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シューベルト:交響曲第8番 ロ短調 D.759 「未完成」 & 交響曲第6番 ハ長調 D.589

エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1957年5月22日、25日録音

Schubert:Symphony No.8 in B Minor, D.759 "Unfinished"[1.Allegro moderato]

Schubert:Symphony No.8 in B Minor, D.759 "Unfinished"[2.Andante con moto]


Schubert:Symphony No.6 in C major, D.589 "Little C Major" [1.Adagio - Allegro]

Schubert:Symphony No.6 in C major, D.589 "Little C Major" [2.Andante]

Schubert:Symphony No.6 in C major, D.589 "Little C Major" [3.Scherzo. Presto - Piu lento]

Schubert:Symphony No.6 in C major, D.589 "Little C Major" [4.Allegro moderato]


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わが恋の終わらざるがごとく・・・

この作品は1822年に作曲をされたと言われています。
 シューベルトは、自身も会員となっていたシュタインエルマルク音楽協会に前半の2楽章までの楽譜を提出しています。
 協会は残りの2楽章を待って演奏会を行う予定だったようですが、ご存知のようにそれは果たされることなく、そのうちに前半の2楽章もいつの間にか忘れ去られる運命をたどりました。

 この忘れ去られた2楽章が復活するのは、それから43年後の1965年で、ウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックによって歴史的な初演が行われました。

 その当時から、この作品が何故に未完成のままで放置されたのか、様々な説が展開されてきました。

 有名なのは映画「未完成交響楽」のキャッチコピー、「わが恋の終わらざるがごとく、この曲もまた終わらざるべし」という、シューベルトの失恋に結びつける説です。
 もちろんこれは全くの作り話ですが、こんな話を作り上げてみたくなるほどにロマンティックで謎に満ちた作品です。  

 前半の2楽章があまりにも素晴らしく、さすがのシューベルトも残りの2楽章を書き得なかった、と言うのが今日の一番有力な説のようです。しかし、シューベルトに匹敵する才能があって、それでこのように主張するなら分かるのですが、凡人がこんなことを勝手に言っていいのだろうか、と、ためらいを覚えてしまいます。

 そこで、ユング君ですが、おそらく「興味」を失ったんだろうという、それこそ色気も素っ気もない説が意外と真実に近いのではないかと思っています。
 この時期の交響曲は全て習作の域を出るものではありませんでした。
 彼にとっての第1番の交響曲は、現在第8番と呼ばれる「ザ・グレイト」であったことは事実です。
 その事を考えると、未完成と呼ばれるこの交響曲は、2楽章まで書いては見たものの、自分自身が考える交響曲のスタイルから言ってあまり上手くいったとは言えず、結果、続きを書いていく興味を失ったんだろうという説にはかなり納得がいきます。

 ただ、本人が興味を失った作品でも、後世の人間にとってはかけがえのない宝物となるあたりがシューベルトの凄さではあります。
 一般的には、本人は自信満々の作品であっても、そのほとんどが歴史の藻屑と消えていく過酷な現実と照らし合わせると、いつの時代も神は不公平なものだと再確認させてくれる事実ではあります。

交響曲第6番 ハ長調 D.589



シューベルトの初期シンフォニーを続けて聞いていくというのはそれほど楽しい経験とはいえないのですが、それでも時系列にそって聞いていくと、少しずつステップアップしていく若者の気概がはっきりと感じとることが出来ます。
彼の初期シンフォニーの中では飛び抜けたドラマ性が感じられ第4番「悲劇的」、以前のものと比べるとよりシンプルでまとまりのよい作品になっている第5番の交響曲を完成させた頃に、シューベルトはイヤでイヤで仕方なかった教員生活に見切りをつけて、プロの作曲家を目指してのフリーター生活に(もう少しエレガントに表現すれば「ボヘミアン生活」に)突入していきます。

そして、これに続く第6番の交響曲は、シューベルト自身が「大交響曲ハ長調」のタイトルを付け、私的な素人楽団による演奏だけでなく公開の場での演奏も行われたと言うことから、プロの作曲家をめざすシューベルトの意気込みが伝わってくる作品となっています。
また、この交響曲は当時のウィーンを席巻したロッシーニの影響を自分なりに吸収して創作されたという意味でも、さらなる技量の高まりを感じさせる作品となっています。

その意味では、対のように作曲された二つのセット、2番と3番、4番と5番の交響曲、さらにはプー太郎になって夢を本格的に追いかけ始めた頃に作曲された第6番の交響曲には、夢を追い続けたシューベルトの青春の、色々な意味においてその苦闘が刻み込まれた作品だったといえます。


ベイヌムらしい推進力は後退して、余裕を持って音楽を歌わせる姿勢が前面に出ています

ベイヌムはベートーベンは1曲しか正規に録音しなかったのですが、シューベルトは3曲も録音しています。
ただし、その選択はかなり変わっています。


  1. 交響曲第3番 ニ長調 D.200 1955年6月6日、9日録音

  2. 交響曲第6番 ハ長調 D.589 1957年5月22日、25日録音

  3. 交響曲第8番 ロ短調 D.759 「未完成」 1957年5月22日、25日録音



1950年のライブ録音として第9番「グレート」が残っていますから、普通ならば「未完成」か「グレート」あたりを最初に取り上げると思うのですが、まず最初に取り上げたのは第3番で、その後に6番と「未完成」を取り上げています。
ベートーベンに関しても最初に2番から録音していますから、ベイヌムという人は非常に慎重な人だったのかもしれません。

時間はたっぷりあるんだから、まずは外堀から慎重に埋めていくというスタンスが感じ取れます。
ただし、ブラームスやブルックナーというのは手に入っているという自信があったのでしょう、そこは躊躇わずにどんどんと踏み込んでいっています。

まずは自信のあるところからしっかりと己の領域を確保していき、もう少し考えたいプログラムについては、慎重に歩を進めていくという感じです。
そして、それもまた、時間はたっぷりあると信じて疑わなかったからでしょう。

ただし、このシューベルトの3曲に関しては、2年の隔たりはベイヌムの立ち位置をかなり変えてしまっているように感じます。そして、その変化はかなり本質的な部分にまで及んでいるように見えます。

55年に録音した第3番は、51年のブラームスに刻み込まれていた姿がほぼそのままに残っています。
ただし、シューベルトらしく柔和に歌う部分になるとギヤを入れ替えて歌わせるあたりは少し変わったかなと思わせますが、それも通り過ぎればもとの強烈な推進力に満ちた世界に舞い戻っていきます。そして、そのオンとオフ(と言うのもおかしな表現ですが)の絶妙な切り替えがこの演奏の魅力になっていたりします。

それと比べると57年に録音された6番と未完成では、ベイヌムらしい推進力は後退して、余裕を持って音楽を歌わせる姿勢が前面に出てきます。

問題は、この変化をどう見るかなのですが、ブラームスの交響曲でもこれと似たような傾向が伺えました。
少なくない人たちはこの変化をベイヌムの衰え、下降線と見る人が多いのですが、私にはそれは「音楽は縦割りだ!」というスタンスから「歌うべきところはしっかり歌う」というスタンスに変わろうとする「経過」だと感じたモノです。

それと同じ事がこのシューベルトの録音を巡っても言えるのではないでしょうか。

そう言えば、カンテッリもまた私見によれば、トスカニーニの引退によってその呪縛から解き放たれたように音楽の姿を変えようと模索しているように見えました。
50年代前半は疑いもなく即物的な音楽が席巻した時代でした。
そして、そう言う縦割りの厳しい音楽から横へのラインも重視した歌う音楽に少しずつ変わろうとし始めた時期がその後半になってやってきたように思えます。

カラヤンもまた、50年代の前半はフィルハーモニア管でスタイリッシュでこの上もなく正統的なベートーベンを録音しました。
しかし、それが終着点でなかったことは明らかであり、彼もまた紆余曲折を経てドーピングとも言える横へ横へとつながっていく美学を確立していきました。

ベイヌムやカンテッリが普通に寿命を全うして活躍していれば、異論はあるかもしれませんが、カラヤンのような「歌う」方向の音楽を彼らなりに作っていったのではないかと妄想してしまうのです。

ただし、それはドーピング的なレガートしていく音楽ではなかったでしょう。
もしも、それがこのシューベルトの3番のように、オンとオフを巧妙に切り替えていく方向で音楽が進化していったのならば、随分と面白い音楽を聞かしてくれたかもしれないと妄想してしまいます。
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