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モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K595


パブロ・カザルス指揮 (P)ミエチスラフ・ホルショフスキ ペルピニャン祝祭管弦楽団 1951年7月15~16日録音


最後に残された孤独な2作品

モーツァルトのウィーン時代は大変な浮き沈みを経験します。そして、ピアノ協奏曲という彼にとっての最大の「売り」であるジャンルは、そのような浮き沈みを最も顕著に示すものとなりました。その浮き沈みの最後にポツンと2つの作品が残されることになります。
この2作品はどのグループにも属さない孤独な2作品です。

  1. ピアノ協奏曲第26番 ニ長調「戴冠式」 K537:1778年2月24日完成

  2. ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K595:1791年1月5日完成


この時代のモーツァルトは演奏会を行っても客が集まらず困窮の度合いを深めていくと言われてきました。しかし、これもまた最近の研究によると少しばかり事情が異なることが分かってきました。
たとえば、有名な39番~41番の3大交響曲も従来は演奏される当てもなく作曲されたと言われてきましたが、現在でははっきりとした資料は残っていないものの何らかの形で演奏されたのではないかと言われています。確かに、予約演奏会という形ではその名簿に名前を連ねてくれる人はいなくなったのですが、当時の演奏会記録を丹念に調べてみると、依然としてウィーンにおけるモーツァルトの人気は高かったことが伺えます。
ですから、人気が絶頂にあった時代と比べれば収入は落ち込んだでしょうが、世間一般の常識とくべれば十分すぎるほどの収入があったことが最近になって分かってきました。

この時代にモーツァルトはフリーメイソンの盟友であるプフベルグ宛に泣きたくなるような借金の依頼を繰り返していますが、それは従来言われたような困窮の反映ではなく、生活のレベルを落とすことのできないモーツァルト一家の支出の多さの反映と見るべきもののようです。

ですから、26番の「戴冠式」と題された協奏曲もウィーンでだめならフランクフルトで一旗揚げてやろうという山っ気たっぷりの作品と見るべきもののようです。借金をしてまでフランクフルトで演奏会をおこなったのは悲壮な決意で乗り込んだと言うよりは、もう少し脂ぎった思惑があったと見る方が現実に近いのかもしれません。
そして、己の将来を切り開くべく繰り出した作品なのですから、モーツァルトとしてもそれなりに自信のあった作品だと見ていいでしょう。ですから、ここでは、一度開ききった断絶が再び閉じようとしているように見えます。

しかし、残念ながらこの演奏会はモーツァルトが期待したような結果をもたらしてくれませんでした。そして、人気ピアニストとしてのモーツァルトの活動はこれを持って事実上終わりを告げます。
ロマン派の音楽家ならば演奏されるあてがなくても己の感興の赴くままに作曲はするでしょうが、モーツァルトの場合はピアニストとしての活動が終わりを告げれば協奏曲が創作されなくなるのは理の当然ですから、この後にモーツァルトは再び交響曲に戻っていくことになり、39番からの最後の3大交響曲を残すことになるわけです。

そんなモーツァルトが死の1年前の1791年に突然一つのピアノ協奏曲を残します。
K595の変ロ長調の協奏曲です。

作品はその年の1月に完成され、3月4日のクラリネット奏者ヨーゼフ・ベーアが主催する演奏会で演奏されました。そして、それがコンサートピアニストとしての最後の舞台となりました。

アインシュタインはこの作品について「この曲は・・・永遠への戸口に立っている。」「彼がその最後の言葉を述べたのはレクイエムにおいてではなく、この作品においてである。」と述べています。

しかし、これもまた最近の研究により、この作品の素材が1778年頃にほとんどできあがっていたことを示唆するようになり、アインシュタインの言葉はその根拠を失おうとしています。
実際、この時代のモーツァルトは交響曲作家としてイギリスに渡る道があったにもかかわらずそれを断り、ドイツ語によるドイツオペラの創作という夢に向かって進み始めていたのです。ですから、アインシュタインのようなモーツァルト理解は幾分かはロマン主義が支配した19世紀的バイアスがかかったものとしてみておく必要があるようです。

ただし、コンサートピアニストとしての活動が終わったことは自覚していたでしょうから、その意味ではこれは「訣別」の曲と言っても間違いないのかもしれません。
しかし、はたしてアインシュタインが言ったように「人生への訣別」だったのかは議論の分かれるところでしょう。

カザルスの歌うモーツァルト


指揮者カザルスの美質は何だろうと考えたときに、真っ先に思い浮かぶのは「歌う」事でしょう。ただし、その「歌」は流麗に流れていく心地よさとは無縁で、どこかその「歌」に命かけていますみたいな、そこに全体重がかかっているような「歌」なのです。
そう言えば、カザルスは何でもない「経過句」のようなワンセンテンスであっても、それを歌うことをオケに要求したと伝えられています。
カザルスにとって音楽に「経過句」なんてものは存在しなかったのです。

ですから、とりわけ彼の手になるモーツァルトは、ロマン派が好んだモーツァルトの姿を誰よりもロマン派風に描き出しているように聞こえます。
例えば、モーツァルトの青春の感傷が溢れている協奏交響曲の第2楽章なんかを聞けば、まさにカザルスとと言う巨人の全体重がかかったような歌い回しなのです。手垢にまみれたという言葉でさえも憚られるほどの「アイネ・クライ」にしても、第2楽章のロマンツェは今まで聞いたことがないような思いにとらわれます。
こういう音楽を聞いてそう言う思いにとらわれるというのは、それだけで値打ちがあります。(何だ、この指示代名詞だらけの文は^^;)

また、カザルスはプラド音楽祭では多くのピアニストとモーツァルトのコンチェルトを演奏しています。
長年の盟友でもあったホルショフスキーは言うまでもなく、ルドルフ・ゼルキン(生まれはボヘミアだが)やユージン・イストミン等のアメリカ勢、そしてイヴォンヌ・ルフェビュールやクララ・ハスキルというヨーロッパの女流ピアニスト等々です。そこでの、一番の聞き所は言うまでもなく歌う(嘆く?)第2楽章の重さでしょう。ライブ録音ですから、至るところから指揮者カザルスのうなり声は聞こえてくるは、そして、そう言うカザルスに触発されてピアノも心の底から歌っています。

もちろん、これを「重い」と思わぬわけではありませんが、ハイドンの時に感じたほどの違和感はありません。その辺りに、ハイドンとモーツァルトを分かつ何ものかがあるのかもしれません。

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