンフォニー」になるなどとは夢にも思っていなかったはずです。
アンチェルは、その様な若者の希望と自信に満ちた「ファースト・シンフォニー」としてこの作品を造形して見せたのです。それが結果として、美しい清流の中を小魚たちが身を翻すような音楽になったのでしょう。
フルトヴェングラーやセルのような演奏と比較して足りないところを指摘するのは容易いことですが、その事でくみ取るべき大切なものを見落とすとすれば、それは己の世界をいたずらに狭める結果にしかならないでしょう。

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