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Home|ジュリアス・カッチェン(Julius Katchen)|ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18

(P)ジュリアス・カッチェン サー・ゲオルグ・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団 1958年6月18日~20日録音

Rachmanino:Piano Concerto No.2 in C minor, Op.18 [1.Moderato]

Rachmanino:Piano Concerto No.2 in C minor, Op.18 [2.Adagio sostenuto]

Rachmanino:Piano Concerto No.2 in C minor, Op.18 [3.Allegro scherzando]


芸人ラフマニノフ

第3楽章で流れてくる不滅のメロディは映画「逢い引き」で使われたことによって万人に知られるようになり、そのために、現在のピアニストたちにとってなくてはならない飯の種となっています。
まあ、ラフマニノフ自身にとっても第1交響曲の歴史的大失敗によって陥ったどん底状態からすくい上げてくれたという意味で大きな意味を持っている作品です。(この第1交響曲の大失敗に関してはこちらでふれていますのでお暇なときにでもご覧下さい。)

さて、このあまりにも有名なコンチェルトに関してはすでに語り尽くされていますから、今さらそれにつけ加えるようなことは何もないのですが、一点だけつけ加えておきたいと思います。
それは、大失敗をこうむった第1交響曲と、その失敗から彼を立ち直らせたこのピアノコンチェルトとの比較です。

このピアノコンチェルトは重々しいピアノの和音で始められ、それに続いて弦楽器がユニゾンで主題を奏し始めます。おそらくつかみとしては最高なのではないでしょうか。ラフマニノフ自身はこの第1主題は第1主題としての性格に欠けていてただの導入部になっていると自戒していたそうですが、なかなかどうして、彼の数ある作品の中ではまとまりの良さではトップクラスであるように思います。

また、ラフマニノフはシンコペーションが大好きで、和声的にもずいぶん凝った進行を多用する音楽家でした。
第1交響曲ではその様な「本能」をなんの躊躇いもなくさらけ出していたのですが、ここでは随分と控えめに、常に聞き手を意識しての使用に留めているように聞こえます。
第2楽章の冒頭でもハ短調で始められた音楽が突然にホ長調に転調されるのですが、不思議な浮遊感を生み出す範囲で留められています。その後に続くピアノの導入部でもシンコペで三連音の分散和音が使われているのですが、えぐみはほとんど感じられません。
つまり、ここでは常に聞き手が意識されて作曲がなされているのです。
聞き手などは眼中になく自分のやりたいことをやりたいようにするのが「芸術家」だとすれば、常に聞き手を意識してうけないと話は始まらないと言うスタンスをとるのが「芸人」だと言っていいでしょう。そして、疑いもなく彼はここで「芸術家」から「芸人」に転向したのです。ただし、誤解のないように申し添えておきますが、芸人は決して芸術家に劣るものではありません。むしろ、自称「芸術家」ほど始末に悪い存在であることは戦後のクラシック音楽界を席巻した「前衛音楽」という愚かな営みを瞥見すれば誰でも理解できることです。
本当の芸術家というのはまずもってすぐれた「芸人」でなければなりません。
その意味では、ラフマニノフ自身はここで大きな転換点を迎えたと言えるのではないでしょうか。

ラフマニノフは音楽院でピアノの試験を抜群の成績で通過したそうですが、それでも周囲の人は彼がピアニストではなくて作曲家として大成するであろうと見ていたそうです。つまりは、彼は芸人ではなくて芸術家を目指していたからでしょう。ですから、この転換は大きな意味を持っていたと言えるでしょうし、20世紀を代表する偉大なコンサートピアニストとしてのラフマニノフの原点もここにこそあったのではないでしょうか。

そして、歴史は偉大な芸人の中からごく限られた人々を真の芸術家として選び出していきます。
問題は、この偉大な芸人ラフマニノフが、その後芸術家として選び出されていくのか?ということです。
これに関しては私は確たる回答を持ち得ていませんし、おそらく歴史も未だ審判の最中なのです。あなたは、いかが思われるでしょうか?


「競奏」のように見えながらも、その実は入念なる打ち合わせによる「協奏」だったのかもしれない演奏

まずは、1958年の録音なのですが、驚くほどに音がいいのには驚いてしまいます。
確かに、協奏曲というスタイルから考えるといささかピアノの響きがオンに過ぎるかもしれませんが、ラフマニノフのコンチェルトというのは基本的にはピアノのヴィルトゥオーソのための作品ですから、それを考えれば十分に許容範囲だと言えます。

録音エンジニアは誰かと調べてみると、Deccaの伝説的エンジニアの「ケネス・ウィルキンソン」でした。
やはり、大したものです。

カッチェンのピアノは最初から最後まで見事なまでに冴え冴えとした響きを聞かせてくれます。
そして、冒頭の弱音部からでも、肩の力が十分に抜けた状態で、おかしな表現かもしれませんがピアノの芯をジャストミートしたように響かせています。

特に、この冒頭部分の和音はピアニストにとっては意外と難しいのではないでしょうか。
何人かのピアニストでこの作品を聞いたことがあるのですが、この部分で妙に肩に力が入ったような雰囲気で始まる人が大部分です。その後も、ピアノを響かそう、響かそうと悪戦苦闘している様子がこちらにも伝わってくるような人もいて、そうなると聞いていてしんどくなってしまいます。

確かに、この作品はピアノに対してオーケストラが覆い被さってくるような場面があちこちにあるので、ピアニストはそう言うオーケストラに対して一人で立ち向かっていくことが求められます。
ですから、そう言う作品を前にすれば、肩の力を抜いてごく自然にスタートを切るというのは意外と難しいのかもしれません。

さらに言えば、この録音の相方は若きショルティなのです!!
年を重ねるにつれてより凶暴になっていた節もある指揮者ですが、この録音でもかなり凶暴に襲いかかってくる場面があちこちにあります。

しかし、そう言う場面に来ると、カッチェンは一転してパワフルに変貌し、一歩もひるむことなくグイッと前に出てきます。それは、肩の力が抜けているからこそ、本当に力を出さなければいけないときに必要なパワーが出るンだよ、と言う感じです。

ただし、ショルティがオケを煽り立ている場面は間違いなく思い切って鳴らしきっているようなのですが、不思議なことに、「仁義なき戦い」という感じはしません。
ですから、もしかしたら、そう言う場面でのやり取りは、ある意味ではプロレス的なパフォーマンスだったのかもしれません。

ただし、プロレスを馬鹿にする人は大きな勘違いをしている事が多いのですが、そう言うパフォーマンスが出来るためには大変な身体能力とスキルが求められます。
例えば、ショルティが「お約束」としてオケを煽り立てていたとしても、それを受け止める側のカッチェンに力がなければ、その「お約束」でノックアウトされてしまうこともあるのです。

そう言えば、この作品はオーケストラにも聞かせどころがたくさんあって、例えば第3楽章のあの有名な不滅なメロディでは、ショルティは実に美しく、カッチェンのピアノの響きにピッタリと合うような透明感あふれる響きで歌い上げています。
つまりはショルティもまた、凶暴一点張りではないのです。

ですから、この演奏はカッチェンとショルティがその場その場での役回りを十分に打ち合わせた上での華麗なるプロレス的パフォーマンスだったと言えるかのかもしれません。
一見すると「競奏」のように見えながらも、その実は入念なる「協奏」だったのかもしれません。

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