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チャイコフスキー:スラヴ行進曲 作品31

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1966年10月12日録音



Tchaikovsky:Slavonic March, Op. 31, TH 45




スラブ民族を讃える行進曲

1876年にセルビアとモンテネグロはヘルツェゴヴィナ蜂起を支援するためオスマン帝国に対し宣戦を布告します。しかし、オスマン軍は速やかにこの両国を打ち破り、さらにはブルガリアにおける反オスマン反乱も鎮圧してしまいます。
こうなると、その戦いをロシアが引き継ぐのが数世紀にわたる「露土戦争」のパターンなので、ロシアはオーストリア=ハンガリー帝国と秘密協定を結んで中立的立場をとることを約束させると、1877年にこの戦争に介入することになります。

ロシアとトルコは16世紀以降数え切れないほどの戦争を繰り返しているのですが、一般的に「露土戦争」と言えばこの1877年から1878年にかけて行われたこの戦争のことを指します。
ロシアはこの20年前の、いわゆる「クリミア戦争」でトルコに敗れるという失敗を経験をしているので、この時の戦争ではバルカン半島のスラブ民族独立のための戦争であるという大義名分を掲げて、汎スラヴ主義的心情に訴えるという手法をとりました。

そのため、ロシア国内でも戦争協力の動きが巻き起こり、ニコライ・ルビンシュテインが負傷兵のための基金募集のために演奏会を企画したり、その呼びかけにチャイコフスキーもすみやかに応えたりしたのです。
そして、そう言う流れの中でスラブ民族を讃える行進曲が書かれることになるのです。

チャイコフスキーはスラブ民族を鼓舞する意味も込めて、戦争の中心となっているセルビアやその近くの地方の民謡を主題として用い、最初は「ロシア・セルビア行進曲」と名づけたのですが、出版に際しては現在の「スラブ行進曲」と変更されました。

最初は重々しい歌で始まり、その歌は楽器を変えて何度も登場します。
やがてスラブの民謡が次々と登場することで戦闘はますます激しさを増し、最後は壮大なクライマックスの中でスラブ民族の勝利をたたえて音楽は閉じられます。

ベルリンフィルの鬼のような合奏能力を誇示するには十分すぎる録音


カラヤンはいつものように1966年の夏もサンモリッツで夏のバカンスを過ごし、それを8月23日で切り上げた後はすぐにワーグナーの「ワルキューレ」という大物の録音に取り組んでいます。
そして、その録音も9月中に目処をつけると、10月からはチャイコフスキーの録音を開始します。


  1. 弦楽セレナーデ ハ長調作品48:1966年10月6日

  2. 交響曲第4番ヘ短調作品36:1966年10月7、8、15日

  3. 幻想序曲「ロメオとジュリエット」:1966年10月12日

  4. 序曲「1812年」作品49:1966年10月12日(12月29日)

  5. スラヴ行進曲作品31:1966年10月13日

  6. イタリア奇想曲作品45:1966年10月13日

  7. バレエ「くるみ割り人形」組曲作品71a:1966年10月13日(12月26日)



これらは既にフィルハーモニア管やウィーンフィルとの間で録音している作品ばかりです。
そう言うチャイコフスキーの作品をこの時期にまとめて録音するというのは、漸くにして満足のいくレベルにまで育て上げたベルリンフィルという楽器の性能を思う存分発揮してみたかったのでしょう。

もちろん、こういう作品は「売れ筋」ですからレーベル側からの要望もあったことでしょう。
そして、カラヤンはそう言う要望をはるかに上回るクオリティで演奏し、録音してみせたのです。

なお、何曲かは12月に少し録りなおしているのですが、それはこの直前の8月から9月にかけて録音したワルキューレを年末に録りなおしているので、その流れの中で不備を感じる部分を手直ししたのでしょう。

それにしてもカラヤンという男は実に周到な準備を行う男であり、こういう一見すれば無味乾燥な録音クレジットの背後から、彼が一貫して隠そうとしてきた「努力」の後がにじみ出てきます。
おそらく、彼はサンモリッツで夏の休暇を優雅に過ごしているようにみせながら、その影で秋からの録音の準備を周到に行っていたはずです。

例えば序曲「1812年」にドン・コサック合唱団を使った「合唱」を導入することなどは、その場の思いつきで出来ようはずがありません。

とは言え、これらの録音は、それ以前にウィーンフィルなどを使って録音したレコードに対して圧倒的な優位性を主張できるものでないことも事実です。ただし、それはこの一連の録音がつまらないというのではなくて、既に録音されたウィーンフィルやフィルハーモニア管との録音の完成度が極めて高かった事の裏返しなのです。

どなたかが指摘されていたのですが、カラヤンという男はレコードカタログのトップに「カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」の録音が掲載されていなければ我慢できない人だったようです。ですから、こうして周到に準備を行って手際よく仕事をこなしていかなければ、その「野望」を実現する事は不可能だったのです。

しかし、そう言う「野望」に基づく周到な録音というのは、悪くすれば「ルーティンワーク」に陥ってしまう危険性を内包しています。
あくまでも私見ですが、最後に録音されたであろう「くるみ割り人形」の組曲ではそう言う雰囲気が漂っているような気がします。

とは言え、全体としてみれば見事なまでに完成度の高い演奏であり、ベルリンフィルの素晴らしい合奏能力を誇示するには十分すぎる録音です。
そして、50年以上が経過した今という時代から眺めてみてもその事を痛感するのですから、この演奏と録音を60年代という同時代に体験すれば、多くの人は打ちのめされるような驚きを感じたはずです。

音楽作品に対する評価というのは「音楽史」の流れの中で為されるのが常識です。
例えば、モーツァルトのピアノ作品に対して、「僅か5オクターブの音域の中で完結してるこぢんまりとしたつまらぬ音楽だ」と言えばそれはもう「阿保」です。

しかし、「演奏」という行為に関しては「演奏史」のようなものを念頭に置いて論じるという意識は希薄でした。
それは、演奏というものが作品のように「形」として残らないからでした。

それが、辛うじて「形」として残るようになったのは「録音」という技術が発明されたからなのですが、それも「歴史」を語れるほどの積み重ねを持つには至っていませんでした。

しかしながら、古い歴史的録音を漁っていて気がつくのは、1930年代以降の録音であれば、そこから十分に「演奏」の「形」を判断できるクオリティを持っていると言うことです。そして、この意見に同意してもらえるならば、あと10年もすれば「演奏」という行為にも「録音」という技術によって1世紀の積み重ねが実現することになります。
そして、100年という時間の積み重ねは、そこに「歴史」を見るには十分な厚みだと言えます。

オーケストラを徹底的に鍛え上げ、その結果としての合奏能力の凄みを前面に押し立てた演奏というのは、今という時代からそれを眺めるのと、60年代という同時代において眺めるのとでは、その衝撃の大きさは全く違ったはずなのです。
ですから、このような録音を取り上げて、上手いことは上手いけれども、今ならばこれくらい演奏できるオケは幾つかあるよね・・・等という言い方は「演奏史」を無視した物言いだと言われる時代が来るべきなのかも知れません。

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