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ハイドン:交響曲第82番 ハ長調「熊」, Hob.I:82

レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1962年5月7日録音



Haydn:Symphony No.82 in C major, Hob.I:82 "LOurs "{1.Vivace]

Haydn:Symphony No.82 in C major, Hob.I:82 "LOurs "{2.Allegretto]

Haydn:Symphony No.82 in C major, Hob.I:82 "LOurs "{3.Minuet - Trio]

Haydn:Symphony No.82 in C major, Hob.I:82 "LOurs "{4.Finale. Vivace assai]




パリ交響曲の概要

交響曲のナンバーで言えば82番から87番までの6曲を「パリ交響曲」と呼んでいます。
それは、この一連の交響曲がパリのオーケストラ(コンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピック)からの依頼によって作曲されたからであり、その依頼を発案したのはこのオーケストラのパトロンであったドニィ伯爵であったと言われています。

そして、その契約は出版までをも含むものだったようで、1曲あたり「20ルイ金貨」というハイドンにとっては破格の金額だったようです。
この「20ルイ金貨」というのがどれほどの価値なのかは難しいのですが、「1ルイ金貨=20フラン」だそうです。
そして、ナポレオン時代の「1フラン」はざっくりと2000円程度と見なせるそうなのですが、ハイドンの時代だともう少し価値があったと思われますから、概ね100万円程度の契約だったのではないかと想像されます。

当時は著作権などと言う概念はなかったので、パリでは既にハイドンの交響曲は多くの出版社が勝手に出版をしていました。
しかし、こういう形できちんと契約をかわして出版されたのは初めてであったようで、それも、思いもしなかったような高額での契約であったのでハイドンは非常に驚いたとハイドン研究家のランドンは述べています。

おそらく、この経験が後のザロモンの要請を受け入れてイギリスに渡る決心を促す一つの要因になったのではないかと思われます。
上品な評論家達は、ハイドンがザロモンの要請を受け入れた最大の要因は充実したオーケストラによって自作がどのように響くかに興味があったからだと言いますが、金銭的インセンティブを過小評価するのは誤りではないかと思われます。

なお、新ハイドン全集ではこの6曲は1785年に3曲、86年に3曲が作曲されたようで、その順番は以下の通りだと考えられています。

1785年作曲



  1. 交響曲第87番 イ長調:「パリ交響曲」第1曲

  2. 交響曲第85番 変ロ長調「王妃」:「パリ交響曲」第2曲

  3. 交響曲第83番 ト短調「めんどり」:「パリ交響曲」第3曲



1786年作曲



  1. 交響曲第84番 変ホ長調:「パリ交響曲」第4曲

  2. 交響曲第86番 ニ長調:「パリ交響曲」第5曲

  3. 交響曲第82番 ハ長調「熊」:「パリ交響曲」第6曲



ちなみに、楽器編成は弦楽5部にフルート1、オーボエ2,ファゴット2,ホルン2というエステルハージの楽団と同じなのですが、最後の2曲(82番と86番)ではそこにはティンパニが追加され、さらに86番にはトランペットも追加されています。それは明らかに、パリの優れた大規模なオーケストラと聴衆の趣味を念頭に置いたものだったと思われます。

また、この「パリ交響曲」には「熊」「めんどり」「王妃」などと言うタイトルがついているのですが、それらは音楽の中の気に入った部分に対して聴衆があたえたものです。その事を裏返せば、ハイドンの交響曲がいかに当時のパリの聴衆に受け入れられたかの証左でもあります。

交響曲第82番 ハ長調「熊」, Hob.I:82

「熊」というタイトルはこの交響曲を聞く限りは何とも不思議なネーミングなのですが、当時の聴衆にはこの第4楽章冒頭の持続する低音が熊のうなり声のように聞こえたことに由来するそうです。

何とも他愛のない話なのですが、それは交響曲というジャンルがその様な親しみに満ちた音楽形式であったことを示してもいます。
そして、このハイドンからバトンを受け取ったベートーベンによって、交響曲はその様な他愛もない話を受け入れない世界へと上りつめてしまい、それが今度は逆にハイドンの音楽への評価を押し下げる要因になってしまったのは皮肉と言えば皮肉な話でした。

しかし、そう言う他愛もない話しを受け入れる余地を残しながら、パリ交響曲の最後に位置するこのシンフォニーは既に古典派シンフォニーとしての完成形を内包するようになっています。とりわけ最終楽章では第1主題が展開部において徹底的に活用されていて、それは前の3つの楽章の重みをどのように受け止めてけりをつけるのかという、古典派交響曲につきまとう最も重要な課題に対する軽やかな一つの解答になっています。

また、第2楽章は二つの主題による変奏曲という凝った形式を採用していて、それが静けさ激しさが交互に表れるという効果をもたらしています。このあたりの仕掛けは、より幅広い聴衆に向かって飽きさせないための工夫でもあったかと思われます。
その事は第3楽章のメヌエットにおいて、中間のトリオの部分で管楽器に活躍させるあたりにもあらわれています。

おそらく、このパリからの依頼によって、ハイドンはエステルハージという内々の集団の中で試してきた様々な実験の中から、より幅広い聴衆に対しても受容される普遍性の高い仕掛けを探りはじめたものと思われます。
そう思えば、ハイドンはロンドンにおいて突然飛躍したのではなくて、パリからの依頼によるこれらの交響曲において、その飛躍の第一歩を記していたことに気付くのです。

その事を思えば、この「パリ交響曲」としてまとめられている6曲の交響曲にももう少し陽が当てられてもいいのではないかと思われます。


  1. 第1楽章:Vivace

  2. 第2楽章:Allegretto

  3. 第3楽章:Minuet ー Trio

  4. 第4楽章:Finale. Vivace assai



ニューヨーク時代のバーンスタインにとってはマーラー全集に肩を並べるほどの素晴らしい業績


バーンスタインのハイドン演奏というのは話題になることは少ないのですが、彼の録音のキャリアを振り返ってみれば、それはとても大きな地位を占めていることに気付かされます。
そして、その「大きさ」の背景として、ベートーベンやブラームスにつながっていくドイツ古典派の源流としてハイドンを位置づけ、その上でハイドンの交響曲を通して「ドイツ古典派」の「本質」をつかみ取ろうとする思いがあったのではないかと思われます。

まずは、ニューヨークフィルの音楽監督時代に以下の交響曲を録音しています。
この時期の特徴は、パリ交響曲と呼ばれる作品をメインに取り上げていることです。


  1. Symphony No. 104 in D Major, "London":January 27, 1958

  2. Symphony No. 83 in G Minor, "The Hen":April 09, 1962

  3. Symphony No. 82 in C Major, "The Bear":May 07, 1962

  4. Symphony No. 102 in B-flat Major:October 31, 1962

  5. Symphony No. 88 in G Major:January 07, 1963

  6. Symphony No. 85 in B-flat Major, "La Reine de France":May 20, 1966

  7. Symphony No. 84 in E-flat Major:May 20, 1966

  8. Symphony No. 86 in D Major:March 07, 1967

  9. Symphony No. 87 in A Major:March 21, 1967



しかし、注目すべきなのは、ニューヨークフィルの音楽監督を辞してフリーになった1969年以降も、引き続きニューヨークフィルとハイドンの録音を続けている事です。


  1. Symphony No. 103 in E-flat Major, "Drum Roll":February 10, 1970

  2. Symphony No. 101 in D Major, "Clock":February 12, 1970

  3. Symphony No. 100 in G Major, "Military":October 20, 1970

  4. Symphony No. 99 in E-flat Major:October 20, 1970

  5. Symphony No. 93 in D Major:December 07, 1971

  6. Symphony No. 94 in G Major, "Surprise":December 16, 1971

  7. Symphony No. 95 in C Minor:February 12, 1973

  8. Symphony No. 96 in D Major, "Miracle":March 05, 1973

  9. Symphony No. 97 in C Major:April 10, 1975

  10. Symphony No. 98 in F-flat:Major April 10, 1975



音楽監督の時代に既に録音していた104番と102番を除くザロモンセットの交響曲を全て録音するという意図がはっきり読み取れます。

これはハイドンへの執着としてはかなり際だっています。
ザロモンセットをコンプリートしている指揮者は結構いるのですが、それ以外にパリ交響曲もコンプリートした指揮者となると、ドラティやフィッシャーのように全交響曲を録音した指揮者を除けが殆どいないのではないでしょうか。

さらに、フリーになったバーンスタインが活動の軸足をウィーンに移すようになっても、ウィーンフィルとのコンビで以下の交響曲を録音しているのですから、その執着のほどがうかがえます。


  1. Symphony No. 102 in B-flat Major:February 21, 1971

  2. Symphony No. 88 in G Major:November 27, 1983

  3. Symphony No. 92 in G Major, "Oxford":February 06, 1984

  4. Symphony No. 94 in G Major, "Surprise":October 28, 1985



ハイドンの交響曲というのは指揮者にとっては容易い仕事ではありません。
譜面だけを見れば簡単そうに見えても、そこには職人ハイドンならでは仕掛けがたくさん盛り込まれていますから、それを見過ごしてしまうと「阿保」みたいな演奏になってしまいます。
ですから、ハイドンの交響曲は「指揮者とオーケストラの性能試験」などと言われたりするのです。

バーンスタインという指揮者は指揮台の上で飛び跳ねたりするので「ショーマンシップにあふれた音楽家」と見られることも多い人でした。
しかし、長年にわたってこのような「骨の折れる仕事」に取り組んでいたことは、聞き手としてはしっかりと見ておく必要があります。

ハイドンのシンフォニーというのは小ぶりなものが多いので、ともすればコンサートではメインの前の前菜のような扱いで演奏されることが多いように見受けられます。しかし、そう言う取り上げ方をされたときのハイドンというのは、どれもこれもが実につまらない演奏になってしまっていることが多いのです。
それは録音においても同様で、指揮者がそれなりのポリシーを持ってある程度の覚悟を持って取り上げたときでないと、それもまた往々にしてつまらない演奏になっていることが多いような気がします。

そのポリシーと言えば、いささか雑駁な言い方になるのですが、例えばビーチャムのようにハイドンのユーモアやウィットに焦点をあててみたり、クレンペラーのように堂々たる古典派シンフォニーとして仕立て直してみたりと、色々なやり方があったわけです。
そして、ここでのバーンスタインの行き方というのは、ハイドンが古典派シンフォニーのあるべき姿を模索する中で様々に試してみた仕掛けを明晰に再現してみせることでした。

そう言う意味で言えば、作品の構造を実にバランスよく、そして明晰に表現してみせたセル&クリーブランド管の行き方と似通っているのかも知れません。
ただし、セルの音楽は基本的にスタティックなものでしたが、バーンスタインの音楽は明らかにアクティブです。
しかし、驚くほどの明晰さと切れ味を備えたアクティブなハイドンというのはバーンスタイン以外では聞いたことがないような気がします。

率直に言って、聞き始めるまではバーンスタインのハイドンなんてものにはあまり期待していませんでした。
それは50年代に一つだけポツンと録音されたロンドン交響曲を聞いてみることで補強されてしまう見方でもありました。
しかし、この一連のパリ交響曲に関しては、50年代のロンドン交響曲を指揮した同一人物による録音とは信じがたいほどの変身ぶりです。

思い切った言い方を許してもらえるならば、これはニューヨーク時代のバーンスタインにとってはマーラー全集に肩を並べるほどの素晴らしい業績だったのかもしれません。

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