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ラロ:スペイン交響曲 ニ短調 作品21

(Vn)ルッジェーロ・リッチ:エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1959年3月録音



Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [1.Allegro non troppo]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [2.Scherzando. Allegro molto]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [3.Intermezzo. Allegro non troppo]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [4.Andante]

Edouard Lalo:Symphonie espagnole in D minor, Op.21 [5.Rondo]




遅咲きの一発屋

ラロといえばスペイン交響曲です。そして、それ以外の作品は?と聞かれると思わず言葉に詰まってしまいます。
いわゆる、クラシック音楽界の「一発屋」と言うことなのでしょうが、それでも一世紀を超えて聞きつがれる作品を「一つ」は書けたというのは偉大なことです。

なにしろ、昨今の音楽コンクールにおける作曲部門の「優秀作品」ときたら、演奏されるのはそのコンクールの時だけというていたらくです。そして、そのほとんど(これはかなり控えめな表現、正確には「すべて」に限りなく近い「ほとんど」)が誰にも知られずに消え去っていく作品ばかりなのです。
クリエーターとして、このような現実は虚しいとは思わないのだろうかと不思議に思うのですが、相変わらず人の心の琴線に触れるような作品を作ることは「悪」だと確信しているような作品ばかりが生み出されます。いや、そのような「作品」でないとコンクールでいい成績をとれないがためにそのようなたぐいの作品ばかりを生み出していると表現した方が「正確」なのでしょう。

しかし、音楽はコンクールのために存在するものではありません。
当たり前のことですが、音楽は聴衆のために存在するものです。この当たり前のことに立ち戻れば、己の立ち位置の不自然さにはすぐに気づくはずだと思うのですが現実はいつまでたっても変わりません。相変わらず、「現代音楽」という業界内の小さなパイを奪い合うことにのみ腐心しているといえばあまりにも言葉がきつすぎるでしょうか。

ですから、こういうラロの作品を、異国情緒に寄りかかった「効果ねらい」だけの音楽だと言って馬鹿にしてはいけません。
クラシック音楽というのは人生修養のために存在するのでもなければ、一部のスノッブな人間の「知的好奇心」を満たすために存在するのでもありません。

まずは聞いて楽しいという最低限のラインをクリアしていなければ話にはなりません。

ただ、その「楽しさ」にはいくつかの種類があるということです。
あるものは、このスペイン交響曲のように華やかな演奏効果で人の耳を楽しませるでしょうし、あるものは壮大な音による構築物を築き上げることで喜びを提供するでしょう。はたまた、それが現実への皮肉であったり、抵抗であったりすることへの共感から喜びが生み出されるのかもしれません。
そして、時には均整のとれた透明感に心奪われたり、持続する緊張感に息苦しいまでの美しさを見いだすのかもしれません。

私はポップミュージックに対するクラシック音楽の最大の長所は、そのような「ヨロコビ」の多様性にこそあると思います。
そして、華やかな演奏効果で人の耳を楽しませるという、ポップミュージックが最も得意とする土俵においても、このスペイン交響曲のように、彼らとがっぷり四つに組んでも十分に勝負ができる作品をいくつも持っているのです。
そういう意味において、このような作品はもっともっと丁重に扱わなければなりません。

閑話休題、話があまりにも横道にそれすぎました。(^^;

ラロはスペインと名前のついた作品を生み出しましたが、フランスで生まれてフランスで活躍し、フランスで亡くなった人です。ただし、お祖父さんの代まではスペインで暮らしていたようですから、スペインの血は流れていたようです。

彼は、1823年にフランスのリルという小さな町で生まれて、その後パリに出てパリ国立音楽院でヴァイオリンと作曲を学びました。そして、20代の頃から歌曲や室内楽曲を作曲して作曲家としてのキャリアをスタートさせようとしたのですが、これが全く評価されずに失意の日々を過ごします。
その内に、作曲への夢も破れ、弦楽四重奏団のヴィオラ奏者という実に地味な仕事で生計を立てるようになります。

このようなラロに転機が訪れたのが、アルト歌手だったベルニエと結婚した42歳の時です。
ベルニエはラロを叱咤激励して再び作曲活動に取り組むように励まします。そして、ラロも妻の激励に応えて作曲活動を再開し、ついに47歳の時にオペラ「フィエスク」がコンクールで入賞し、その中のバレー音楽が世間に注目されるようになります。そして、そんな彼をさらに力づけたのが、1874年にヴァイオリン協奏曲がサラサーテによって初演されたことです。

そして、その翌年にこの「スペイン交響曲」が生み出され、同じくサラサーテによって初演されて大成功をおさめます。

彼はこれ以外にも、「ロシア協奏曲」とか「ノルウェー幻想曲」というようなご当地ソングのようなものをたくさん作曲していますが、これは当時流行し始めた異国趣味に便乗した側面もあります。
しかし、華やかな色彩感とあくの強いエキゾチックなメロディはそういう便乗商法を乗り越えて今の私たちの心をとらえるだけの魅力を持っています。


  1. 第1楽章:Allegro non troppo ソナタ形式

  2. 第2楽章:Scherzando. Allegro molto 三部形式

  3. 第3楽章:Intermezzo. Allegro non troppo 三部形式

  4. 第4楽章:Andante 三部形式

  5. 第5楽章:Rondo




研ぎ澄まされたスタイルではなくて、どこか人肌に触れる情感が前面に出ている演奏


リッチと言えば神童としてもてはやされ(1928年にわずか10歳でデビュー)、その後は難曲として有名なパガニーニの「24のカプリース(奇想曲)」を初録音して、パガニーニのスペシャリストとして名を馳せました。そして、驚くべき事に2003年まで第一線の演奏家として活躍を続け、2012年にこの世を去りました。
最晩年はまさに生ける「音楽史」とも言うべき存在でした。

何しろ、世界大恐慌の前年に演奏家としてのデビューを果たし、その後世界大戦と朝鮮・ベトナムの両戦争のみならず、湾岸戦争からリーマン・ショックまで経験をしたというのですから、凄いものです。
ウィキペディアによると、その間に「65カ国において6000回以上の演奏会と、さまざまなレーベルから500点以上の録音を制作してきた」らしいです。

しかし、リッチの不幸は、そんな彼の少し前をハイフェッツという巨人が歩いていたことでしょう。
ハイフェッツは「7歳でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏し、デビューを果たした」というリッチ以上に早熟の天才であり、わずか16歳の年(1917年)にアメリカデビューを果たし、さらにはロシア革命に伴って1925年にはアメリカの市民権を得て活動の本拠地とします。
リッチは、まさにそんなハイフェッツの背中を見ながら音楽活動を展開しなければならなかったのです。

確かにリッチは、パガニーニのスペシャリストとして評価されました。
しかし、例えば、同時代に録音されたブルッフの第1番の協奏曲などを聞き比べてみれば、残念ながらリッチにはハイフェッツの凄味はありません。リッチが得意としたサラサーテやサン=サーンスの小品でも、その他大勢のヴァイオリニストと比べれば素晴らしい技巧の冴えを感じさせてくれますが、悲しいことに、その土俵こそはハイフェッツの独擅場でした。

そこで、おそらく、この頃からリッチは己の方向性を変え始めたのではないかと思います。
ハイフェッツのような技巧の冴えを前面に押し出し、強い緊張感をもって作品を構築していくのではなくて、独特の歌い回しで深い情感を描き出していく方向への転換です。
そして、その事は成功していると思います。

シュトラウスのヴァイオリン・ソナタやヒンデミット、プロコフィエフの無伴奏ソナタなどを聞くと、かつてのような研ぎ澄まされたスタイルではなくて、どこか人肌に触れる情感が前面に出てきています。
また、ラロのスペイン交響曲やラヴェルのツィガーヌなどでは、その方向転換は実に上手く言っているように聞こえます。

スペイン交響曲ではアンセルメの伴奏はかなりソリッドな方向にふれているのですが、リッチはそれに煽られることなく、確かなテクニックに裏打ちされながらも情感豊かに歌い上げています。ツィガーヌの前半で、延々と続くヴァイオリンのソロにおいても、やろうと思えなもっと切れ味鋭く演奏できると思うのですが、それはもう封印したよという雰囲気が伝わってくるのです。

ですから、ハイフェッツの録音を聞いた後に、同じ作品をリッチのヴァイオリンで聴き直すと、そう言う人肌に触れる情感が非常に好ましく心に届いてきます。
しかしながら、2012年まで長生きしたにもかかわらずリッチは多くの人の記憶から消え去りつつあるのに、ハイフェッツは亡くなってから30年もの時間が流れ去ったにもかかわらず、未だに巨人としての姿を誇示しています。

確かにリッチの演奏は好ましく思えます。
確かなテクニックに裏打ちされた上で深くて豊かな情感にあふれたヴァイオリンの響きは非常に魅力的です。
しかし、私たちは、その後の50年において、これにかわる多くのヴァイオリニストと出会うことができました。かわりうる存在があれば、古いものは忘れ去られていくのはやむを得ないことなのです。

しかし、ハイフェッツは未だに孤高の存在です。
音楽教育が高度に発展し、幼少期からのエリート教育が充実して演奏家のテクニックは飛躍的に向上しました。
しかし、それでもなお、ハイフェッツは特別な存在です。
おかしな話ですが、リッチという鏡に映してみることでハイフェッツという存在の大きさを知るのです。

しかしながら、ここで聴くことのできるリッチの録音は、そう言うハイフェッツの重圧を克服していったもう一人の不幸な天才の苦闘の歴史とも言えるのです。
そして、この時代に、彼なりのやり方でハイフェッツと言う特別な存在に絡め取られることなくやり過ごしたことで、「生ける音楽史」と言えるほどの長い活動ができたのです。

この時代に、それをやり過ごすことが出来ず、そのキャリアを絶ってしまった数多くの若き天才ヴァイオリニストを思い出せば、やはりリッチは偉大な存在だったのです。


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