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バッハ:管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067

ユーディ・メニューイン指揮 バース祝祭管弦楽団 1960年6月10,11,13,19,26日 & 11月14日録音


ブランデンブルグ協奏曲と双璧をなすバッハの代表的なオーケストラ作品

ブランデンブルグ協奏曲はヴィヴァルディに代表されるイタリア風の協奏曲に影響されながらも、そこにドイツ的なポリフォニーの技術が巧みに融合された作品であるとするならば、管弦楽組曲は、フランスの宮廷作曲家リュリを始祖とする「フランス風序曲」に、ドイツの伝統的な舞踏音楽を融合させたものです。

そのことは、ともすれば虚飾に陥りがちな宮廷音楽に民衆の中で発展してきた舞踏音楽を取り入れることで新たな生命力をそそぎ込み、同時に民衆レベルの舞踏音楽にも芸術的洗練をもたらしました。同様に、ブランデンブルグ協奏曲においても、ともすればワンパターンに陥りがちなイタリア風の協奏曲に、様々な楽器編成と精緻きわまるポリフォニーの技術を駆使することで驚くべき多様性をもたらしています。

ヨーロッパにおける様々な音楽潮流がバッハという一人の人間のもとに流れ込み、そこで新たな生命力と形式を付加されて再び外へ流れ出していく様を、この二つのオーケストラ作品は私たちにハッキリと見せてくれます。

ただし、自筆のスコアが残っているブランデンブルグ協奏曲に対して、この管弦楽組曲の方は全て失われているため、どういう目的で作曲されたのかも、いつ頃作曲されたのかも明確なことは分かっていません。それどころか、本当にバッハの作品なのか?という疑問が提出されたりもしてバッハ全集においてもいささか混乱が見られます。
疑問が提出されているのは、第1番と第5番ですが、新バッハ全集では、1番は疑いもなくバッハの作品、5番は他人の作品と断定し、今日ではバッハの管弦楽組曲といえば1番から4番までの4曲ということになっています。

第1番:荘厳で華麗な典型的なフランス風序曲に続いて、この上もなく躍動的な舞曲が続きます。
第2番:パセティックな雰囲気が支配する序曲と、フルート協奏曲といっていいような後半部分から成り立ちます。終曲は「冗談」という標題が示すように民衆のバカ騒ぎを思わせる底抜けの明るさで作品を閉じます。
第3番:この序曲に「着飾った人々の行列が広い階段を下りてくる姿が目に浮かぶようだ」と語ったのがゲーテです。また、第2曲の「エア」はバッハの全作品の中でも最も有名なものの一つでしょう。
第4番:序曲はトランペットのファンファーレで開始されます。後半部分は弦楽合奏をバックに木管群が自由に掛け合いをするような、コンチェルト・グロッソのような形式を持っています。


血が出るような穏健さ

メニューヒンというヴァイオリニストに対する評価は難しい面を持っています。
10代で神童としてデビューした早熟の音楽でありながら、その後はあれこれの技術的な弱さが指摘される人でした。しかし、その名声を活用してナチスの戦犯容疑からフルトヴェングラーを解放するという活動を行った人でもありました。そして、その見返りとしてユダヤ人社会が大きな力を持つアメリカの音楽界から追放される憂き目にあうのですが、それでも己の信念を曲げることなく活動の本拠をロンドンに移す「気骨」の人であり「人道」の人でもありました。

そして、そう言う「人道主義者」としての側面に思い入れを持って聞く人は、彼の演奏のことを、「今、窓から飛び降りようとしている人に向かって、懸命に語りかける演奏」だとしてその高い精神性を褒め称えるのですが、そう言うことに「価値」を認めない人はただの下手な演奏だと切って捨てるのです。
そういえば、随分昔に、彼の2度目のバッハの無伴奏録音(1956年)をアップしたときにも、私もまた何とも言えず歯切れの悪い書き方をしていました。

「ヨハンナ・マルティの無伴奏を聴いてしまうと、今までは実に豊かで流麗と思っていたメニューインの演奏のあちこちに「キコキコ」した部分が気になって仕方がありません。もっとも、その「キコキコ」が、あまりにも気持ちよく横に流れていくことを「拒否」する解釈からくるものなのか、ボーイングの不備から来るものなのか、素人の私には断定できません。ただ、今まではシゲティの対極にあるバッハとして喜んで聴いていたものが、その向こうにマルティという存在がいることを知ってしまうと、私の中での存在価値が下がってしまったことは否めません。」

若者の最大の強みは「知らない」事です。
そして、知らないがゆえに己の信じるものを衒いもなく絶対の自信を持って表現しきることができます。未だ10代だったメニューヒンが30年代に録音した無伴奏の録音からは、やんちゃ坊主そのままの勢いに満ちた好き勝手な演奏が展開されているのですが、その好き勝手ぶりの何と魅力的なことか!!

50年代以降のメニューヒンの「不調」は一般的には第2次大戦下の過労とそれに伴う体調不良に帰されることが多いのですが、変わり目を迎えた時代のメニューヒンの録音を聞いてみると、その奥にはフルトヴェングラーとの交流の中で「知ってしまった」事への「恐れ」があったのではないかという気がしてきます。「恐れ」を知らなかった若者が(彼がフルトヴェングラーの擁護を買って出たのは31歳の時でした)、この偉大な指揮者と音楽活動を重ねることで「恐れ」を知ってしまったのです。
そう言えば、彼は、フルトヴェングラー以外とは共演したくない、みたいなことを語っていました。

ところが、そのフルトヴェングラーが54年に亡くなってしまうのです。
彼は何も語っていませんが、このフルトヴェングラーの死は彼にとって大きな衝撃であったはずです。音楽というものが持っている底知れない世界への扉が開け放たれて、そこへ一人で放り出されたのです。

そこで「恐れ」が生じなければ嘘です。

ですから、私がかつて感じた50年代の無伴奏の録音に対する疑念は半分は当たっていたのかもしれません。
あそこで感じた「流麗さ」は、実は「穏健さ」だったのです。
もっときつい言い方をすれば、それは「流麗なバッハ」というマルティのような「信念」に裏打ちされたものではなく、「恐れ」を知ってしまったがゆえに、どこからも文句が出ないように気配りを張り巡らした「穏健さ」の産物だったのです。
そして、その思いは、この時代に集中的に録音されたバッハ演奏を聴いているうちに、次第に確信に変わっていきました。

フルトヴェングラーが亡くなってからは「音楽の捧げもの」「ブランデンブルグ協奏曲」「管弦楽組曲」というバッハ作品を集中的に録音しています。そして、その演奏スタイルは時代の潮流に沿った小規模のアンサンブルでありながら聞こえてくる音楽はきわめて「穏健」で「保守的」なものなのです。
この時代は、パイヤール、シモーネ、マリナー、ミュンヒンガーなどが活動を始めた時期であり、さらにはドイツではリヒターがミュンヘン・バッハ管弦楽団を率いて意欲的な活動を始めた時期でした。そう言う動きの中にこのメニューヒンの録音を置いてみると、「穏健」という言葉しか思い浮かびません。

もちろん、メニューヒンのバッハは、かつての大指揮者達がフルオーケストラをたっぷりと鳴らして豊かに歌い上げていた「古いバッハ」とは全く異なります。しかし、演奏の基本的なスタイルは時代の潮流に沿ったものでありながら、そう言う古い価値観の側から突っつかれて言い逃れができるような音楽であることも事実なのです。言葉をかえれば、そう言う古いバッハにも捨てきれない価値があることを「知って」しまったのです。

やはり音楽というのは人の魂に訴えかけるものでなければ存在価値がありません。
新しい表現スタイルが一時的に人の関心をひいたとしても、それが「新しさ」だけであればいつか捨てられてしまいます。この時代のバッハで、今も多くの人の心に響くがリヒターのバッハであるという事実がその事を如実に証明しています。

おそらく、メニューヒンがフルトヴェングラーから学んだ最大のものがこの事だったのではないでしょうか。しかし、ここでのメニューヒンのバッハから聞こえてくるのは「知ってしまったが故の恐れ」です有り、それを突き破れないもどかしさです。
おかしな表現かもしれませんが、その意味では、この「穏健さ」は「血が出るような穏健さ」なのです。

そして、その一見すれば穏やかに見える表情の奥にその様な思いがあるがゆえに、そこから「今、窓から飛び降りようとしている人に向かって、懸命に語りかける」姿を聞き取るのでしょう。

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