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カッチェン(Julius Katchen)|ブラームス:7つの幻想曲 作品116
ブラームス:7つの幻想曲 作品116
(P)ジュリアス・カッチェン 1962年4月30日~5月2日録音
Brahms:Seven Fantasien, Op.116 [1.Capriccio. Presto energico (D minor)]
Brahms:Seven Fantasien, Op.116 [2.Intermezzo. Andante (A minor)]
Brahms:Seven Fantasien, Op.116 [3.Capriccio. Allegro passionato (G minor)]
Brahms:Seven Fantasien, Op.116 [4.Intermezzo. Adagio (E major)]
Brahms:Seven Fantasien, Op.116 [5.Intermezzo. Andante con grazia ed intimissimo sentimento (E minor)]
Brahms:Seven Fantasien, Op.116 [6.Intermezzo. Andantino teneramente (E major)]
Brahms:Seven Fantasien, Op.116 [7.Capriccio. Allegro agitato (D minor)]
単純でありながら深みのある作品です
創作力の衰えを感じたブラームスは「霊感の乏しいときには1行でも作曲すべきでない」という己の真情に忠実であったことはよく知られています。そのため、その晩年は大作の創作から離れて作品の整理や小品の作曲などに時を費やしていました。
しかし、そんなブラームスに新たな霊感を与えたのが一人のすぐれたクラリネット奏者ミュールフェルトとの出会いであったことも、また、よく知られた話です。
ブラームスはミュールフェルトと出会うことでクラリネットを伴った室内楽作品を次々と生み出していくことになります。
そして、その様に再起動?・・・(^^;・・・したブラームスはピアノの分野でも作品116から119に至る4つのすぐれた小品集を生み出すことになります。
ただし、これらの作品集の背景には、彼のよき理解者であったエリーザベトの死が影を落としています。そして、その影は彼の姉が亡くなることでさらに色を濃くします。
ブラームスはこの一連の小品集のことを「苦悩の子守歌」と呼んだことはよく知られています。それ故に、これらの作品にはそれまでのブラームスのピアノ作品にはみられなかった寂寞とした孤独感が全体を被っています。
第1曲 カプリッチョ
いささか練習曲風でもあるのですが、ブラームスが好んだシンコペーションによって音楽に活力を与えられています。
第2曲 間奏曲
ブラームスの晩年の小品集の特徴がよくあらわれた作品です。単純で親しみやすい音楽でありながら晩年の孤独がその底から浮かび上がってきます。
第3曲 カプリッチ
対位法の技巧が情熱的な音楽です。技巧派ブラームスの腕の冴えを感じる作品です。
第4曲 間奏曲
ノクターン風の音楽であり、ブラームス晩年の心境をそのまま写し取ったような音楽になっています。
第5曲 間奏曲
聞けば分かるように、弱泊の部分に分厚い和音が割り当てられています。演奏する側にとっては意外なほどに大変な作品らしいです。ただし、歌うべき旋律ラインがどこか浮かびきれないところに老いの哀しさがにじみ出る音楽です。
第6曲 間奏曲
これも第4曲と同じように深い感情をたたえたノクターン、もしくは無言歌風の音楽になっています。
第7曲 カプリッチョ
ブラームスはこのように躍動感に溢れた作品に対して、重みを持って作曲したときは「ラプソディ」、それほどではないときには「カプリッチョ」と名づけたようです。どこか駆り立てられるように進んでいく雰囲気があります。
去りゆく景色
先頭に立って進路を切り開くというのは立派なことです。
その人の目に映る景色は次々と後景へと流れていくことでしょう。しかし、彼が見すえているのはその様にしてめまぐるしく移り変わる眼前の景色ではなく、その彼方にある目指すべき目的地です。
そう言えば、子供は運転席の後にしがみついて、流れいく景色を食い入るように眺めるのが大好きです。
精神に活力が溢れ、その目が常に未来を見すえている人にとっては、それこそが心躍る光景のはずです。
しかし、年を重ねてくると、そう言う景色と対峙し続けるのはしんどくなってきて、それとは真逆の景色が好ましく思えてきます。
それは、最後尾の車両の一番後から眺める去りゆく景色です。
めまぐるしく移り変わっていく先頭からの景色とは違って、最後尾か見えるのは過ぎ去っていく景色であり、その景色は何時までも姿をとどめます。そして、その景色は次第に姿を小さくしながら、やがてはるか彼方へと姿を消していきます。
未来は常に不定であり、現在は常に変化し続けます。しかし、過去は常に明らかであり、それは時の流れの中で次第に己を小さくしながら無限の彼方へと没していきます。
いや、そんな小難しいことを考えなくても、過ぎ去ってゆく景色を眺め続けていると、そこに人生を感ぜざるを得ないのです。
ブラームスが、繰り言のように書いた最後のピアノ作品は、まさに過ぎ去っていく景色を眺めるような思いにさせられます。それは声高に何かを主張するようなことはなく、ただただ静かに過去へと沈潜していきます。
- 「幻想曲集」作品116
- 「3つの間奏曲」作品117
- 「6つのピアノ小品」作品118
- 「4つのピアノ小品」作品119
カッチェンのピアノもまた、一つ一つの音を知的に積み上げながら、その知性の枠からはみ出して情に流れることがありません。
確かにゆったりとしたテンポで音楽は微妙に伸び縮みしているようですが、それがべたついた感傷に堕することはありません。そこがカッチェンのカッチェンたる所以なのでしょう。
ブラームスの音楽が本質的に持っている構築生を崩すことなく、それでいながらその中に散りばめられた情感を浮かび上がらせてくれます。
「知的なブルドーザー」と称されることもあるカッチェンなのですが、ブラームスの去りゆく景色をこれほど見事に描いてくれるというのは不思議な感じがします。
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