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コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲

アルトゥール・ロジンスキー指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団カ 1955年4月~5月録音



Kodaly:Hary Janos suite [1.Prelude. The Fairy Tale Begins]

Kodaly:Hary Janos suite [2.Viennese Musical Clock]

Kodaly:Hary Janos suite [3.Song]

Kodaly:Hary Janos suite [4.The Battle and Defeat of Napoleon]

Kodaly:Hary Janos suite [5.Intermezzo]

Kodaly:Hary Janos suite [6.Entrance of the Emperor and His Court


ハンガリー農民のイマジネーションと真実

1926年に喜歌劇「ハーリ・ヤーノシュ」が成功をおさめると、バルトークのすすめもあって、そのオペラから6つのエピソードを選び出して管弦楽用の組曲を作曲することになりました。そして、結果としてこの組曲がコダーイの代表作となりました。

この組曲は以下の6つの場面から成り立っています。各曲にはコダーイ自身によって説明が付与されています。


  1. 前奏曲、おとぎ話は始まる (Elojatek, Kezd0dik a tortenet)
    「意味深長なくしゃみの音で”お伽噺は始まる”ことになります。」

  2. ウィーンの音楽時計 (A becsi harangjatek)
    「場面はウィーンの王宮。ハンガリーからやって来た純朴な青年ハーリは、有名なウィーンの”オルゴール時計”を見て、すっかり驚き、夢中になってしまいます。時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れます。
    華やかな衣装を身に纏ったからくり人形が、時計の周りをぐるぐる行進し始めるのです。」

  3. 歌 (Dal)
    「ハーリとその恋人(エルジュ)は、彼らの故郷の村のことや、愛の歌に満たされた静かな村の夕暮れのことを懐かしみます。」

  4. 戦争とナポレオンの敗北 (A csata es Napoleon veresege)
    「司令官となったハーリは、軽騎兵を率いてフランス軍に立ち向かうことになりました。ところが、ひとたび彼が刀を振り下ろすと、さあどうでしょう。フランス軍の兵士たちは、まるでおもちゃの兵隊のように、あれよあれよとなぎ倒されていくではありませんか!
    一振りで2人、ふた振りで4人、そして更に8人10人・・・と、フランス軍の兵隊たちは面白いように倒れてゆきます。
    そして最後に、ナポレオンがただ一人残され、いよいよハーリとの一騎討ちと相成りました。
    とはいっても、本物のナポレオンの姿など見たことのないハーリのこと、『ナポレオンという奴はとてつもない大男で、それはそれは恐ろしい顔をしておった・・・。』などと、想像力たくましく村人たちに話します。
    しかし、この熊のように猛々しいナポレオンが、ハーリを一目見ただけで、わなわなと震えだし、跪いて命乞いをしたというのです。
    フランスの勝利の行進曲”ラ・マルセイエーズ”がここでは皮肉にも、痛々しい悲しみの音楽に変えられています。」

  5. 間奏曲 (Intermezzo)
    「この曲は間奏曲ですので、特に説明はありません。」

  6. 皇帝と廷臣たちの入場 (A csaszari udvar bevonulasa)
    「勝利を収め、ハーリはいよいよウィーンの王宮に凱旋します。ハーリは、その凱旋の行進の様子を、想像力たくましく思い描きます。しかし所詮は、空想に基く絵空事。
    ここで描かれているのも、ハンガリーの農民の頭で想像した限りでの、それは豊かで、それは幸福な、ウィーンのブルク王宮の様子に過ぎません。」



この6つの場面は二つの世界から成り立っていることに気づかされます。
まず一つは、ハーリ・ヤーノシュという人物が生み出したイマジネーションの世界です。

第2曲の「ウィーンの音楽時計」はハーリがウィーンの王宮を訪れたときの話と言うことになっています。ハーリはその王宮でオーストリア皇帝フランツの娘から求婚されたが断ったと自慢するのですが、ここで描かれているのはその王宮にあった「オルゴール時計」の話です。
時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れてぐるぐる行進し始め様子にハーリはすっかり驚き、夢中になってしまうのです。

そんなハーリは第4曲の「戦争とナポレオンの敗北」で、ハーリ一人の力でナポレオン軍を打ち破った話をはじめます。そのお話は3つの部分から成り立っていて、まずは勇ましくフランス軍が行進してきて、さらには英雄ナポレオンが登場するのですが、それもあっという間にハーリによって打ち破られるというのです。

そして、最後の第6曲では、ナポレオンに勝利したハーリは華々しくウィーンの宮廷に凱旋することになるのです。面白いのは、ここで描かれている皇帝や宮廷のお偉いさん達は、すべてハーリというハンガリーの素朴な農民が夢想した姿として描かれていることです。そして、それは第4曲で描かれるナポレオンにも共通しています。
小さな主題が馬鹿馬鹿しいまでの大仕掛けで表現されていく様子は、それが明らかに冗談音楽であることを示しているのですが、その冗談の向こう側に素朴なハンガリの農民の気質が刻み込まれていることにも気づかされるのです。

そして、その様なハンガリーの農民の真実の気質が美しく歌い上げられているのが、第1曲,第3曲,第5曲です。
つまり、この組曲はその様な真実と冗談のようなイマジネーションが交互に織りあわされているのです。

第1曲の前奏曲には、ただのホラ話ではなくて、それを生み出した民族の誇りが描かれています。
第3曲の「歌」はハンガリー民謡の「こちらはティーサ河、あちらはドゥーナ河」から編曲されたもので、民族がもつ深くて高貴な愛情が描かれています。

そして第5曲は「間奏曲」という素っ気ないタイトルがつけられ、コダーイ自身も「特に説明はありません。」と素っ気ないのですが、個人的にはこれがこの作品の中の白眉だと考えています。
私はこの音楽を聞くたびに、涙をふりはらいながら踊り続ける男の姿が浮かぶのです。
冒頭の旋律はヴェルブンコシュという、若者を軍に募るための舞曲によるものだと言うことなのですが、それがこの音楽に涙を感じさせる要因なのかもしれません。そして、ホルン・ソロに始まる素朴な美しさにあふれたトリオの部分がその涙にさらに深みを与えています。


コスモポリタン的な人間が無理矢理演じてみせた民族的な振る舞い

コダーイの管弦楽作品の場合はどうしてもドラティの指揮による演奏が一つの基準線になります。そして、それを一つのラインとして判断すれば、例えばセル&クリーブランド管による「ハーリ・ヤーノシュ」組曲などは随分とスタイリッシュであり、音楽に内包されたハンガリー農民の土臭さなどはきれいに洗い流されていることに気づかされます。

そう言うつもりで、このロジンスキーの演奏を聞くと、これはもかなり変わった演奏だと言うことに気づかされます。

まず、一聴して気がつくのは、低声部の分厚さであり、それ故にある種の重さを感じます。そして、その重い響きで驀進していくのですから、ガランタ舞曲やマロシュセーク舞曲等は、下手をするとハンガリー農民の踊りと言うよりは戦車軍団の驀進かと勘違いしてしまうほどです。
ところが、「ハーリ・ヤーノシュ」組曲の方では、その寓話的世界をあざといまでの表情付けと響きで強調していくのですから、こちらもまたいささか驚かされます。

ロジンスキーといえば鮮烈なまでの直線性と一つ一つの楽器を決して疎かにしない精緻なアンサンブルへの執念が特徴でした。しかし非常な推進力にあふれながら横への旋律ラインがよく歌うというのももう一つの特徴でした。
そして、この二つがある種のバランス感覚を保って彼の音楽の中に同居しているのですが、二つ野舞曲ではこの直進性がかなり剥き出しになっており、「ハーリ・ヤーノシュ」では歌う本能がある種のあざとさの域にまで剥き出しになっています。

もっとも、マロシュセーク舞曲の第2エピソードでの歌い回しなどは見事なものだと思うのですが、最後の驀進を聞いてしまうとそんな「昔のこと」は頭から消えてしまいそうになります。

なお、どうでもいいことですが、ロジンスキーのことを「ポーランド出身」と書いたことに関してそれは間違いではないですかという指摘をいただきました。
確かに、彼が生まれたのは現在はクロアチア領であるスプリトという街ですが、育ったのは当時ポーランド領だったリヴォフという街でした。
ちなみに、このリヴォフという街は現在はウクライナ領で「リヴィウ」という呼び方に変わっています。

このあたりの東ヨーロッパの帰属の問題はややこしいのですが、これを一つに結びつけていたのが「オーストリア=ハンガリー帝国」でした。
彼が、このように各地を転々としたのは、オーストリア・ハンガリー帝国の軍医だった父親の転勤にともなうものだったようです。
そう言う意味で言えば、彼の歌う本能を「ポーランドの魂」などといったのは明らかに誤りだったようです。

彼の根っこは、ある意味では「オーストリア・ハンガリー帝国」というコスモポリタン的な世界にあり、もしかしたらマーラーなどと親近性があるのかもしれません。(彼はマーラーの作品をほとんど取り上げていませんが・・・)
そう言う意味では、この「ハーリ・ヤーノシュ」の組曲などは、そう言うコスモポリタン的な人間が無理矢理演じてみせた民族的な振る舞いだったのかもしれません。

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