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モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調 "ハフナー" K.385


マルケヴィッチ指揮 ベルリンフィル 1957年10月28日 & 11月6日録音


悩ましい問題の多い作品です。

一般的に後期六大交響曲と言われる作品の中で、一番問題が多いのがこの35番「ハフナー」です。

よく知られているように、この作品はザルツブルグの元市長の息子であり、モーツァルト自身にとっても幼なじみであったジークムント・ハフナーが貴族に列せられるに際して注文を受けたことが作曲のきっかけとなっています。
ただし、ウィーンにおいて「後宮からの誘拐」の改訂作業に没頭していた時期であり、また爵位授与式までの日数もあまりなかったこともあり、モーツァルトといえどもかなり厳しい仕事ではあったようです。そして、モーツァルトは一つの楽章が完成する度に馬車でザルツブルグに送ったようですが、かんじんの授与式にはどうやら間に合わなかったようです。(授与式は7月29日だが、最後の発送は8月6日となっている)

それでも、最終楽章が到着するとザルツブルグにおいて初演が行われたようで、作品は好評を持って迎えられました。
さて問題はここからです。
よく知られているように、ハフナー家に納品(?)した作品は純粋な交響曲ではなく7楽章+行進曲からなる祝典音楽でした。その事を持って、この作品を「ハフナーセレナード」と呼ぶこともあります。しかし、モーツァルト自身はこの作品を「シンフォニー」と呼んでいますから、祝典用の特殊な交響曲ととらえた方が実態に近いのかもしれません。実際、初演後日をおかずして、この中から3楽章を選んで交響曲として演奏された形跡があります。

そして、このあとウィーンでの演奏会において交響曲を用意する必要が生じ、そのためにこの作品を再利用したことが問題をややこしくしました。
馬車でザルツブルグに送り届けた楽譜を、今度は馬車でウィーンに送り返してもらうことになります。しかし、楽譜は既にハフナー家に納められているので、レオポルドはそれを取り戻してくるのにかなりの苦労をしたようです。さらに、7楽章の中から交響曲に必要な4楽章を選択したのはどうやら父であるレオポルドのようです。

こうしてレオポルドのチョイスによる4楽章で交響曲として仕立て直しを行ってウィーンでのコンサートで演奏されました。ところが、後になって楽器編成にフルートとクラリネットを追加された形での注文が入ったようで、時期は不明ですがさらなる改訂が行われ、これが現在のハフナー交響曲の最終の形となっています。
つまりこの作品は一つの素材を元にして4通りの形(7楽章+行進曲・3楽章の交響曲・4楽章の交響曲・フルート・クラリネットが追加された4楽章の交響曲)を持っているわけす。
一昔前なら、最後の形式で演奏することに何の躊躇もなかったでしょうが、古楽器ムーブメントの中で、このような問題はきわめてデリケートな問題となってきています。とりわけ、フルートとクラリネットを含まない方に「この曲にぼくは全く興奮させられました。それでぼくは、これについてなんら言う言葉も知りません。」と言うコメントをモーツァルト自身が残しているのに対して、フルートとクラリネットありの方には何のコメントも残っていないことがこの問題をさらにデリケートにしています。

やはり今後はフルートとクラリネットを入れることにはためらいが出てくるかもしれません。

こぼれ落ちてしまうものの大きさ


聞けば分かるようにと言うべきか、マルケヴィッチなんだから想像したとおりと言うべきか、この上もなくシャープなモーツァルトがここにあります。
今から半世紀以上も前に、既にこのようなモーツァルト像を提示していたと事に驚かされます。
音楽の根っこが古い時代にあったカザルスのモーツァルトはこれと較べれば「冗談」かと思うほどに鈍重です。そして、この時代の「平均値?^^;」とも言うべきベームのモーツァルトも、これと較べてしまえばはるかに大柄であり重いことは否定できません。

しかし、ここで一つの疑問が浮かび上がります。
果たしてモーツァルトって、こんなにも鋭利なまでのシャープさで造形すべき音楽なんだろうか、と言う疑問です。

オーケストラの源流を辿れば、水源は2カ所存在します。
一つは、コレッリの合奏協奏曲やヴィヴァルディの独奏曲、さらにはコンサートの開始を告げる序曲などの、人の声や歌からの制約を逃れた純粋器楽の合奏です。
ハイドンの交響曲は、こういう純粋器楽の合奏を源流とするオーケストラを前提として作曲されましたし、その正当な継承者がベートーベンであったことに異論を唱える人はいないでしょう。そして、そう言うオーケストラを前提として生み出された交響曲ならば、マルケヴィッチのようなアプローチは極めて有効でした。

ハイドン 交響曲第104番 ニ長調「ロンドン」:イーゴル・マルケヴィッチ指揮 ラムルー管弦楽団 1959年10月録音」などは、その典型です。

純粋器楽の合奏体たるオーケストラが一つの音符も蔑ろにすることなくきりりと造形していけば、そこに自ずからなる美が生まれます。

しかし、モーツァルトが親しんでいたオーケストラはその様な純粋器楽の合奏体としての源流を持ったオーケストラではなくて、オペラにおける歌の伴奏を行う器楽合奏を源流としたものでした。それがオーケストラのもう一つの源流であり、それは人の声と密接に結びついた器楽合奏であり、ドラマの進行に合わせて時には鳥の囁きであり、時には雷となって天を震わすことも求められた器楽合奏でした。

つまりはその2つは見かけは非常に似通っていたとしても内包する世界観は全く異なるものだったのです。

そして、この2つの二つの流れは時代とともに密やかに歩み寄って合流していく事で、より高い表現力を持った魔法の楽器へと成長していくのですが、モーツァルトの時代にあっては、これらはそこまで密接には融合はしていませんでした。そして、モーツァルトにとって親しかったのは、明らかに後者の人の声や歌と密接不可分に結びついたオペラの合奏体としてのオーケストラでした。

そして、その様なオーケストラを前提として書かれたモーツァルトの交響曲は、ただ端に一つの音符を蔑ろにすることもなく精緻に造形するだけでは、こぼれ落ちてしまうものがあるのです。
いや、もう少し婉曲に表現すれば、失うもの、こぼれ落ちてしまうものがあるように思うのです。

では、そのこぼれ落ちてしまうものが何かと言えば、あまりにも文学的解釈と誹られるかもしれないのですが、それは音楽の中に塗り込められたドラマだと思うのです。
マルケヴィッチのモーツァルトからは、その様なドラマ性は見事なでに、そして疑いもなく意図的にはぎ取られています。指揮者以前に作曲家であったマルケヴィッチにしてみれば、音楽とは音符に書かれたものが全てであり、そこに何らかの解釈によって物語性を付与するなどと言うことは許されざる事だったでしょう。
マルケヴィッチという人を知れば知るほどに、モーツァルトであってもそのように表現するしかなかったことはよく分かるのです。
それでも、こぼれ落ちてしまうものの大きさを目の当たりにすると、モーツァルトを演奏することの難しさを感ずるのです。

おそらくは、モーツァルト自身もしかと自覚すること無しに音楽の中に塗り込めた泣き笑いを、本能的と言っていいほどの感覚ですくい取って音楽を形作れる人がいます。
そんな幸運な人間がごく僅かですがこの世に存在します。
もしも、その様な人が存在しなければ、誰もマルケヴィッチのシャープなモーツァルト像に不満を持つこともなかったのかもしれません。

しかし、そう言う幸運な音楽を聞いてしまえば、贅沢な聞き手の耳は不満を申し立てるのです。

困ったものです。
それとも、私の頭と耳が古いのか?


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