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モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466

(P)ジュリアス・カッチェン ペーター・マーク指揮 ロンドン新交響楽団 1955年8月29日&31日録音

Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [1.Allegro]

Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [2.Andante]

Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [Allegro vivace assai]




ここには断絶があります。

この前作である第19番のコンチェルトと比べると、この両者の間には「断層」とよぶしかないほどの距離を感じます。
ところがこの両者は、創作時期においてわずか2ヶ月ほどしか隔たっていません。

モーツァルトにとってピアノ協奏曲は貴重な商売道具でした。
特にザルツブルグの大司教との確執からウィーンに飛び出してからは、お金持ちを相手にした「予約演奏会」は貴重な財源でした。
当時の音楽会は何よりも個人の名人芸を楽しむものでしたから、オペラのアリアやピアノコンチェルトこそが花形であり、かつての神童モーツァルトのピアノ演奏は最大の売り物でした。
 
1781年にザルツブルグを飛び出したモーツァルトはピアノ教師として生計を維持しながら、続く82年から演奏家として活発な演奏会をこなしていきます。そして演奏会のたびに目玉となる新曲のコンチェルトを作曲しました。
それが、ケッヘル番号で言うと、K413?K459に至る9曲のコンチェルトです。
それらは、当時の聴衆の好みを反映したもので、明るく、口当たりのよい作品ですが、今日では「深みに欠ける」と評されるものです。

ところが、このK466のニ短調のコンチェルトは、そういう一連の作品とは全く様相を異にしています。
弦のシンコペーションにのって低声部が重々しく歌い出すオープニングは、まさにあの暗鬱なオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の世界を連想させます。
そこには愛想の良い微笑みも、口当たりのよいメロディもありません。

それは、ピアノ協奏曲というジャンルが、ピアノニストの名人芸を披露するだけの「なぐさみ」ものから、作曲家の全人格を表現する「芸術作品」へと飛躍した瞬間でした。

それ以後にモーツァルトが生み出さしたコンチェルトは、どれもが素晴らしい第1楽章と、歌心に満ちあふれた第2楽章を持つ作品ばかりであり、その流れはベートーベンへと受け継がれて、それ以後のコンサートプログラムの中核をなすジャンルとして確立されていきます。

しかし、モーツァルトはあまりにも時代を飛び越えすぎたようで、その様な作品を当時の聴衆は受け入れることができなかったようです。
当時の人々にとって、このような「重すぎる」ピアノコンチェルトは奇異な音楽としかうつらず、予約演奏会の聴衆は激減し、1788年には、ヴァン・シュヴィーテン男爵ただ一人が予約に応じてくれるという凋落ぶりでした。

早く生まれすぎたものの悲劇がここにも顔を覗かせています。
しかし、こういう音楽の凄さを分かる人は分かっていたのであって、その分かるものの悲劇を見事に描き出したのが映画「アマデウス」でした。
あの映画の冒頭でこのコンツエルトの第2楽章を使ったのは見事な選択でした。

そして、ラストシーンでサリエリの告白のバックでもう一度この音楽が流れます。

Your merciful God. He destroyed his own beloved... rather than let a ...share in the smallest part of his glory. He killed Mozart.And kept me alive to torture.years of torture.years... of slowly watching myself become extinct! My music....growing fainter.All the time fainter...till no one plays it at all....And his....


神の前では万人が平等だと信じている人々への痛烈なアンチテーゼです。
このアンチテーゼのバックに流れる音楽としてこれ以上のものは思い当たりません。

カッチェンのモーツァルトは生真面目にすぎるかもしれません


カッチェンのモーツァルト録音はそれほど数は多くはありません。
「ブルドーザー」と形容されたほどにパワフルな演奏活動を行ったことを考えれば、それははっきりと「少ない」と言った方がいいのかも知れません。

私の記憶では(いつものことながら便利な言葉だ^^;)、ピアノ協奏曲で言えば、13番、20番(2回録音を残している)、25番の3曲、ソナタで言えば11番(K.331)、13番(K.333)、15(16)番(K.545)の3曲くらいしかスタジオ録音は残っていません。
これは、11歳でオーマンディに招かれて、モーツァルトの20番を演奏してピアニストデビューをした事を考えれば「少なすぎる」と言った方がいいかもしれません。

ただし、この中でも20番のコンチェルトだけは思い入れがあったのか、コンサートのアンコールでこのコンチェルトの第2楽章だけを演奏したときのライブ録音も残っているようです。
そして、その残された数少ないモーツァルトの録音を聞いてみれば、録音が少なかったわけも何となく分かってきます。

有り体に言えば、やはり相性が悪いのです。
彼が活躍した時代のモーツァルト言えば、真っ先に思い浮かぶのはハスキルであり、少し時代を遡ればギーゼキングと言うことになるのでしょうか。

ハスキルとカッチェンは全く別種の生き物ですから比較のしようもありませんが、ギーゼキングとカッチェンならばある程度の比較は可能です。

ギーゼキングのモーツァルトはテンポを揺らしたり派手なダイナミズムで耳を驚かせるというような「ヨロコビ」とは無縁なのですが、彼の指から紡ぎ出される「音」には陶然とさせられるような「ヨロコビ」が満ちている事に気づかされます。
その響きは一見すると素っ気ない響きのようでありながら透明感に満ちています。そして、透明でありながらガラスのようなもろさとは全く無縁の強靱で硬質な響きなのです。

それと比べると、カッチェンのピアノは明らかに演出過多です。
いや、こう書くと誤解を招くかも知れません。ギーゼキングと比較すれば殆どのピアニストは演出過多なのであって、それはハスキルにしたって同じことです。
ですから、問題はその演出がモーツァルトに相応しく思えるかどうかなのです。

異論もあるでしょうが、私にはカッチェンの演出は論理を証明するために用いられているように聞こえるのです。

例えば、グルダは子供向けの練習曲程度にしか思われていなかったK.545のソナタに装飾音をつけまくって、見事にモーツァルトの世界を描き出してみせました。

モーツァルト:ピアノソナタ第15(16)番 ハ長調 K 545 (P)フリードリッヒ・グルダ 1965年2月録音

それはギーゼキングの方法論とは真逆の世界で成り立つモーツァルトなのですが、それでもそこに強い説得力を感じることは出来ました。
それらと較べると、カッチェンのモーツァルトは生真面目にすぎるのです。そして、彼のピアノの響きもまた論理を描き出していくのに相応しい生真面目なモノなのです。

もちろん、細かく見ていけばケチをつけるところなどは殆どないと思うのですが、欠点の少ないことがそのまま表現の偉大さに結びつくほど音楽の世界は簡単ではありません。
しかしながら、不思議な話なのですが、20番コンチェルトの第2楽章だけは、最初の音が出た瞬間に耳が引きつけられました。
おそらく、この音楽だけはカッチェンにとっては何の障壁も感じることなく音楽に入り込むことが出来たのでしょう。

しかしながら、論理の人であった(と、私は考えているのですが)カッチェンにしてみれば、モーツァルトというのはどこまで行っても相性が悪かったようです。そして、逆から見れば、その様なカッチェンの本質があったからこそ、彼はブラームスのエキスパートと認められたわけです。
そして、その本質は彼が主に活躍した50~60年代のモーツァルトのスタンダードから見ればあまり好ましいモノではなかったことが録音の少なさにも結びついたのでしょう。

しかしながら、スタンダードは時代とともに変わっていきます。
私は、その事をバルシャイとモスクワ室内管弦楽団によるモーツァルトを聞き直すことであらためて強く感じさせられました。
もちろん、このカッチェンのモーツァルトからはそこまでの衝撃は受けるわけではないのですが、それでも時代が変われば受け取り方も少しずつ変わっていくのかもしれません。

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