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ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21

ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1964年10月2日録音

Beethoven:Symphony No.1 in C major, Op.21 [1.Adagio molto - Allegro con brio]

Beethoven:Symphony No.1 in C major, Op.21 [2.Andante cantabile con moto]

Beethoven:Symphony No.1 in C major, Op.21 [3.Menuetto. Allegro molto e vivace]

Beethoven:Symphony No.1 in C major, Op.21 [4.Finale. Adagio - Allegro molto e vivace]




18世紀の交響曲の集大成であり、ハイドンの総決算

ベートーベンという人の作曲家としての道筋を辿るときに、重要な目印になるのが32曲のピアノ・ソナタです。
ベートーベンという人はクラシック音楽の世界を深く掘り下げた人であるのですが、驚くほど多方面にわたって多様な音楽を書いた人でもありました。さすがに、オペラは彼の資質から見ればそれほど向いている分野ではなかったようなのですが、それでも「フィデリオ」という傑作を残しています。
特定の分野に絞って深く掘り下げた人はいますし、多方面にわたって多くの作品を書き散らした人もいます。しかし、ベートーベンのように幅広い分野にわたって革命的と言えるほどに深く掘り下げた人は、他にモーツァルトがいるくらいでしょうか。

そんなベートーベンが、その生涯にわたって創作を続けた分野がピアノ・ソナタであり、それ以外では交響曲と弦楽四重奏の分野でしょうか。
そして、この3つの中でもっとも数多くの作品を残したのがピアノ・ソナタですから、ピアノ・ソナタこそがもっとも細かい目盛りでベートーベンという男を計測できるのです。

この計測器を使って初期の1番と2番の交響曲を計測してみれば、それが同列に論じてはいけないことは一目瞭然です。


  1. ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21 [1799年~1800年]

  2. ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36 [1801年~1802年]



時間的に見れば相接しているように見えるのですが、ピアノ・ソナタで計測してみれば、この二つの交響曲の間には明らかに大きな飛躍が存在していることに気づかされます。

ベートーベンはこの第1番の交響曲を書き上げるまでに「悲愴ソナタ」を含む第10番までのピアノ・ソナタを書き上げていました。ピアノ・ソナタ全体のおよそ3分の1を占める10番までの初期ソナタは、ハイドンやモーツァルトが確立した18世紀のソナタを学んでそれを血肉化し、それをふまえた上で前に進もうと模索した時期でした。

そう言う模索の先に第1番の交響曲が生み出されたことは、ベートーベンという男の「歩み方」のようなものが暗示されているように思えます。
彼にとってピアノ・ソナタは常に新しい道を切り開くアイテムであり、そこで切り開いた結果を集大成するのが交響曲でした。

その意味では、この第1番の交響曲は18世紀の交響曲の集大成であり、その手本は明らかにハイドンだったのです。
しかし、その事は先人の業績をなぞっただけの作品になっていると言うことを意味するものではありません。そこには、ハイドンが長年の試行錯誤の中で確立した18世紀的な交響曲の手法をしっかりと自らのものとしながら、そこに何か新しいものを付け加えようとする意欲も垣間見ることが出来るのです。

それは、例えば第1楽章冒頭のちょっと不思議な印象が残る和音進行からして明らかです。そう言えば、カラヤンがこの冒頭部分は指揮者にとっては難しいみたいな事をどこかで語っていました。
続く、第2楽章では、どこか浪漫派を思わせるような叙情性を身にまとっていますし、何よりも続くメヌエット楽章の雰囲気はハイドン的な典雅さとは随分隔たっています。もっとも、それを「スケルツォ」とまでは言い切れないのでしょうが、それでもハイドンをなぞっているだけでないことは明らかです。

そして、最終楽章のアダージョの序奏はハイドン的な世界からはかなりへだっています。
しかしながら、音楽全体としてはやはりそれはハイドンの総決算です。

そして、この第1番の交響曲を書き上げた後に、さらに第11番から18番までのピアノ・ソナタを書き上げます。
しかし、それらのピアノ・ソナタは同一線上に存在するものではなくて、11番から15番までの作品群と、それ以後の作品31の16番から18番までの作品群に分かれます。

前者の作品群はそれ以前の初期ソナタの流れを引き継ぐものであり、それはウィーンでの人気ピアニストとしての腕を振るうために18世紀的ソナタを集大成たピアノ・ソナタでした。
ですから、それらは若き人気ピアニストの作品群と言えます。

しかし、それはやがて彼のわき上がるような創作意欲をおさめるものとしては、あまりにも小さく、そしてあまりにも古いものであることに気づかざるを得なくなります。
そして、その事に気づいたベートーベンは、未だ誰も踏み出したことがないような世界へと歩を進めていくのです。

それが、「私は今後新しい道を進むつもりだ」と明言して生み出された「テンペスト」を含む作品31のソナタだったのです。

交響曲2番は、まさにその様な新しい道へと踏み出した時期に生み出された音楽なのです。ですから、「初期の1番・2番」などとセットにして語ってはいけないのです。
交響曲の1番が18世紀の総括だとすれば、第2番は明らかに19世紀への新しい一歩を踏み出した音楽なのです。

そして、彼はピアノ・ソナタの分野ではこのすぐ後に「ワルトシュタイン」を生み出し、その後に、ついに音楽史上の奇蹟とも言うべき「エロイカ」が生み出されるのです。

有るべき物が有るべき位置にきちんと納まっていると言うことであり、それは優れた職人による手業のようなものです


ハイドンのシンフォニーというのは指揮者にとってはコストパフォーマンスが低い作品だと書きました。それは、間違ってもハイドンのシンフォニーというのが「価値」の低い作品だと言っているわけではなくて、逆にその価値を明らかにするためにはとんでもない労力が必要であるのに反して、その結果を聞き取ってくれる聞き手が少ないと言うことを「コストパフォーマンス」という言葉に託したのでした。

そして、それと同じようなことが、このベートーベンの初期シンフォニーにも言えそうなのです。
ベートーベンがつくり出した新しい世界を一言で言ってしまえば(随分乱暴な話ではあるのですが)、デュナーミクの拡大です。しかし、1番や2番の初期シンフォニーには、その様なベートーベンを特徴づける要素は希薄であり、それはハイドン的なものからそれほど大きくは隔たってはいませんでした。
とりわけ、第1番のシンフォニーはハイドン的なものを総括したような音楽ですから尚更です。

ベートーベンのシンフォニーというのは誠心誠意、持てる限りの力を投入して演奏しなければいけないというのが世間の通り相場です。
そして、その「献身」が本物であるならば、多少は下手くそなアマ・オケであっても聞き手を十分感動させることが出来ます。しかし、それに反したメジャーオケの演奏というのは、上手ではあっても聞き手の心を虚しくさせます。

しかし、こういうハイドン的な要素を色濃く残した初期シンフォニーの場合だと、これはもう、一生懸命頑張るだけではどうしようもありません。
ではどうすればいいのかと聞かれれば、こうすればいいのだという「用例」のような演奏がこのセルとクリーブランド管による録音なのです。

おそらく、この録音を聞いて心がうちふるえるような感動を覚える人はまずはいないでしょう。
ここにあるのは、有るべき物が有るべき位置にきちんと納まっていると言うことであり、それは優れた職人による手業のようなものなのです。

セルとクリーブランド管の演奏を白磁に喩えたのは吉田秀和でした。
これは、言い得て妙だと思います。

何故ならば、白磁というのは見た目は玲瓏でひんやりしているのですが、実際に触ってみれば、冷たくもなければ熱くもないものです。そこに熱狂がないのは当然のことですが、人の心を冷たくさせるような要因もないのです。
しかし、それでいながら分かる人には分かるはずの、玲瓏とした白磁の美しさは身にまとっているのです。
そして、それこそがハイドンから初期のベートーベンにもっとも必要な職人としての技なのです。

演奏時間を較べてみても仕方のないことは多いのですが、このセルの録音は遅くもなければ早くもないきわめて妥当なものです。
一つ一つのフレーズも、素っ気なく進んでいくように見えながら入念に表情付けが為されています。そして、あちこちに登場する管楽器のソロもいつもバランスよく表に浮かび上がらせています。
つまりは、有るべき物が有るべき位置にきちんと納まっているのです。

おそらく、それを実現するためには莫大なコストが投下されていると思われるのですが、出来上がったものはごくありふれたような姿をしています。
そう言えば、このベートーベンの初期シンフォニーというのは「交響曲全曲演奏会」みたいな機会でもなければ滅多にプログラムにはのらないのですが、指揮者の立場に立ってみればそれもまた仕方のないことかと思ってしまいます。

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