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ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 作品68

ヨーゼフ・クリップス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1956年10月録音



Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [1.Un poco sostenuto - Allegro]

Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [2.Andante sostenuto]

Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [3.Un poco allegretto e grazioso]

Brahms:Symphony No 1 in C Minor, Op. 68 [4.Piu andante - Allegro non troppo, ma con brio - Piu allegro]




ベートーヴェンの影を乗り越えて

ブラームスにとって交響曲を作曲するということは、ベートーヴェンの影を乗り越えることを意味していました。それだけに、この第1番の完成までには大変な時間を要しています。

彼がこの作品に着手してから完成までに要した20年の歳月は、言葉を変えればベートーヴェンの影がいかに大きかったかを示しています。そうして完成したこの第1交響曲は、古典的なたたずまいをみせながら、その内容においては疑いもなく新しい時代の音楽となっています。

の交響曲は、初演のときから第4楽章のテーマが、ベートーヴェンの第9と似通っていることが指摘されていました。それに対して、ブラームスは、「そんなことは、聞けば豚でも分かる!」と言って、きわめて不機嫌だったようです。

確かにこの作品には色濃くベートーヴェンの姿が影を落としています。最終楽章の音楽の流れなんかも第9とそっくりです。姿・形も古典派の交響曲によく似ています。
しかし、ここに聞ける音楽は疑いもなくロマン派の音楽そのものです。

彼がここで問題にしているのは一人の人間です。人類や神のような大きな問題ではなく、個人に属するレベルでの人間の問題です。
音楽はもはや神をたたるものでなく、人類の偉大さをたたえるものでもなく、一人の人間を見つめるものへと変化していった時代の交響曲です。

しかし、この作品好き嫌いが多いようですね。
嫌いだと言う人は、この異常に気合の入った、力みかえったような音楽が鬱陶しく感じるようです。
好きだと言う人は、この同じ音楽に、青春と言うものがもつ、ある種思いつめたような緊張感に魅力を感じるようです。

私は、若いときは大好きでした。
そして、もはや若いとはいえなくなった昨今は、正直言って少し鬱陶しく感じてきています。(^^;;
かつて、吉田秀和氏が、力みかえった青春の澱のようなものを感じると書いていて、大変な反発を感じたものですが、最近はこの言葉に幾ばくかの共感を感じます。
それだけ年をとったということでしょうか。

なんだか、リトマス試験紙みたいな音楽です。

ウィーン風ブランドを確立したいウィーンフィルにとっては古典的均衡を大切にするクリップスは邪魔者だったのかもしれません


クリップスにとっては因縁の相手のウィーンフィルとのブラームスです。

クリップスとウィーンフィルとの確執については色々書いてきたのですが、ウィーンフィル側の言い分は、リハーサルでの決められた時間を超えての長広舌への意趣返しと言うことになっているようです。
そして、その意趣返しというのが、絶対音感に欠けることを気に病んでいたクリップスの弱点をねらい打ちにしたものでした。

「ブルックナーの交響曲第四番をプローベしていたときのこと、半音低く演奏した。それがわかったのは、チェロ奏者たちが三和音に似た主要主題を弾き出し、明るい高音に移ったときだった。クリップスは泣き声で自分のミスをくどくどと弁解しはじめた。」
「シューベルトの「未完成」交響曲の第一楽章の出だしは、コントラバスとチェロだけではじまる。この楽器の奏者たちはたがいにこの箇所を半音高く演奏しようと陰謀を企てた。それに気づかないヴァイオリン奏者が、楽譜通りに入ってきたとたん、一瞬ひどい耳障りな音になった。怒ったクリップスはヴァイオリン奏者たちの間違いを注意した。彼らはちゃんと楽譜通りに弾いていますと抗議する。しばらく考えたあと、彼はその張本人たちはだれかに気づいてひどく傷ついた。」

人によってはこれを笑える冗談と書いている人もいるので、そう言う類のものなのかも知れません。
しかし、結局はこの繰り返される嫌がらせによってクリップスは永遠にウィーンフィルの指揮台から去ることを決意します。
個人的にはこのクリップスの判断は妥当なものだと思われます。

それにしてもウィーンフィルというのは困ったオーケストラです。
それじゃ、優れた絶対音感を持った指揮者ならば大歓迎なのかと言えば、今度はマゼールを追い出しています。
絶対音感を持ったマゼールにしてみれば、ウィーンフィルの「445(A音を445Khにチューニングする)」は違和感を感じずにはおれなかったのですが、その事を指摘したマゼールを「伝統の破壊者」とみなして追い出したのです。

言うまでもないことですが、音楽をやる上で絶対音感などと言うものは必須のものではありません。そして、それは生得的なものか、もしくは幼い頃の環境等によって身につくものであり、年を経てからではどうしようもないことです。

異論はあるかも知れませんが、音楽をやる上で必要なのは「相対音感」の方です。
チェロとコントラバスがわざと半音上げて演奏してきて、そこに楽譜通りにヴァイオリンが入ってきたときに不協和な音がしているのが分からなければ音楽はやれません。
もちろん、そんな指揮者はいるはずもないのです。しかし、絶対音感を持たない指揮者というのは少なくないのです。

本質的には重要でないことであり、さらには本人の努力だけではどうしようもないことをネタに嫌がらせを行うのはどう考えてもフェアではありません。
それでも、ウィーンフィルが他のオケと較べて優位性を主張できるのならば誰も文句は言わないのですが、それも昨今は怪しく(いやいや、妖しく・・・かな)なってきてるので、そうなるとただの「不良オケ」と言うことになってしまいます。

しかしながら、クリップスがこの時期に残したブラームスの3つの録音を聞き比べてみると、やはりこのウィーンフィルとの一枚が一番上手くいっているような気がします。
そのあたりが昨今のウィーンフィルとは違うところであり、困ったところでもあるのでしょうか。

とりわけ第1楽章は気合いの入りまくった演奏であり、クリップスにしては珍しくうなり声も聞こえてきます。

しかし、続く第2楽章、第3楽章になるといささか薄味の音楽になってしまっています。しかし、薄味でありながらも、そこには見事なまでの古典的均衡が実現しています。
おそらく世間的には気迫に満ちた第1楽章の方が受けがいいのでしょうが、クリップスとしては古典的均衡に貫かれた2つの楽章の方が目指すべきスタイルだったはずです。そして、最後の楽章にはいると体温は少しずつ上がっては来るのですが、それでも作品の造形が崩れるようなことはありません。

ロンドン響と録音した4番の交響曲の所でもふれたのですが、あらためてクリップスこそはワインガルトナーの継承者だったのだと思わずにはおれません。

しかし、ここではたと気づくのが、戦後の廃墟の中から復興してきたウィーンフィルがこの時期に確立しようとしていたのはその様なスタティックな古典的均衡ではなくて、いわゆる「ウィーン風」と呼ばれる、言ってみればある種の「崩し」の上に成り立っているスタイルだったと言うことです。
今さら言うまでもないことですが、あの「ウィーン風」と呼ばれる独特な演奏スタイルが明確に意識されて確立したのは戦後のことだと言われています。もちろん、その根っこのようなものは戦前のウィーンにもあったのでしょうが、それでもあの「崩し」の手法がウィーンに古くから伝わってきた伝統ではありませんでした。

それは、日本の古くからの伝統文化だと思われているものの大部分が明治以降、もしくは戦後になってから新しく作られたものであることとどこか似通っているのかもしれません。
その両者に共通しているのは、一つのビジネスチャンスとして「伝統的なもの」を新しく作り出したと言うことです。

そして、何よりも古典的均衡を大切にするクリップスのスタイルは「ウィーン風」という新しいビジネススタイルを作り出そうとしていたウィーンフィルにとってはそぐわない存在だったのかも知れません。
そう考えると、ウィーンフィルとクリップスの確執の根っこには、そう言うビジネス上の問題もあったのかも知れません。
そう言うことを思わせるほどに、このブラームスは古典的な均衡に貫かれています。

そして、そう言う本音を上手くオブラートに包んで、それでも最終的には目的を達成してしまうのが「京都」や「ウィーン」と言う都市の素敵なところなのかも知れません。

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