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カッチェン(Julius Katchen)|ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37
ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37
(P)ジュリアス・カッチェン ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1958年9月16日~17日録音
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [1.Allegro con brio]
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [2.Largo]
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [3.Rondo. Allegro - Presto]
悲愴でもあり情熱的でもあるコンチェルト
この作品の初演はベートーベン自身の手によって1803年に行われましたが、その時のピアノ譜面はほとんど空白だったと言われています。ベートーベン自身にしか分からない記号のようなものがところどころに書き込まれているだけで、かなりの部分を即興で弾きこなしたというエピソードが伝わっています。
偉大な作曲家にはこのような人を驚かすようなエピソードが多くて、その少ない部分が後世の人の作り話であることが多いのですが、この第3番のピアノ協奏曲に関するエピソードはどうやら事実だったようです。
この作品は残された資料から判断すると1797年頃から手を着けられて、1800年にはほぼ完成を見ていたようです。ところが、気に入らない部分があったのか何度も手直しがされて、とうとう初演の時に至っても完成を見なかったためにその様なことになってしまったらしいのです。
結局は、翌年に彼の弟子に当たるリースなる人物がウィーンでピアニストとしてデビューすることになり、そのデビューコンサートのプログラムにこの協奏曲を選んだために、他人にも分かるように譜面を完成させなければいけなくなってようやくにして仕上がることになりました。
ヒラーは手紙の中で「ピアノのパート譜は完全に仕上がっていなかったので、ベートーベンが自分のためにはっきりと分かるように書いてくれた」とうれしそうに記していたそうです。
そんなこんなで、随分な回り道をして仕上がったコンチェルトですが、完成してみると、これは実にもう堂々たるベートーベンならではのダイナミックでかつパセティックな音楽となっています。過去の2作に比べれば、オーケストラははるかに雄弁であり、ピアノもスケールが大きく、そして微妙なニュアンスにも富んだものとなっています。
ただし、作品全体の構成は伝統的なスタイルを維持していますから1番や2番の流れを引き継いだものとなっています。ところが内容的には4番や5番に近いものをもっています。そう言う意味において、この3番のコンチェルトは過渡期の作品であり、ベートーベンが最もベートーベンらしい作品を書いた中期の「傑作の森」の入り口にたたずむ作品だと言えるかもしれません。
さえざえと晴れ渡った冬の朝のような佇まい
「ジュリアス・カッチェン」と言うピアニストは多くの人の記憶からほとんど消え去っているかもしれませんが、それでも希有の「ブラームス弾き」と言うことで未だに記憶に留めておられる方はいるかもしれません。ですから、彼が演奏する「ブラームス以外」の作品となると、気の毒なまでに視野の外と言うことになります。
いや、そんな事はないぞ!!と言う方もおられるかもしれませんが、まさにこれからという42歳でなくなってしまったキャリアと、その死(1969年)から50年近くの時間が経過してしまったことを考えれば、そう言っていただける方はほんの一握りにしかすぎないでしょう。
しかし、彼の「ブラームス以外」の作品をあらためて聞き直してみると、やはり忘れ去ってしまうには惜しいと思わざるを得ません。
例えば、ベートーベンの5つの協奏曲は全て録音が残っていますし、ソナタや変奏曲に関しても少なくない録音が残っています。そして、陳腐な言い回しかもしれませんが、そのどれもがさえざえと晴れ渡った冬の朝のような佇まいを見せているのです。
冬の水一枝の影も欺かず 中村草田男
鏡のような冬日の水面に、全ての葉を落としてしまった木々の枝が映っていたのでしょう。
その水面は葉を落としきった枝のどんな細かい部分まで欺くことなくくっきりと映し出しているのです。そして、その水面に映し出された木々の姿は冬の木々が内包する真実を実像以上に鮮やかに描き出しています。
カッチェンのピアノもまた、この冬の木々を映し出した水面のようにベートーベンの真実を描き出しているように感じるのです。
カッチェンが残したベートーベンの協奏曲のスタジオ録音は以下の通りです。
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1965年1月18日~20日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品19:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1963年6月17日~19日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1958年9月16日~17日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1963年6月17日~19日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1963年12月15日&18日録音
「ピエロ・ガンバ(1936年~)」は今も存命で、ニューヨークを中心として未だに指揮活動も続けているようです。11歳で指揮者としてデビューしたという「神童」なのですが、これを聞く限りでは20歳で「ただの人」になってしまったことは間違いないようです。
カッチェンのピアノはどれを聞いても申し分はないのですが、それをサポートするオケはいかにも「緩い」のです。
それから、カッチェンというピアニストは興が乗ってくるとテンポが速くなって前のめりになる癖があると指摘されるのですが、この録音ではそれもまた音楽の勢いとして感じ取れるので、決して不自然さは感じません。
ピアノに関してだけなら、悪くない録音だと言い切っていいのではないでしょうか。
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