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ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98 & 悲劇的序曲 作品81


カール・シューリヒト指揮 バイエルン放送交響楽団 1961年9月録音

Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [1.Allegro non troppo]

Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [2.Andante moderato]

Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [3.Allegro giocoso]

Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [4.Allegro energico e passionato]

Brahms:Tragic Overture, Op.81


とんでもない「へそ曲がり」の作品

ブラームスはあらゆる分野において保守的な人でした。そのためか、晩年には尊敬を受けながらも「もう時代遅れの人」という評価が一般的だったそうです。

この第4番の交響曲はそういう世評にたいするブラームスの一つの解答だったといえます。
形式的には「時代遅れ」どころか「時代錯誤」ともいうべき古い衣装をまとっています。とりわけ最終楽章に用いられた「パッサカリア」という形式はバッハのころでさえ「時代遅れ」であった形式です。
それは、反論と言うよりは、もう「開き直り」と言うべきものでした。
 
しかし、それは同時に、ファッションのように形式だけは新しいものを追い求めながら、肝腎の中身は全く空疎な作品ばかりが生み出され、もてはやされることへの痛烈な皮肉でもあったはずです。

この第4番の交響曲は、どの部分を取り上げても見事なまでにロマン派的なシンフォニーとして完成しています。
冒頭の数小節を聞くだけで老境をむかえたブラームスの深いため息が伝わってきます。第2楽章の中間部で突然に光が射し込んでくるような長調への転調は何度聞いても感動的です。そして最終楽章にとりわけ深くにじみ出す諦念の苦さ!!

それでいながら身にまとった衣装(形式)はとことん古めかしいのです。
新しい形式ばかりを追い求めていた当時の音楽家たちはどのような思いでこの作品を聞いたでしょうか?

控えめではあっても納得できない自分への批判に対する、これほどまでに鮮やかな反論はそうあるものではありません。


  1. 第1楽章 Allegro non troppo ソナタ形式。
    冒頭の秋の枯れ葉が舞い落ちるような第1主題は一度聞くと絶対に忘れることのない素晴らしい旋律です。

  2. 第2楽章 Andante moderato 展開部を欠いたソナタ形式

  3. 第3楽章 Allegro giocoso ソナタ形式
    ライアングルやティンパニも活躍するスケルツォ楽章壮大に盛り上がる音楽は初演時にはアンコールが要求されてすぐにもう一度演奏されたというエピソードものっています。

  4. 第4楽章 Allegro energico e passionato パッサカリア
    管楽器で提示される8小節の主題をもとに30の変奏とコーダで組み立てられています。




ブラームスが残した二つの演奏会用序曲



ブラームスは1876年にケンブリッジ大学から名誉音楽博士号の称号を授与したいとの申し出を受けます。ところが、そのためには大嫌いだった船に乗ってイギリスに渡り、さらには気の進まない堅苦しい儀式にも出席することが条件だったために断ってしまいます。

しかし、このような名誉は嫌いではなかった人ですから、3年後の1789年にドイツ国内のブレスラウ大学から同様の申し出があったときには、すぐに手紙を出して博士号をもらうための条件を問い合わせています。そして、その条件がお礼として何かの作品を作ってくれればいいと言うもので、イギリスに渡ったり儀式に出席する必要などがなかったためにこの申し入れを受け入れます。
ただし、作品の方はすぐには完成せず、翌年の夏に避暑地であったバード・イシュルという町で完成させました。
それが、有名な「大学祝典序曲」で、私のような世代だとラジオの「大学受験講座」と分かちがたく結びつけられている音楽です。(・_・)☆ヾ(^^ )なんでやねん!!

ブラームスは当初は祝典用の荘厳な音楽を考えていたようですが、結局は当時流行していた学生歌をつなぎ合わせたような作品に仕上げました。
使われた学生歌は以下の通りだそうです。(人の受け売り^^;)


  1. 我等は立派な校舎を建てた

  2. 国の親

  3. 新入生の歌(元歌は「狐狩りの歌」)
    NHKラジオ「大学受験講座」の前奏音楽として特に有名なメロディです。

  4. だから愉快にやろうじゃないか



さて、ブラームスに限らず偉大な作曲家というものは、同じ時期に全く性格的に異なる作品を書く傾向があります。今回も、大学祝典序曲と時期を接して、全く雰囲気の違う演奏会用の序曲を書いています。
それが、二つ目の「悲劇的序曲」です。

こちらの方は、大学祝典序曲とは異なって作曲の動機がはっきりとは知られていません。ブラームスの言葉によると、楽しくて明るい大学祝典序曲の後に悲劇的な音楽を書きたくなったとのことなのですが、どこまで本気なのかは分かりません。

ただ、ある作品を書いているときにわき上がってきた楽想やアイデアがその作品の中に盛り込むことができないときに、全く異なる作品としてそれらを活用すると言うことはよくあったようです。
そうだとすると、この二つの序曲は二卵性の双生児といえるかもしれません。

老いたるチャンピオン


シューリヒトがコンサート・ホールに録音した音源の初出年確認に随分手間取りました。
まず、復刻盤の類には一切正確なデータは掲載されおらず、2003年とか2013年とか言うように、その復刻盤がリリースされた年をPマークとして記載しているものが全てです。

余談ですが、このPマーマ(Pに丸印)というのはアメリカの著作権法では記載することが義務づけられていて、それがないものは保護の対象にはなりません。そして、Pマークには保護の対象としたい著作物が公表された年(レコードであればはじめて発行された年、いわゆる初出年)を記載することと明記されていますから、自分のレーベルで復刻盤としてリリースした年をPマークとして記載する事は明らかに誤りです。

ですから、EMIのようなメジャーレーベルであれば、一部過誤に基づくミスは見受けますが、基本的には正確に記載されています。
しかし、復刻盤を中心としたヒストリカルレーベルでは、Pマークに関する記載は意図的と思わざるを得ないほどに「過誤」のオンパレードです。

例えば、ここで紹介しているシューリヒトのブラームスの4番は遅くても1963年(現在確認が出来たの「Guilde Internationale Du Disque - M-2249」)には発行されていますから、それを2003年に復刻盤としてリリースした場合のPマークは「1963」、もしくは「1963-2003」が正解で、「2003」とだけ記載するのは誤りです。

細かいことかもしれませんが、この辺りの法律遵守の姿勢はそのレーベルの信用にもつながると思いますし、それは同時により良質な復刻を行っているか否かにもつながると思いますので、意外と要チェックかもしれません。
また、なかにはPマークそのものの記載がないレーベルも存在しますが、少なくともこの記載がなければアメリカ国内では保護の対象とはなりません。ただし、日本の著作権法にはその規定はないので、それをもって保護の対象から外れることはありません。

とは言え、どうやらシューリヒトがコンサートホールで録音した音源のほぼ大部分は既にパブリックドメインになっていることは確認できましたので、ポチポチと放出していきたいと思います。

このブラームスの4番はシューリヒトの得意曲目だったようで、多くの録音が残されています。
その中でも、きちんとスタジオで録音されたこのバイエルン放送交響楽団との1961年盤の存在価値は大きいと言えます。
確かに、シューリヒトが時々ライブでみせるあざとい表現は、一度や二度聞くぶんには面白くてハッとさせられるのですが、録音とは何度も聞かれることを前提とした「再現芸術」だという立場に立てば、このようなスタジオ録音の価値を過小評価してはいけません。

おそらく、この作品対するアプローチとして考えられるのは基本的には二つです。

一つは、一度聞けば絶対に忘れることのない、第1楽章冒頭の舞い落ちる秋の枯れ葉のような色で全体を染め上げることです。
もう一つはブラームスという男を敬しながらも、心の底では「時代遅れの男」として遠ざけようとする世間への異議申し立てとしてファイティングポーズを取るかです。

こういう白黒二分法は微妙なディテールを塗りつぶす危険はあるのですが、それでも己の軸足がどちらにのっているかは重要なことです。
そして、あれこれ聞き直してみて驚いたのは、このシューリヒトは当然かもしれませんが、あのワルターのコロンビア響盤も結構なファイティングポーズを取っていることです。特に、金管群のあっけらかんとした鳴りっぷりはワルター盤の方が突き抜けていますし、オケの響きもからっと冴え渡っているので、より若々しいファイターの姿が立ちあらわれています。

それと比べれば、このシューリヒトの方はそこまで若々しくなく、どこか淡々としたおもむきの中で、それでも戦い続ける老いたるチャンピオンという風情があります。
そして、その風貌はどこかシューリヒト本人の姿にだぶっていくような気もするのです。

コンサート・ホールという通信販売によるレーベルは、その貧弱な録音クオリティが批判の対象とはなってきたのですが、それでも録音に恵まれなかったシューリヒトがその人生の最後にこういう形でステレオ録音が残ったことは幸せでした。

なお、コンサートホール盤では、埋め草として「悲劇的序曲」も収録されていますので、それと同じ形でアップしておきます。
こういう小品はそれ単独でアップすることがあまりなかったので、言い方としては堂かなとは思うのですが(^^;、いささか在庫がだぶってきています。これ以上在庫が積み上がるのも困りますので、これからはこういう形で放出していきたいと思います。

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