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シェーンベルク:浄められた夜 作品4

ハリウッド弦楽四重奏団 (Viola)Paul Robyn (Cello)Kurt Reher 1950年8月21日~22日録音



SchoenbergVerklarte Nacht, Op.4 1.Zwei Menschen gehn durch kahlen

SchoenbergVerklarte Nacht, Op.4 2.Ich trag ein Kind

SchoenbergVerklarte Nacht, Op.4 3.Sie geht mit ungelenkem Sc

SchoenbergVerklarte Nacht, Op.4 4.Das Kind

SchoenbergVerklarte Nacht, Op.4 5.Er fasst sie um die starken Huften.


シェーンベルグの作品の中では最も親しまれている音楽

ある方が、シェーンベルグの無調の作品のことを「音楽史的には革命的な業績として評価はされるけれども、昔も聞かれなかったし、今も聞かれることはなく、そしてこれからも聞かれることはないだろう」音楽だと紹介していました。実にもって上手い言い回しだなとは思いつつも、しかし、個人的には彼の無調の作品は聞いてきたし、できれば一人でも多くの人に聞いてほしい音楽だとは思っているので、何となく残念な思いがしたものです。
そのあたりのことを、グレの歌をアップしたときに次のように書いておきました。

「シェーンベルグやウェーベルン、ベルクなどに代表される音楽は、一見すると、戦後のクラシック音楽界を席巻した「前衛音楽」につながっていくように見えながら、その本質において全く異なるものだと思っています。
その違いはひと言で言えば、人の心に響く「何か」があるか否かです。」

ところが、結局は、グレの歌に続いて紹介したのが「浄められた夜」ってんでは、やっぱり、お前も本音では無調の音楽なんて評価していないんだろうと言われそうです。
ただし、言い訳を許してもらえれば、パブリックドメインとなった彼の無調作品の録音はほとんど見あたらないのです。その事は、先に紹介したように、彼の無調音楽がいかに聞かれてこなかったかの証左ともなります。

確かに、彼の弦楽四重奏曲や「月に憑かれたピエロ」が広く聞かれるようになるとは思いませんが、しかし、戦後のあの「前衛音楽」などとごっちゃまぜにされるのは根本的に間違っていると思いますので、何とか音源を探し出してきて紹介していきたいと思います。

とは言え、結果としては、シェーンベルグは「グレの歌」やこの「浄められた夜」だけが長く聞かれ続けるのかもしれません。そう言えば、ピカソにしても、若い頃の「青の時代」の絵が本当はみんな大好きなんです。佇まいは、両者とも同じかもしれません。

この、当初は弦楽六重奏曲の作品として書かれ、その後好評に応えて弦楽合奏にも編曲されたこの作品は、系譜としては紛う事なき後期ロマン派の音楽です。確かに、ワーグナーからの強い影響のもとに作曲されたので、トリスタン的な調性の定まらない音楽になっています。しかし、いわゆる無調音楽の不安感は全くなくて、逆に何とも言えない浮遊感を生み出しています。そして、その浮遊感が、このエロティックな詩に見事なまでにマッチングしていて、見事な限りです。

なお、シェーンベルグに霊感を与えたデーメルの詩は、今となっては安っぽい昼メロの域を出るものではないように思いますが、作品が発表された19世紀末においてみればかなりインパクトのあったテーマだったのでしょう。
しかしながら、それにつけられたシェーンベルグの音楽は掛け値なしに素晴らしいので、おそらくはそのおかげで、デーメルの名も長く残ることになるでしょう。それは、シューベルトの「冬の旅」におけるヴィルヘルム・ミュラーと同じ立ち位置かもしれません。

「浄められた夜」 リヒャルト・デーメル

男と女が寒々とした裸の林のなかを歩んでいる、
月がその歩みに付き添い、ふたりを見おろしている。
月は高いかしの木の梢の上にかかっている、
空は澄み渡り、一片の雲もなく、
黒い木の梢が空にのこぎりの歯のように突き刺さっている。
女がひとり語りはじめる。

わたしは身ごもっています、でもあなたの子ではありません。
わたしは罪に苦しみながらあなたと歩んでいるのです。
わたしはひどい過ちを犯してしまったのです。
もう幸せになれるなどと思いもしませんでした、
それなのにどうしても思いを断てなかったのです、
子供を生むこと、母となるよろこびとその義務を。
それで思い切って身を委ねてしまったのです。
おぞましい思いをしながらも女としての性(サガ)を、
心も通わぬ男のなすがままにさせてしまったのです、
それでも満ち足りた思いをしたのでした。
ところが人生は何という復讐をするのでしょう、
わたしはあなたと、ああ、あなたと出会ったのです。

女はとぼとぼと歩んでゆく、
女は空を見上げる、月がともについてくる、
彼女の暗い瞳が月の光でいっぱいに満ちる、
男がひとり語りはじめる。

きみの身ごもっている子供を
きみの心の重荷とは思わぬように。
ほら見てごらん、あたりはなんと明るくかがやいていることか!
このかがやきは森羅万象にくまなくおよんでいる、
きみはぼくと冷たい海の上を渡っている、
でもその底ではあたたかさが交流している、
きみからぼくへ、ぼくからきみへと。
このあたたかさがお腹の子を変容させるだろう、
きみはその子をぼくの子として産んでほしい、
きみはこのかがやきでぼくを変容させてくれた、
きみはぼくそのものを子供にしたのだ。

男は女の厚い腰を抱いた、
ふたりの息はあたたかくまじり合った。
男と女は明るく高い夜空のなかを歩んでゆく。

(訳:喜多尾道冬)

デーメルの詩は上のように5つの部分で分かれているのでシェーンベルグの音楽もそれに対応してきちんと5つの部分に分かれています。しかし、連続して演奏されるので通常は単一楽章の音楽と見なされます。


荒さの後ろから見えてくる不倫劇の真実

シェーンベルクの「浄められた夜」はもともとは弦楽六重奏曲として作曲されたのですが、その後弦楽合奏版に編曲されました。
その後期ロマン派の残り香を思わせるような豊麗な響きは多くの聞き手にアピールしたようで、「浄められた夜」と言えば弦楽合奏で演奏されるのが一般的となっていきました。

ですから、このハリウッド弦楽四重奏団を中心とした「弦楽六重奏版」による「浄められた夜」の録音は当時としては非常に珍しいものだったようです。
どこかで、これが弦楽六重奏版による最初の録音という記述を読んだような記憶があるのですが、どうしても典拠を思い出せません。

今では、多くの弦楽四重奏団が「弦楽六重奏版による浄められた夜」を取り上げているのですが、当時としては、たとえこれが一番最初の録音ではなくても、かなり挑戦的な録音であったことは間違いなでしょう。
そして、その演奏を聞いてみると、昨今のカルテットが演奏するような「浄められた夜」とは随分と趣が異なっていて、かなり荒々しいものとなっていることに気づかざるを得ません。

今となっては安っぽいメロドラマのようにしか聞こえないデーメルの詩も、発表当時は非常にインパクトのある不倫物語だったようです。
ですから、この不倫物語をどのように扱うかによって演奏のスタイルは随分と異なってきます。

その意味ありげなインパクトを何とか「意味ありげなもの」として聞き手に伝えようとするのか、それとも「どうせメロドラマ!」としてドロドロ路線を恐れないのか、もしくは「不倫ドラマなんかは知った事じゃない!」と言うことで、ひたすらシェーンベルクが作りあげた浮遊感のある響きを磨き上げ事に精を出すのか、実にいろいろなアプローチが存在するのです。

しかしながら、このハリウッド弦楽四重奏団による演奏は、そう言ういかなるスタンスとは全く相容れない音楽になっているのです。

一般的に、この作品を弦楽六重奏曲として演奏するときはドロドロの愛憎劇になるはずもありません。
そうではなくて、弦楽合奏になることで曖昧になってしまった各パートが織りなす綾のようなものが弦楽六重奏版ではあからさまになるのですから、その織り出される綾を精緻に再現することに力が傾注されるのが普通です。

しかし、時代の制約と言えばいいのかもしれませんが、ハリウッド弦楽四重奏団はそう言うアンサンブルの精緻さと言うことにはあまり重きをおいていません。
私は先ほど、「荒々しい」という言葉を使ったのですが、もっと有り体に言えば「荒っぽい」演奏なのです。

しかし、ここが重要なのですが、その「荒さ」は彼らが「下手」だからではないと言うことです。
いや、ハリウッドの録音スタジオで働いている彼らが「下手」なはずなどはないのです。その腕前は、当時のアメリカにおいてもトップクラスだったはずです。

ですから「下手」ではなくて、そう言う腕利きの連中がアンサンブルの精緻さなどと言うことに重きをおかないで自由に演奏すればどうなるのかという「見本」のような音楽がここにあるのです。
それを「脳天気」と言えば言い過ぎかもしれないのですが、そのあっけらかんとした明るさは夜の静寂の中で繰り広げられる不条理劇を、真昼の光の中で演じられる喜劇に変質させてしまっているのです。

少なくとも私にはその様に聞こえます。

ですから、間違っても名演、名録音などにはなるはずもないのですが、他では絶対に聞けない「楽しい浄められた夜」であることは間違いありません。

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