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ハイドン:交響曲第85番 変ロ長調「王妃」, Hob.I:85

レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1966年5月20日録音



Haydn:Symphony No.85 in B-flat major, Hob.I:85 [1.Adagio - Vivace]

Haydn:Symphony No.85 in B-flat major, Hob.I:85 [2.Romance. Allegretto]

Haydn:Symphony No.85 in B-flat major, Hob.I:85 [3.Minuet - Trio]

Haydn:Symphony No.85 in B-flat major, Hob.I:85 [4.Finale. Presto]




交響曲第85番 変ロ長調「王妃」, Hob.I:85

この交響曲につけられた「王妃」というタイトルはハイドンの手になるものでないことは言うまでもありません。

1788年にアンボー社から出版されたときにはすでに「王妃」というタイトルがつけられていて、それは当時の王妃マリー・アントワネットがお気に入りだったからと言うのです。おそらくは、そう言う「ブランド・イメージ」を付与した方が売れると出版元が判断したのでしょう。
本当にマリー・アントワネットがこの交響曲がお気に入りだったかどうかは分かりません。

それから、バーンスタインが60年代にこの交響曲を録音したレコードのジャケットには、切り取られた首を手に持った女性があしらわれています。
おそらくは、マリー・アントワネットを連想させる「王妃」というタイトルから採用されたのでしょうが、いささかギョッとさせられるジャケットではあります。

ただし、そう言うブランド戦略が成功したのか、ハイドンのパリ交響曲の中でもこの作品の人気は高くて、手軽に少人数で演奏できるように編曲されたヴァージョンが多数出版されたようです。

第2楽章の「Romance」は変奏曲形式なのですが、その主題は当時のパリで流行していた「やさしく、若いリゼット」という歌の旋律が用いられています。
おそらくはハイドンのサービス精神だと思うのですが、そう言うあたりもこの交響曲が受け容れられる素地となったのでしょう。

そして、その旋律は変奏部分においてもほぼ変化することはなく、伴奏音型によって変化をつけています。パリの聴衆にとって耳に馴染んだその旋律が保持されることはこの交響曲への親しみを増したはずです。

また、両端楽章はソナタ形式なのですが、その第2主題は明らかに第1主題からの派生したものとなっています。一般的に、ソナタ形式における第1主題と第2主題は独立しているだけでなく対立的な性質を持つのですが、これはきわめてシンプルなスタイルを採用しています。
しかし、裏返してみれば、そう言うシンプルなスタイルだったからこそ、一般的なパリのの聴衆にとっては(そして、もしかしたらマリーアントワネットにとっても)親しみやすい音楽になったのかも知れません。

そして、驚くのは、そう言うサービス精神を盛り込みながら、それでもドラマティックな音楽に仕上がっていることです。
そう言う意味では、職人ハイドンの腕の冴えが見事に発揮された作品だと言えます。


  1. 第1楽章:Largo - Allegro

  2. 第2楽章:Andante

  3. 第3楽章:Minuet - Trio

  4. 第4楽章:Finale. Vivace



ニューヨーク時代のバーンスタインにとってはマーラー全集に肩を並べるほどの素晴らしい業績


バーンスタインのハイドン演奏というのは話題になることは少ないのですが、彼の録音のキャリアを振り返ってみれば、それはとても大きな地位を占めていることに気付かされます。
そして、その「大きさ」の背景として、ベートーベンやブラームスにつながっていくドイツ古典派の源流としてハイドンを位置づけ、その上でハイドンの交響曲を通して「ドイツ古典派」の「本質」をつかみ取ろうとする思いがあったのではないかと思われます。

まずは、ニューヨークフィルの音楽監督時代に以下の交響曲を録音しています。
この時期の特徴は、パリ交響曲と呼ばれる作品をメインに取り上げていることです。


  1. Symphony No. 104 in D Major, "London":January 27, 1958

  2. Symphony No. 83 in G Minor, "The Hen":April 09, 1962

  3. Symphony No. 82 in C Major, "The Bear":May 07, 1962

  4. Symphony No. 102 in B-flat Major:October 31, 1962

  5. Symphony No. 88 in G Major:January 07, 1963

  6. Symphony No. 85 in B-flat Major, "La Reine de France":May 20, 1966

  7. Symphony No. 84 in E-flat Major:May 20, 1966

  8. Symphony No. 86 in D Major:March 07, 1967

  9. Symphony No. 87 in A Major:March 21, 1967



しかし、注目すべきなのは、ニューヨークフィルの音楽監督を辞してフリーになった1969年以降も、引き続きニューヨークフィルとハイドンの録音を続けている事です。


  1. Symphony No. 103 in E-flat Major, "Drum Roll":February 10, 1970

  2. Symphony No. 101 in D Major, "Clock":February 12, 1970

  3. Symphony No. 100 in G Major, "Military":October 20, 1970

  4. Symphony No. 99 in E-flat Major:October 20, 1970

  5. Symphony No. 93 in D Major:December 07, 1971

  6. Symphony No. 94 in G Major, "Surprise":December 16, 1971

  7. Symphony No. 95 in C Minor:February 12, 1973

  8. Symphony No. 96 in D Major, "Miracle":March 05, 1973

  9. Symphony No. 97 in C Major:April 10, 1975

  10. Symphony No. 98 in F-flat:Major April 10, 1975



音楽監督の時代に既に録音していた104番と102番を除くザロモンセットの交響曲を全て録音するという意図がはっきり読み取れます。

これはハイドンへの執着としてはかなり際だっています。
ザロモンセットをコンプリートしている指揮者は結構いるのですが、それ以外にパリ交響曲もコンプリートした指揮者となると、ドラティやフィッシャーのように全交響曲を録音した指揮者を除けが殆どいないのではないでしょうか。

さらに、フリーになったバーンスタインが活動の軸足をウィーンに移すようになっても、ウィーンフィルとのコンビで以下の交響曲を録音しているのですから、その執着のほどがうかがえます。


  1. Symphony No. 102 in B-flat Major:February 21, 1971

  2. Symphony No. 88 in G Major:November 27, 1983

  3. Symphony No. 92 in G Major, "Oxford":February 06, 1984

  4. Symphony No. 94 in G Major, "Surprise":October 28, 1985



ハイドンの交響曲というのは指揮者にとっては容易い仕事ではありません。
譜面だけを見れば簡単そうに見えても、そこには職人ハイドンならでは仕掛けがたくさん盛り込まれていますから、それを見過ごしてしまうと「阿保」みたいな演奏になってしまいます。
ですから、ハイドンの交響曲は「指揮者とオーケストラの性能試験」などと言われたりするのです。

バーンスタインという指揮者は指揮台の上で飛び跳ねたりするので「ショーマンシップにあふれた音楽家」と見られることも多い人でした。
しかし、長年にわたってこのような「骨の折れる仕事」に取り組んでいたことは、聞き手としてはしっかりと見ておく必要があります。

ハイドンのシンフォニーというのは小ぶりなものが多いので、ともすればコンサートではメインの前の前菜のような扱いで演奏されることが多いように見受けられます。しかし、そう言う取り上げ方をされたときのハイドンというのは、どれもこれもが実につまらない演奏になってしまっていることが多いのです。
それは録音においても同様で、指揮者がそれなりのポリシーを持ってある程度の覚悟を持って取り上げたときでないと、それもまた往々にしてつまらない演奏になっていることが多いような気がします。

そのポリシーと言えば、いささか雑駁な言い方になるのですが、例えばビーチャムのようにハイドンのユーモアやウィットに焦点をあててみたり、クレンペラーのように堂々たる古典派シンフォニーとして仕立て直してみたりと、色々なやり方があったわけです。
そして、ここでのバーンスタインの行き方というのは、ハイドンが古典派シンフォニーのあるべき姿を模索する中で様々に試してみた仕掛けを明晰に再現してみせることでした。

そう言う意味で言えば、作品の構造を実にバランスよく、そして明晰に表現してみせたセル&クリーブランド管の行き方と似通っているのかも知れません。
ただし、セルの音楽は基本的にスタティックなものでしたが、バーンスタインの音楽は明らかにアクティブです。
しかし、驚くほどの明晰さと切れ味を備えたアクティブなハイドンというのはバーンスタイン以外では聞いたことがないような気がします。

率直に言って、聞き始めるまではバーンスタインのハイドンなんてものにはあまり期待していませんでした。
それは50年代に一つだけポツンと録音されたロンドン交響曲を聞いてみることで補強されてしまう見方でもありました。
しかし、この一連のパリ交響曲に関しては、50年代のロンドン交響曲を指揮した同一人物による録音とは信じがたいほどの変身ぶりです。

思い切った言い方を許してもらえるならば、これはニューヨーク時代のバーンスタインにとってはマーラー全集に肩を並べるほどの素晴らしい業績だったのかもしれません。


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