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パウル・ヒンデミット:交響曲「画家マティス」


ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリンフィル 1957年11月録音

Hindemith:Mathis der Maler Symphony [1.Engelkonzert]

Hindemith:Mathis der Maler Symphony [2.Grablegung]

Hindemith:Mathis der Maler Symphony [3.Versuchung des heiligen Antonius]


ヒンデミット事件の引き金

ヒンデミットのようにナチスの迫害によってアメリカなどに亡命をした人の著作権を判断するのはとても難しいです。
よく知られているように、ナチスによる「画家マティス」の上演差し止めを巡って、フルトヴェングラーも巻き込んだ大事件となり、結果としてヒンデミットは38年にスイスへ、そして40年にはアメリカへ亡命します。

こういう経歴の人の場合は、アメリカ市民としての権利がどの作品にまで及ぶのかが微妙です。普通に考えれば、アメリカに亡命し市民権を得てから作曲された作品にのみ「アメリカ市民としての権利」が付与されるはずなのですが、そこへ出版社の権利なども絡んできて複雑なことになっている場合がよくあります。
こうなってしまう背景は、いわゆる敗戦国日本に対するペナルティとしての「戦時加算」が存在するからです。

あちこちで触れているので今さらという感じもするのですが、知らない人は知らないのですからもう一度簡単に振り返っておきます。

日本における著作権は一般的に50年で、著作権者の死後50年を経過した翌年の1月1日をもって保護期間が消滅します。
ヒンデミットの場合は1963年12月28日に亡くなっていますから、50年後の2013年12月28日を経過した翌年の1月1日、つまりは2014年1月1日をもって保護期間が終了します。
しかし、彼は1940年にアメリカに亡命をして市民権を得ていますから、ここに戦時加算が上乗せされる可能性があります。

アメリカの戦時加算は3794日ですから、ざっくり言えば10年と5か月22日分が上乗せされるので、この戦時加算が適用されると2024年5月22日まで保護期間が継続されることになるのです。
しかし、「画家マティス」はドイツ時代の作品ですから、一般的にはこの戦時加算の対象にならないと考えるのが一般的なのですが、ナチスの迫害によって彼の作品の出版や演奏はドイツ以外の国で行われたケースが多いので、そのあたりの権利関係の判断は個人で行うのは不可能です。
そこで、判断の決め手になるのはJASRAC「作品データベース検索」ということになります。

しばらく検索をかけていなかったのですが、久しぶりに調べてみると「画家マティス」は歌劇のほうも交響曲のほうもパブリック・ドメインになっていました。ただし、パブリック・ドメインになっていない作品も数多くあって、その線引きもよくわからないのですが、とりあえずこの作品に関しては大丈夫なようです。

なお、この「画家マティス」がナチスから弾圧の対象とされたのは、ヒンデミット自身がユダヤの血統に属することと、ユダヤ人の演奏家との共演を続けたこと、そして、ドイツ農民戦争の時代を舞台として、画家マティスが権力者のために絵を描くことをやめて農民と共に戦う道を選ぶという内容が「反ナチ的」だと思われたからです。
このナチスのヒンデミットへの攻撃に公然と異を唱えたのがフルトヴェングラーでした。

多くの音楽家がナチスの意をくんで(忖度して^^;)ヒンデミットを攻撃する中で、フルトヴェングラーはそういう輩のことを「どんな手段を取ろうが恥とも思わなくなっている」と批判し、同時に創造的な作曲家がほとんどいなくなった今の世界の中で、ヒンデミットの存在がいかに重要であるかを主張したのです。
この一文は「音と言葉」の中に「ヒンデミットの場合」として収録されていますから、興味のある方はご一読ください。

しかし、この騒動は結果的には宣伝相のゲッペルスによって押しつぶされてしまい、ヒンデミットはドイツから実質的に追放され、フルトヴェングラーもまた公職から追放されます。その意味では、この「ヒンデミット事件」はナチスによる思想統制と弾圧がどのようにして始まったのかを知る上で避けては通れない出来事であり、同時に今の日本においても「他山の石」とすべき出来事なのです。

それにしても分からないのがフルトヴェングラーという人です。
ここまで決定的に決裂してしまえば最後までナチスと距離をとればいいと思うのですが、少し間をおいてゲッペルスからの要望によって再びベルリンフィルに復帰するのです。おそらく、自分がやらなければ誰がドイツの音楽を守るのかという思いはあったのでしょうが、世界はそれをナチスへの屈服ととらえたことは事実です。

「ヒンデミットの場合」という一文で、ヒンデミットを擁護するときに、彼がいかにゲルマン的でありドイツ的な音楽かと言うことを前面に押し出して擁護しています。それは、ナチス政権下という時代背景を十分に考慮して言葉を選んだ主張でした。そして、そこまでの配慮を出来る人物が、ベルリンフィルへの復帰がどのような政治的影響力を持つのかが分からなかったはずはないと思うのです。

ちなみに、この交響曲の初演者はフルトヴェングラーとベルリンフィルです。
それがどのような演奏であったかは知るよしもありませんが、結果としてフルトヴェングラーはこの作品を二度と取り上げる事はありませんでした。そして、この交響曲だけでなく、戦後の47年になるまで、彼がヒンデミットの作品を取り上げることはなかったのです。

ちなみに、ナチス党員だったカラヤンはこの作品がお気に入りだったのか、生涯に13回も取り上げています。
歴史というのは皮肉なものです。

流麗なカラヤンの姿が


この作品はヒンデミット事件の引き金となった作品なのですが、当然の事ながら、その事件の渦中でカラヤンは沈黙していました。ただし、ナチスとそれに同調する連中のように、積極的にヒンデミットを非難したということはなかったようなので、沈黙をもって彼を非難する気は全くありません。
ただし、思想や自由に対する統制と弾圧は、まず最初はひそやかに自主規制で始まり、次いで権力者の顔色を窺う忖度で膨張し、最後は権力の理不尽に対する沈黙で完成するものです。

難しいことですが、その沈黙によってもたらされた悲劇が目を覆うほどに酷いものであれば、その悲劇の後には沈黙の「罪」は振り返る必要があるでしょう。正義面をしてその「罪」を穿つ連中には強い違和感を感じますが、一人の人間としてその「罪」に向き合わないのも無責任に過ぎるでしょう。
もちろん、その向き合い方には色々なやり方があるでしょうが、カラヤンはこのヒンデミットの作品を事あるごとに取り上げています。
敢然とナチスに刃向かってヒンデミットを擁護したフルトヴェングラーが、初演以後、この作品を一切取り上げなかったのとは好対照です。
フルトヴェングラーが何故取り上げなくなったのか、そしてカラヤンはどういう思いで何度もこの作品をコンサートで取り上げたのか、それはもう誰も分かりません。

ただ、面白いと思ったのは、57年という時期樽にもかかわらず、この作品の演奏には「流麗なカラヤン」の姿がはっきり聞き取れることです。

カラヤンという男は利口な奴で、ベルリンフィルを手中にしても、そこへ自分の流儀を性急に押しつけるようなことはしませんでした。それこそ、時間をかけてじっくりと自分のスタイルを浸透させていきました。
しかし、おそらく、こういう作品だと、ベルリンフィルはほとんど演奏経験がなかったはずです。そう言う作品であれば、「先代はそんな事はしなかった」みたいな小姑のようなことは言われなくてもすむので、かなり思い切って自分のスタイルを押し出したのかもしれません。

ただし、最後のファンファーレが高らかに(脳天気に)鳴り響くのを聞くと、再び、この男のことが分からなくなります。

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