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Home|ボザール・トリオ|ベートーベン:ピアノ三重奏曲第4番 変ロ長調 「街の歌」 Op.11

ベートーベン:ピアノ三重奏曲第4番 変ロ長調 「街の歌」 Op.11


ボザール・トリオ 1964年録音


もとはクラリネット三重奏曲でした

この作品は本来はクラリネット、チェロ、ピアノによる「クラリネット三重奏曲」として作曲されました。弟子であるチェルニーの言によればクラリネット奏者からの依頼による注文仕事だったと伝えられています。
ただし、出来上がった作品は必ずしもクラリネットである必要はないもので、さらに言えば、クラリネットのパートはヴァイオリンで代替可能なので、一般的にはヴァイオリン、チェロ、ピアノというピアノ・トリオとして演奏される事が多いようです。

ただし、そう言うところだけに注目するとベートーベンはかなりいい加減にこの作品を書いたように思われるのですが、決してそんな事はありません。
冒頭の力強いユニゾンから緩やかな第1主題にはいるところからして気合いは十分に入っています。さらに、第2楽章のアダージョは若きベートーベンらしい叙情性が溢れた荘重な音楽に仕上がっています。

また、この作品が「街の歌」と呼ばれることがあるのは、最終楽章に当時のウィーンの街でよく歌われていたオペラの一節が使われているからです。
このヴァイクルのオペラ「海賊」の中の三重唱「私が約束する前に」は当時のウィーンでは大変な人気で、ベートーベンはこの旋律を主題とした変奏曲として最終楽章を仕上げるという、依頼者へのサービス精神も見せているのです。

ただし、ベートーベン自身はこの変奏曲の仕上がりには不満があったとチェルニーは伝えています。確かに、変奏曲形式の達人とも言うべきベートーベンの作品としてはいささか印象が薄い音楽になっていることは否めません。この部分がもっと充実したものに仕上がっていれば全体の印象は随分と違ったもになったのかもしれません。


  1. 第1楽章:llegro con brio

  2. 第2楽章:Adagio

  3. 第3楽章:Allegretto

一つの公理系と言える演奏


ボザール・トリオはピアノのメナヘム・プレスラーが中心となって1955年に結成されました。設立当初のメンバーはヴァイオリンにダニエル・ギレ、チェロにバーナード・グリーンハウスでした。その後、ヴァイオリンはイシドア・コーエン(1968年~)、イダ・カヴァフィアン(1992年~)、ユンウク・キム(1998年~)、ダニエル・ホープ(2002年~)と交代し、チェロに関してもピーター・ワイリー(1987年~)、アントニオ・メネセス(1998年~)と入れ替わっています。
つまりは、非常に珍しい「常設のピアノ・トリオ」と呼ばれる「ボザール・トリオ」の実態は、ピアニストであるメナヘム・プレスラーの努力によって維持されてきた団体だと言えるのです。

しかし、このトリオにはどこか「風当たり」が強い様な雰囲気を私は感じます。
それは、このメナヘム・プレスラーというピアニストがソロ活動は一切行わずに、このピアノ・トリオの活動に全力を傾注してきたことに原因があったのかもしれません。

下世話な話ですが、貧しい若者が結婚するときに昔は「一人口では食えなくても、二人口なら食える」と言ったものです。一人の稼ぎでは食っていけなくても、貧しい二人が寄り添って家庭を築けば何とか食っていけるという現実を表した言葉なのですが、ボザール・トリオもまた、「ソロでは食ってはいけなくても、室内楽の団体なら食っていける」みたいな見方がされていたのかもしれません。

それに、ピアノ・トリオというジャンルはただでさえクラシック音楽の「裏街道」である室内楽の世界においても、さらに「裏街道」の世界です。そう言う「裏街道」の世界で唯一「エリート的な立場」にいるのが「賢者の対話」と呼ばれることもある弦楽四重奏曲の世界なので、「弦楽四重奏団」はそれなりに「尊敬」はうけるのですが、裏街道のさらに裏を行く「ピアノ・トリオ」となるとどこか見る目もよそよそしくなります。

さらに言えば、そんな裏街道でも時々素敵な花が咲いているときがあります。
ところが、そんな花(例えば「大公トリオ」)が咲いていると、急にカザルスやハイフェッツみたいな連中がやってきて摘んでいってしまうのです。
今さら、ボザール・トリオがそんな花を摘んでいっても誰も見向きもしてくれないので、仕方なくそんな裏街道に咲く雑草みたいな地味な花(失礼^^;)をせっせと摘んでくるしかないのです。

そんな労多くして報われることの少ない仕事をプレスラーは半世紀以上も続けてきたのですが、ついに2008年9月6日のルツェルン音楽祭でのコンサートをもってこのトリオを解散します。この時プレスラーは既に80才を超えていたのですから(1923年生まれ)、これで彼も長い芸歴にピリオドを打って引退かと思ったのですが、何とその後、彼はソロ活動を解禁するのです。
そして、ベルリンフィルやコンセルトヘボウ、パリ管などとも共演をするようになり、現在も活動を続けているようです。亡くなったという情報は聞いていないのですが、2015年の来日公演は健康上の理由できゃんせるになったようですから、もしかしたら第一線からは引退したのかもしれません。

彼は、あるインタビューの中で次のように語っていました。

「ピアノ協奏曲を弾く際、ピアニストは技巧を披瀝して、賞賛を勝ち得たいと思うものです。」
「私だって、他の人と同じでした。他の誰よりも綺麗で大きな音を出し、早いパッセージを華麗に弾きたいと思ったのです。」
「しかし私は、トリオに加わることになりました。そこで音楽そのものに奉仕することを学んだのです。」

なるほど、「音楽に奉仕」することを学ばなければ、こんなにも報われることの少ない仕事を半世紀も続けられるはずはありません。
確かに、「大公トリオ」のような作品ならば、3つの楽器が独奏楽器であるかのように演奏しても様になります。しかし、ほとんどのピアノ・トリオは「バランス」こそが大切です。とりわけ、ピアノはその気になればいとも容易く他の楽器を圧倒することができるのですから、ピアニストには音楽に献身する心構えがなければその「バランス」を維持することはできません。

そして、その様な「バランス」はにわか仕立てのソリストの寄せ集めでは、お互いの「我」が出過ぎて実現不可能です。
ピアノ・トリオという音楽ジャンルのあるべき姿をあるべき様に演奏するには、どうしてもこのような長きにわたって活動を続ける団体が不可欠なのです。

その意味では、一つ一つ取り上げれば物足りなく思える部分があったとしても、このトリオによるベートーベンのトリオ・ソナタはその様な良し悪しの判断や評価を超えたところに存在する一つの公理系と言える演奏かもしれません。


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