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ブルックナー:交響曲第3番 ニ短調 WAB 103 (1889年稿・ノヴァーク版)

オイゲン・ヨッフム指揮 バイエルン放送交響楽団 1967年1月録音



Bruckner:Symphony No.3 in D minor, WAB 103 [1.Masig bewegt]

Bruckner:Symphony No.3 in D minor, WAB 103 [2.Adagio (etwas bewegt), quasi Andante]

Bruckner:Symphony No.3 in D minor, WAB 103 [3.Scherzo. Ziemlich schnell]

Bruckner:Symphony No.3 in D minor, WAB 103 [4.Finale. Allegro]


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ブルックナーというのは試金石のような存在でした。

吉田秀和氏が50年代に初めてヨーロッパを訪れたときのことを何かに書いていたのを思い出します。

氏は、「今のヨーロッパで聞くべきものは何か」とたずねると、その人は「まず何はおいてもクナッパーツブッシュのワーグナーとブルックナーは聞くべきだ」と答えます。そこで、早速にクナが振るブルックナーを聞いてみたのですが、これがまたえらく単純な音楽が延々と続きます。とりわけスケルツォ楽章では単調きわまる3拍子の音楽が延々と続くので、さすがにあきれてしまって居眠りをしてしまいました。ところが、再び深い眠りから覚めてもまだ同じスケルツォ楽章が演奏されていたのですっかり恐れ入ってしまったというのです。

そして、その事をくだんの人に正直に打ち明けると、その人は、「日本人にはベートーベンやブラームスが精一杯で、ブルックナーはまだ無理だろう」と言われたというのです。

50年という時の流れを感じさせる話ですが、ことほど左様にブルックナーの音楽を日本人が受容するというのは難しいことでした。
いや、歴史をふりかえってみれば、ヨーロッパの人間だってブルックナーを受容するのは難しかったのです。

あまりにも有名なエピソードですから今さらとも思われるのですが、それでも知らない人は知らないわけですから簡潔に記しておきましょう。

初演というのは怖いもので、数多のスキャンダルのエピソードに彩られています。その中でも、このブルックナーの3番の初演は失敗と言うよりは悲惨を通り越した哀れなものでした。
ブルックナーはこの作品をワーグナーに献呈し、献呈されたワーグナーもこの作品を高く評価したためにウィーンフィルに初演の話を持ち込みます。そして、友人のヘルベックの指揮で練習が始められたのですが、わずか1回で「演奏不可能」としてその話は流れてしまいます。
しかし、指揮者のヘルベックはあきらめず、ワーグナー自身も第2楽章のワーグナー作品の引用などを大幅にカットすることによって作品を凝縮させることで、再び初演に向けた動きが現実化し始めます。ところが、そんな矢先にヘルベックがこの世を去ってしまいました。
そこで、仕方なくブルックナー自身の指揮で初演を行うようになってしまったのです。

ブルックナーの指揮はお世辞にも上手いといえるようなものではなく、プロの指揮者のもとで演奏することになれていたウィーンフィルにとってはまさに「笑いもの」といえるような指揮ぶりだったようです。
そんな状態で初演の本番をむかえたわけですから演奏は惨憺たるもので、聴衆は一つの楽章が終わるごとにあきれ果てて席を立っていき、最終楽章が終わったときに客席に残っていたのはわずか25人だったと伝えられています。
そして、その25人の大部分もその様な酷い音楽を聴かせたブルックナーへの抗議の意志を伝えるために残っていたのでした。ウィーンフィルのメンバーも演奏が終わると全員が一斉に席を立ち、一人残されたブルックナーに嘲笑が浴びせかけられました。

ところが、地獄の鬼でさえ涙しそうなその様な場面で、わずか数名の若者が熱烈にブルックナーを支持するための拍手を送りました。その中に、当時17才だったボヘミヤ出身のユダヤ人音楽家がいました。
彼の名はグスタフ・マーラーといいました。
あまりにも有名なエピソードです。

この、なんだか訳の分からないブルックナーの音楽を日本に紹介する上で最も大きな功績があったのが朝比奈と大フィルとのコンビでした。
彼らは、マーラーブームやブルックナーブームがやってくるずっと前から定期演奏会でしつこく何度もブルックナーを演奏していました。そして、その無謀とも思える試みの到達点として1975年のヨーロッパ演奏旅行における伝説の聖フローリアンでの演奏が生まれます。

このヨーロッパ演奏旅行で自信を深めた彼らはその帰国後にジャンジャンという小さなレーベルで2年をかけてブルックナーの交響曲全集を完成させます。このレコードはその後「幻のレコード」として中古市場でとんでもない高値で取引されるようになり、普通の人では入手が困難になっていたのですが、その後、良好な状態でCD化されてようやく私のようなものでも手元にも届くようになりました。

そして、手元に届いたジャンジャン盤のCDの中から真っ先にとりだして聞いてみたのがこのブルックナーの3番「ワーグナー」でした。

理由は簡単です。
私が生まれて初めて生で聞いたブルックナーが朝比奈&大フィルによるブル3だったからです。
そのときのコンサートの感動は今も胸の中に残っています。

クラシック音楽を聴き始めた頃の私にとって吉田大明神の文章はまさにバイブルでしたから、「ブルックナーというのは難しい音楽だ」という身構えた気持ちで出かけました。
ところが、朝比奈と大フィルが作り出す音楽には難しさや晦渋さなどは全く感じませんでした。それどころか、そこで展開された音楽はヨーロッパの大聖堂を思わせるような「壮麗」の一言に尽きるような素晴らしいものでした。

私はその一夜の経験ですっかりブルックナーが大好きになってしまい、その後次々とブルックナーのLP(CDではなくLPの時代でした)を買いあさるようになったのでした。
そんな思い出を懐かしみながら再生したジャンジャン盤のブル3はお世辞にも上手いとはいえない演奏でした。しかし、その演奏にはブルックナーへの深い愛と献身が満ちていました。
こういう演奏に技術的な批評など何の意味もありません。

これより上手いブルックナー演奏なら掃いて捨てるほどあります。ブルックナーに対する深い尊敬を感じさせる演奏も少なくはありません。
しかし、これほど深い献身を感じさせる演奏は私は知りません。
初演の舞台で嘲笑をあびながら一人孤独に立ちつくしたブルックナーが、それから100年を経た東洋の島国でこのような演奏がなされたことを知れば、どれほどの深い感謝を捧げたことでしょう。

そして、その様な朝比奈&大フィルのコンビとともにクラシック音楽に親しんでこれたことが、私にとっても最も幸福な思い出の一つとなっています。


オケがバイエルンにかわることによってヨッフムの持ち味である乱暴さが上手くはまりこむことになりました

ヨッフムは生涯に二度、ブルックナーの交響曲全集を完成させています。最初の全集は以下のような順番で録音されています。いうまでもないことです2度目の全集は1975年から1980年にかけてシュターツカペレ・ドレスデンとのコンビで録音されています。


  1. 交響曲第5番変ロ長調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1958年2月

  2. 交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1964年1月

  3. 交響曲第7番ホ長調 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1964年10月

  4. 交響曲第9番二短調(ノヴァーク版)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1964年12月

  5. 交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(1886年稿ノヴァーク版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1965年7月

  6. 交響曲第1番ハ短調 (リンツ稿ノヴァーク版): ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音時期:1965年10月

  7. 交響曲第6番イ長調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1966年7月

  8. 交響曲第2番ハ短調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1966年12月

  9. 交響曲第3番二短調(1889年稿ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 録音時期:1967年1月



1958年に第5番を録音したときは、それが全集になると言うことは全く想定していなかったでしょう。おそらくは、自分が得意とする作品を単発で世に問うという録音だったと思われます。
その後の録音のスケジュールを眺めてみれば、7,8,9番が64年、4,1番が65年、そして6,2番が66年、3番が67年に録音されて全集として完成していますから、64年1月に8番を録音した時点では全集が視野に入っていた事は間違いないでしょう。

そして、この全集はベルリンフィルを使って完成させるつもりだったのでしょうが、66年からはオケが手兵のバイエルン放送交響楽団に変わっています。
これもまた、想像の域を出ませんが、おそらくはカラヤン&ベルリンフィルの活動が忙しくなって、ヨッフム相手にブルックナーのマイナー作品なんかは録音している暇がなくなったのかもしれません。

しかし、結果的に見れば、オケがここで変わったことはよかったようです。

ヨッフムは64年からベルリンフィルとブルックナーの録音をはじめるのですが、64年と言えばすでにベルリンフィルはカラヤンの色に染め上げられていました。
ベルリンフィルはすでにドイツの田舎オケの風情は失ってしまい、完全にカラヤンのオケになってしまっていたのです。

こういう書き方をすると顰蹙を買いそうなのですが、ヨッフムという指揮者の魅力は乱暴さにあると思われます。ついでながら、我らが朝比奈隆も随分と乱暴な指揮者であって、そう言う乱暴さというのは何故かブルックナーとは相性がいいのです。
そして、そう言う乱暴さが持つ美質というものは、「レガート・カラヤン」の色がしみ込みはじめていたベルリンフィルとは相性がいいとは思えなかったのです。

さらに言えば、ベルリンフィルはあまりヨッフムの指示に従っていないようにも思えます。
それもまた、ヨッフムは基本的に乱暴な指揮者であって、カラヤンのような技巧的な指揮者ではないことに原因があります。カラヤンのもとで、ベルリンフィルは指揮者が出す適切な指示に対して機敏に反応する「機能的なオケ」に変身していました。
ですから、ヨッフムのような乱暴な指揮者のもとでは曖昧な部分は適当に演奏するしかなかったのかも知れません。

まあ私ごときがヨッフムに対して偉そうなことが言えた話ではないのですが、それでもヨッフムというのは余所のオーケストラに乗り込んで、短時間で掌握して的確に指示を出せるようなタイプの指揮者でなかったことだけは事実です。

もちろん、そういうオケの響きのような繊細な問題を録音だけで判断するのは危険であることは承知しています。
しかし、66年からのバイエルンとの録音から聞くことが出来る響きと、それ以前のベルリンフィルの響きとでは異質であることは間違いありません。

例えば、この全集の最後を締めくくる第3番の録音から聞こえてくるオケの響きは、カラヤンの色に染まったベルリンフィルの響きとは全く異質です。
そのおかげで、ブルックナーの資質がぶっきらぼうなまでの率直さで投げ出された第2番の交響曲などは、オケがバイエルンにかわることによってヨッフムの持ち味である乱暴さが上手くはまりこむことになりました。

もしも、これが「レガート・カラヤン」色のベルリンフィルで録音をしていれば、素朴で野性的な田舎娘に厚化粧を施したような、けっこう気持ちの悪いブルックナーになっていたかもしれません。

そう考えてみれば、8番、7番、9番、4番という有名どころが全てベルリンフィルで録音されてしまったというのは残念な話です。
ドイツグラモフォンにしてみればベルリンフィルと組んだ方が売れると判断したのでしょうが、出来れば手兵のバイエルン放送交響楽団だけで全集を完成させてほしかったと思ってしまうのです。

ただし、私が軟体動物のようだと感じた8番の録音に対してヨッフムらしい剛毅さが現れた演奏と絶賛する向きもあるのですから、もしかしたら私の聴き方が悪いのかもしれませんが・・・。

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