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モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲 K.620

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1960年6録音



Mozart:Die Zauberflote Overture, K.620


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フィガロが「神が降臨する音楽」ならば、魔笛こそは「人間が躍動する音楽」

よく知られている話ですが、最晩年のモーツァルトは貧窮のどん底にありました。そんなモーツァルトにイギリス行きの話が持ち上がります。
当時のイギリスは貴族の社会から市民の社会へと移行し、音楽は貴族の専有物というポジションから離脱して、大きなコンサート会場を満席にするに足る市民の聴衆を獲得していました。

しかし、イギリスは音楽の消費地としては先進国であっても生産地としてはお粗末な状態でした。コンサート会場を満員にする聴衆は獲得していても、そこで演奏するための作品にはいつも不足していました。
そこで、興行主たちはウィーンで活躍する有名な作曲家たちを金の力で競ってイギリスに呼び寄せようとしました。
有名なのはザロモンに招待されたハイドンです。
ハイドンは何度かのイギリス行きで、数多くのすぐれた作品を生み出すとともに、一切の煩わしさから解放されて老後を過ごすことが出来るだけの財産を手にすることが出来ました。

これと同じような話がモーツァルトにも持ち上がったのです。
しかし、貧窮にあえいでいたにもかかわらず、モーツァルトはこの申し出を断ってしまいます。
オペラの共同作業者とも言うべきダ・ポンテですら新天地としてのイギリス行きを決め、そのパートナーとしてモーツァルトを誘ったにもかかわらず、彼はウィーンに残ることを決断します。

その最大の理由は、歌芝居一座の座長であったシカネーダーとの間で始まっていた、「ドイツ語によるオペラ」という試みがモーツァルトの心をとらえていたからです。
当時、オペラはイタリア語で歌われるものと決まっていて、ドイツ語のような「粗野」な言葉は音楽には向かないものとされていました。
それだけに、ドイツ語によるオペラを書くというのはモーツァルトにとっては長年の念願であり、その実現に向けたシカネーダーとの共同作業は「経済的魅力」にうち勝つほどの心躍る作業だったのです。

「魔笛」は今までのどのようなオペラとも違う、またいかなる形式にもとらわれない自由なスタイルを持ったオペラとして完成しました。そして、そこにはモーツァルトの今までのオペラ創作のあらゆるノウハウが詰め込まれていて、まさにモーツァルトのオペラの集大成とも言うべき作品となっています。

このオペラで最も魅力的なのはパパゲーノです。
彼は、今までのオペラには絶対に登場しないタイプの人間(というか、鳥人間)です・・・^^;。

まずは出だしから「俺は鳥刺し!」などと歌いながら実に陽気に登場します。さらに、「大蛇をやっつけたのはおれ様だ!」などとうそを言っては口に錠前をかけられたりします。
このオペラの主役はタミーナという王子様なのですが、このタミーノが清く正しく、ひたすら真面目に頑張るものなので、そのパートナーとしてのパパゲーノのあまりにも人間的な振る舞いが魅力的に輝いてしまいます。

ザラストロ(最初は悪魔の親分だったのに、途中から正義の賢者になってしまう)から試練を命じられると、タミーノはまなじりを決して「やります!」という雰囲気なのですが、「そんなのは真っ平御免!」と言ってしまうのがパパゲーノです。ところが、試練をやり遂げたら彼女を紹介してやると言われるとコロッと態度を豹変させてタミーノについていってしまいます。
でも、真面目にやる気は全くないので、「お前は神に仕える喜びを死ぬまで知ることはない」などと説教されるのですが、「この世は酒さえあれば天国だ!」などと言い返し、「彼女か女房がいればさらに言うことなし!」などと言ってのけます。

このオペラでは二つの愛が同時進行します。
一つは主人公のタミーナとパミーナの愛、もう一つはパパゲーノとパパゲーナの愛です。
タミーナとパミーナの愛がどこまでも清く正しく美しい愛だとするなら、パパゲーノとパパゲーナの愛はどこまでも人間的です。
タミーナとパミーナが手に手を取り合って試練を乗りこえていくのに対して、パパゲーノはパパゲーナにあえないことを苦にして首をくくるふりをします。もちろん、本気で死ぬ気などはなく誰か助けに来てくれるを期待しながらの「首吊り」です。

そんなあれこれの苦労の末に二つの愛は成就するのですが、タミーノとパミーナの愛はどこまでも真面目で慎ましいのに対して、パパゲーノとパパゲーナは真に人間的な喜びを爆発させます。
ようやくにめぐり会えた二人は喜びのあまりに言葉も出ないので、最初は「パ・パ・パ・・・」と呼び交わすだけですが、その「パ・パ・パ・・・」が高潮していくなかで愛の二重唱へと発展していく音楽は見事としか言いようがありません。

私はフィガロは「神が降臨する音楽」だと書きました。
その言い方をまねするなら、魔笛こそは「人間が躍動する音楽」だといえるかもしれません。だとするならば、魔笛のクライマックスは疑いもなくこのパパゲーノとパパゲーナによる愛の二重唱です。
ここには一切の建前や約束事などをかなぐり捨てた、真に人間的な愛の喜びが爆発しています。
そして、私はこれ以上に素晴らしい「愛の歌」を知りません。

パパゲーノこそは疑いもなくドイツの民衆そのものです。そして、モーツァルトがイギリス行きという経済的魅力をなげうってでも表現したかったのは、ドイツの民衆の中に生き続ける人間的な喜びだったのだと思います。

もちろん、「魔笛」はパパゲーノだけのオペラではありません。
最初にも述べたように、ここにはモーツァルトが今までのオペラ創作で培ってきたあらゆるノウハウが詰め込まれています。一つ一つは詳しく述べませんが、全編素晴らしい「歌」に満ちた音楽に仕上がっています。そう言う素晴らしい歌に身も心もひたっているだけでも十分に至福の時を味わえますが、パパゲーノに寄りそって聞いてみると、また違う魅力に出会えるのではないでしょうか。


アンチェルにとってのザッハリヒカイトは音楽の本質に迫るための結果であったのかもしれません

アンチェルの業績を振り返るときに、このような小品の録音はそれほど大きな位置は占めないでしょう。
しかしながら、小品というものはその短い時間の中で完結しているが故に、それを演奏する人の本質的な部分がより凝縮してあらわれるものです。

アンチェルは、敢えて分類するならばザッハリヒカイトなスタイルを踏襲した指揮者と言えるでしょう。
しかしながら、それはトスカニーニからライナー、セルへと繋がっていく系譜とよく似通ってるように見えながら、その本質的な部分において全く異なるようなものを持っているような気もします。
それは、トスカニーニやライナー、セルがヨーロッパに出自をもちながらも、長いアメリカでの活動を通して全く新しいスタイルを確立していったと言うことが影響しているのかもしれません。

しかしながら、それではドイツの「ミニ・トスカニーニ」と言われた若い時代のカラヤンと似ているのかと言えば、それもまた随分と異なります。

アンチェルの音楽を聞いていて、いつも感心させられるのはその純度の高さです。
いや、トスカニーニ以降のザッハリヒカイトの流れというのは、ロマン主義的歪曲を排除することによって音楽の純度を高めることだったのですから、それは当然と言えば当然のことだったのかもしれません。ですから、より正確に言えば、彼らが指向する純度と、アンチェルが指向した純度とでは本質的な部分において違いがあると言うことなのです。

そこで気づくのは、トスカニーニしてもライナーにしてもセルにしても、彼らはまず音楽のアンサンブルを極限まで高めることからスタートしたと言うことです。作曲家の意志に忠実に、楽譜に忠実にと言うことであれば、まずは忠実に演奏できるように徹底的にオケを鍛えることが必要だったのです。
もちろん、彼らはそれで事足れりなどとは思ってはいなかったのですが、とにもかくにも、その事が完璧に実現できなければ一歩も前に進まなかったのです。
それは、セルが手兵のクリーブランド管について「私たちは他のオケならばリハーサルを終える時点からリハーサルを開始する」と豪語したことを思い出させます。

おそらく、若い時代のカラヤンも同様だったと思うのですが、彼らはまずは音楽の外形からアプローチを開始したのです。例えてみれば、それは外堀から埋め立てていって本丸に至ろうとするアプローチだったのかもしれません。
話が脇にそれますが、彼ら以降に星の数ほど生み出された「楽譜に忠実な演奏」の少なくない部分がつまらないのは、そうやって何とか外堀を埋めただけで作業をやめているからです。

しかし、アンチェルが実現した「純度」を吟味してみれば、そのアプローチをは全く異なるものだった事に気づきます。
彼は何よりも音楽の本質を直感的に把握し、そこからスタートしたように見えるのです。
そして、その本質的なものを磨き上げ純度を高めるためにオケのアンサンブルを要求しているように聞こえるのです。

トスカニーニ達にとってザッハリヒカイトというアプローチが音楽の本質に迫るための手段であったとするならば、アンチェルにとってのザッハリヒカイトは結果であったのです。

もちろん、どちらが良いとか悪いとか言う話ではありません。
しかし、そう言うアンチェルのアプローチがもたらす音楽には、彼以外では聞くことのできない魅力に溢れていることは間違いありません。
そして、そう言う魅力がストレートに伝わってくるのがこういう一連の小品の録音なのです。(とりわけ、この魔笛の序曲などは冒頭の3つの和音を聞くだけである種の神々しさのようなものを感じるほどです。)
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