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ベートーベン:序曲「レオノーレ」第3番 Op. 72b

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団 1960年6月録音

Beethoven:Leonora Overture No.3 in C major, Op.72b




彫琢の限りを尽くした作品

ベートーベンは生涯にたった一つの歌劇しか残しませんでしたが、そのたった一つのために9年もの歳月を費やしています。そして、その改作のたびに彼は新しい序曲を作曲しましたので、後世の私たちはなんと幸いなことに合計で4曲もの素晴らしい管弦楽作品をもつことで出来たのです。
その改作の履歴と序曲の関係を簡単に振り返っておきましょう。


  1. 「レオノーレ」序曲第1番(1805年)
    この作品はベートーベンの死後に遺品の競売に際して発見されたもので、実際に歌劇の序曲として演奏されたことはありません。おそらくは1805年に作曲されたものと思われリヒノフスキー邸で試演もされたようです。
    しかし、作品そのものが歌劇の序曲としては軽すぎると言うことでベートーベン自身も不満があり、さらには周辺の人々も好意的ではなかったためにお蔵入りになってしまったようです。
    なお自筆楽譜には「性格的序曲」としか記述されていないのですが、フロレスタンのアリアの引用などがなされていることから、間違いなくフィデリオの序曲として考案されたものと思われます。

  2. 「レオノーレ」序曲第2番(1805年:第1版)
    フィデリオの初演はナポレオンの軍隊がウィーンの町を占領する中で行われたために成功をおさめることは出来ず、わずか3日で上演は打ち切られます。
    それは、フランス語しか解さないフランスの兵士が聴衆の大部分を占める中でドイツ語による歌劇を上演したのですからやむを得なかった結果だと言えます。
    今日、「レオノーレ」序曲第2番と呼ばれる作品は、この初演の時に使用された序曲です。ですから、フィデリオの序曲としてはこの作品はわずか3日にしか演奏されなかったことになります。

  3. 「レオノーレ」序曲第3番(1806年:第2版)
    初演の大失敗を反省して、3幕だったフィデリオを2幕構成の作品に大改訂し、さらに序曲の方も大幅に改訂してほとんど新作といっていいほどの作品が生み出されます。それが今日、「レオノーレ」序曲第3番と呼ばれる作品です。
    この作品はその後フィデリオ序曲が作曲されることで歌劇の序曲としてのポジションは失うのですが、純粋に管弦楽作品として見ても傑出した作品であるために、今ではコンサート・レパートリーとして演奏されるようになっています。
    さらには、マーラーが始めたと言われているのですが、聴衆へのサービスとして第2幕第2場の前に演奏されることが一つの習慣として定着しています。(最近は原点尊重と言うことでこのサービスをカットする上演も増えてきているようです)



「レオノーレの3番ってどんな音楽ですか?}と聞かれたら、そっとこの一枚を差し出すでしょう。


無難なテンポ設定、音楽全体の形もよく分かり、内部の見通しもクリアです。そして、そう言うドラティの作品への貢献をマーキュリーの録音は万全の体制ですくい取っています。
同じ作品をこうして並べて聞いてくると、なるほどこれがアメリカ的なザッハリヒカイトかと納得させられる演奏です。
そして、こういう演奏と録音が一番コメントがつけにくいのです。

ただ、一つだけ言えるのは、もしも「レオノーレの3番ってどんな音楽ですか?}(なんて聞かれることはないと思うのですが、万一、そんな事を)聞かれたら、そっとこの一枚を差し出すでしょう。ここには、音響の構築物としての「レオノーレの3番」の姿が完璧に再現されています。
ですから、これのどこに文句がるんだと開き直られれば、何の文句もございませんと答えざるを得ない演奏と録音です。

しかし、考えてみれば、こういうテイストの演奏は最近の演奏会において、それこそいやと言うほど聞かされてきているのです。
その背景には「人生が見えてこない」などと言う戯言を跳ね返すための機能美に徹したプラグマティズムが貫徹しているのです。

それは疑いもなく素晴らしい「音の饗宴」であり、聞いているときはそれなりに「感動」もするのですが、なぜかコンサートホールを出て角を一つ曲がったあたりで「レオノーレの3番を聞いた」という事実だけしか残らない演奏でもあるのです。
そして、それがアメリカだとすれば、ヨーロッパの文化と伝統とは異なる惑星かと思うほどに隔たっているのです。

そして、こういう演奏を聴いた後にもう一度カラヤンを聴き直してみれば、彼もまたヨーロッパの人だったことを納得させられるのです。

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