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バッハ:イタリア協奏曲 BWV 971


(P)ロベール・カサドシュ 1958年5月9日録音


オケとピアノを一台の楽器で実現・・・?

最近ではセブンイレブンのおでんのコマーシャルに流れていて笑ってしまったことがあります。おかげで、この冒頭の部分は耳に覚えのある人も多いことと思います。
閑話休題。
バッハは、音楽的先進国であるイタリアの音楽を若いから研究し、とりわけ、ヴィヴァルディを完成者とするイタリアの協奏曲の様式に深く影響を受けました。このことが、18世紀のバッハ復活とともに思い出されて、すでに忘れ去られていたヴィヴァルディにも光が当たるようになったというのは有名な話です。
特に、バッハの心をとらえたのは、総奏部と独奏部を交互に出して進むというスタイルでした。
このイタリア協奏曲では(バッハ自身は「イタリア趣味による協奏曲」とよんでいたそうです)、そのようなイタリア風の協奏曲の様式を1台のチェンバロだけで示そうとした意欲的な作品です。そして全体の構成は、ヴィヴァルディ風の「急ー緩ー急」という3楽章構成で成り立っています。もっとも、第1楽章には速度指定はされていないのですが、それは協奏曲の第1楽章であるからして「アレグロ」であることは自明だとの理由からです。

この作品の最大の聞き所は、オーケストラの部分と独奏楽器の部分のコントラストを一台の楽器でどのように実現するかです。バッハはこの難しくも興味深い課題を、音を何重にも積み重ねて重量感を出すことで響きを充実させることと、それとは対照的に弱音で響きをうすくすることで独奏楽器の軽やかな動きを際だたせることで実現しています。そのため、バッハはこの作品ではピアノやフォルテの指定を他の作品と比べれば入念に行っています。また、バッハはこの作品を2段の手鍵盤のチェンバロ用と記しているのも、その様な対比が容易に行えるからです。

この作品は現代においてもバッハの代表作品として演奏される機会の多い作品ですが、その辺の対比を演奏者がどのようにこなしているかを注意して聞いてみると面白いと思います。

やっぱりむかんな


カサドシュというピアニストは私にとっては「セル&クリーブランド管とたくさんのモーツァルトのコンチェルトを録音してくれた人」というのが第1印象です。
自分自身もすぐれたピアニストであり、さらには指揮者としても異常なまでの完璧主義者であったセルと、かくもたくさんのコンチェルトを録音したというのは驚き以外の何ものでもありません。

セルとグールドの確執については面白おかしく伝えられています。
いつまで経っても椅子の調整が終わらないグールドに対して「君のおしりを何インチかスライスすれば今すぐリハーサルが始められるだが」と言ったとか、言わないとか・・・。
そんな気難しいセルと長年にわたってつき合い続けたのはおそらくカサドシュだけでしょう。

己の美学に徹底的にこだわり抜く完全主義者(悪く言えば偏執狂^^;)のセルと、淡々と20年近くもつきあい続けたカサドシュに対して「大人」という言葉を奉ったことがあります。

「孔子曰く、君子に三畏あり。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れず、大人に狎れ、聖人の言を侮る。」

ですから、「カサドシュのピアノはいただけない。ブラームスのピアノ協奏曲と違ってピアノがダメだと台無しになってしまう曲ばかりなので、いずれの曲もセルのオケだけ楽しんでいる。」などというのは、孔子が言うところの「大人に狎れ」る小人の言ということになります。

そんなカサドシュがバッハの録音を幾つか残していることに気づきました。
カサドシュと言えば、モーツァルト以外ではシューマン、ラヴェル、ドビュッシーなどの作品をたくさん残しています。こうして並べてみると、グールドなどとは真逆の位置にあることが伺えます。

グールドはピアノが縦のラインで和声を響かせることによって音楽が作られていくスタイルを生理的に拒否した人でした。
彼のピアノは常に水平方向にばらけていきます。

しかし、シューマンやドビュッシーは、まさに縦のラインにおける微妙な和声の響きこそが命の音楽です。
それが水平方向に分散していけば音楽は音楽でなくなりますし、カサドシュはその様な繊細な響きを紡ぎ出すところにこそ持ち味がありました。

ですから、彼がバッハを録音していたという事実はいささか驚きでしたし、それはもしかしたら、水平方向に流れる音楽をもう一度縦に積み直すという古いタイプの演奏かもしれないと勘ぐったのでした。
そして、もしもそう言う古いタイプの音楽ならば、グールド以後に於いてもそう言う「伝統」を固守していると言うことで、それはそれで面白いとも思ったのでした。

しかしながら、そう言う期待は裏切られました(^^;。

もちろん、グールドほどにはパラパラと分散しては行かないのですが、それでも横への流れを縦の和声に変換したような演奏になっていません。
でも、これってやはりカサドシュの主戦場でないこことは明らかです。グールドやチェンバロを使ったその後のバッハを聴いてきた耳には、どこまで頑張ってもやはり古さは否めません。

きっと「大人」のカサドシュは、「やっぱりむかんな」とでも思ったのか、これ以後は潔く己のレパートリーからは外してしまったようです。


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