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シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759


ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年5月18日~19日録音

Schubert:Symphony No.8 in B minor D.759 "Unfinished" [1.Allegro moderato]

Schubert:Symphony No.8 in B minor D759 "Unfinished" [2.Andante con moto]


わが恋の終わらざるがごとく・・・

この作品は1822年に作曲をされたと言われています。
シューベルトは、自身も会員となっていたシュタインエルマルク音楽協会に前半の2楽章までの楽譜を提出しています。
協会は残りの2楽章を待って演奏会を行う予定だったようですが、ご存知のようにそれは果たされることなく、そのうちに前半の2楽章もいつの間にか忘れ去られる運命をたどりました。

この忘れ去られた2楽章が復活するのは、それから43年後の1965年で、ウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックによって歴史的な初演が行われました。

その当時から、この作品が何故に未完成のままで放置されたのか、様々な説が展開されてきました。

有名なのは映画「未完成交響楽」のキャッチコピー、「わが恋の終わらざるがごとく、この曲もまた終わらざるべし」という、シューベルトの失恋に結びつける説です。
もちろんこれは全くの作り話ですが、こんな話を作り上げてみたくなるほどにロマンティックで謎に満ちた作品です。

前半の2楽章があまりにも素晴らしく、さすがのシューベルトも残りの2楽章を書き得なかった、と言うのが今日の一番有力な説のようです。しかし、シューベルトに匹敵する才能があって、それでこのように主張するなら分かるのですが、凡人がこんなことを勝手に言っていいのだろうか、と、ためらいを覚えてしまいます。

そこで、ユング君ですが、おそらく「興味」を失ったんだろうという、それこそ色気も素っ気もない説が意外と真実に近いのではないかと思っています。
この時期の交響曲は全て習作の域を出るものではありませんでした。
彼にとっての第1番の交響曲は、現在第8番と呼ばれる「ザ・グレイト」であったことは事実です。
その事を考えると、未完成と呼ばれるこの交響曲は、2楽章まで書いては見たものの、自分自身が考える交響曲のスタイルから言ってあまり上手くいったとは言えず、結果、続きを書いていく興味を失ったんだろうという説にはかなり納得がいきます。

ただ、本人が興味を失った作品でも、後世の人間にとってはかけがえのない宝物となるあたりがシューベルトの凄さではあります。
一般的には、本人は自信満々の作品であっても、そのほとんどが歴史の藻屑と消えていく過酷な現実と照らし合わせると、いつの時代も神は不公平なものだと再確認させてくれる事実ではあります。

愚直といっていいほどの生真面目さ


カラヤンというのはメジャーな作品ならば何度も録音したことは周知の事実です。
たとえば、ベートーベンの交響曲全集などは4回も行っています。有名なところでは、チャイコフスキーの悲愴などは7回も正規のスタジオ録音を行っています。そういうカラヤンの録音人生の中で、シューベルトの録音は驚くほど回数が少ないのです。

まず目につくのは70年代に行った全集の録音です。1番から4番、そして6番の録音に関しては、この全集完成のために1回行っただけです。まあ、この辺りはシューベルトの交響曲といってもマイナーな作品ですから仕方がないのかもしれません。
しかし、それ以外の5番、8番、9番に関しても、この全集を除けば1~2回しか録音をしていないのです。


  1. 交響曲第5番 変ロ長調 D.485:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年5月18日~20日録音

  2. 交響曲第8番 ロ短調 D.759「未完成」:フィルハーモニア管弦楽団 1955年5月18日~19日録音・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964年10月27日録音

  3. 交響曲第9番 ハ長調 D.944「ザ・グレイト」:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1946年9月15日~17日,19日~20日録音・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1968年9月24,26,30日録音



特に「未完成」はこの世界では「運命」とか「新世界より」とか「悲愴」なんかとも肩を並べるほどの超メジャー作品ですから、この回数の少なさは目を引きます。ただし、ライブ録音したものをLPやCDにしたものは数多く存在していてそれで帳尻はあっているのでしょうが、それでも正規にスタジオ録音しなかったのは事実です。
ちなみに、「運命」と「新世界より」はともに正規のスタジオ録音を6回行っています。

なお、「ザ・グレイト」に関してはライブによる録音も残していませんし、スタジオ録音の一つは46年の録音ですから、彼が「帝王」と呼ばれるようになってから録音したのは全集盤をのぞけば68年の一回だけと言うことになります。

かつて、カラヤンにはシューベルトの音楽に必要な「悲しみ」に共振できる感性が希薄だと書いたことがあります。そうすると、随分多くの方から批判のメールを頂き、その証拠を示せと凄まれる方もおられました。(^^;
証拠は彼が残した録音の中にあるとは思うのですが、取りあえず傍証として録音の記録を紹介させていただきました。

ただ、この55年に録音した「未完成」は聞くものにカラヤンとはどういう指揮者だったのかをあれこれ考えさせてくれます。

1955年という年はベルリンフィルが戦後初めてのアメリカツアーを行った年です。
当初はフルトヴェングラーが率いていく予定だったのですが、54年に彼が急逝したことでカラヤンが代役として抜擢されます。ツアーは55年2月27日のワシントンを皮切りに、3月30日のニューヨークまで全米23都市を巡っています。
映画「愛と悲しみのボレロ」では、このツアーのカーネギーホール公演で前売り券がすべて売り切れているのにステージに出てみると観客が2人しかいないという場面がありました。これは映画の中のフィクションだったのですが、それでもこのツーに対するユダヤ人を中心とした反対活動はありました。

しかし、アメリカの聴衆の大部分は彼らの公演を好意的に受け取り、このアメリカツアーは大成功でした。そして、この結果を受けて4月5日にはカラヤンがベルリンフィルの終身常任指揮者となったことが公表されます。
おそらく、カラヤンにとってはこのアメリカツアーは自らのキャリアをかけた一世一代の大勝負だったはずです。

元ナチス党員という彼の経歴がアメリカでは音楽とは関係のない部分で否定的にとらえられることは明らかでした。ユダヤ人団体を中心とした反対活動にさらされることは覚悟しなければいけません。
さらには、フルトヴェングラーの代役としてツアーに同行するのですから、彼の音楽と比較される事も覚悟しなければいけません。その結果としてこのツアーが失敗に終われば彼のキャリアに深刻なダメージを与えます。

一部では、そのような危険を覚悟のうえで代役を務めるのだから、それと引き換えにベルリンフィルの「終身常任指揮者」の地位を要求したとも伝えられています。しかし、百歩譲ってそういう取引があったとしても所詮は口約束です。アメリカツアーが失敗に終わればすべては御破算であることは明らかです。
3月30日にアメリカツアーが終わり、4月5日に終身常任指揮者への就任が発表されるという手回しの良さは、ツアーの前にそのような約束があったことをうかがわせるのに十分なのですが、それでも重要なことはそのような駆け引きではなくて、あくまでもアメリカツアーを成功に導いた彼の能力だったことは間違いありません。

まさに彼はこの大勝負に勝利して「帝王カラヤン」への第一歩を踏み出したのです。
そして、まさにそのような上昇気流に乗ったカラヤンが録音したのがこの「未完成」なのです。

ベルリンフィルの終身常任指揮者に就任してから最初に録音したのはシュトラウスの「こうもり」(1955年4月26日~30日録音)なのですが、その次がブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」とシューベルトの「未完成」でした。
底意地の悪い私などは、さぞや浮かれた感じの音楽を聞かせてくれるんだろうな、浮かれた感じの「未完成」というのも一度は聞いてみるのもいいだろう、などという怪しからぬことを考えたものです。

ところが、この「未完成」からは浮かれた感じどころか、それとは真逆のひたすら生真面目な、さらに言えば愚直といっていいほどの姿勢で音楽にのぞんでいることがすぐにわかったのです。
彼がフィルハーモニア管から引き出す響きは、どっしりと低声部を鳴らした上にピラミッド型に音を積み上げていく伝統的なヨーロッパの響きであり、後のカラヤンを特徴づけるレガート・カラヤンの姿はどこにもありません。そして、それは聞きようによっては鈍重とさえ思えるほどのやぼったい響きなのですが、それが逆にこの指揮者の思いもよらぬ生真面目さに気づかせてくれるのです。

おかしな発想ですが、もしかしたら、この男には、三方ヶ原の戦いで敗れた後に自らの「しがみ像」を書かせたあの徳川家康と似通った感性があったのかもしれません。
ただし、そこまで生真面目にこの作品と向き合っても、やはり彼にはシューベルト的な悲しみに共振できる感性は希薄なようには思います。愚直に音楽を造形していくので、確かに立派な音楽を聴いたという感覚は残るのですが、木漏れ日のように光と影が交錯する悲しみの世界には至っていないように思うのです。

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