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モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調 K.136(125a)

バリリ弦楽四重奏団/ヴィルヘルム・ヒューブナー(2nd viola) 1955年録音

Mozart:Divertimento in D major, K.136/125a [1.Allegro]

Mozart:Divertimento in D major, K.136/125a [2.Andante]

Mozart:Divertimento in D major, K.136/125a [3.Presto]


モーツァルトの弦楽四重奏曲の簡単なスケッチ

ユング君にはモーツァルトの弦楽四重奏曲を、その一つ一つについて詳細に論じる能力はありませんので、(^^;、ここではその全体像のスケッチでお茶を濁すことにしたいと思います。

モーツァルトの四重奏曲は大きく分けて二つのグループに分かれるとアインシュタインは述べています。
まず、前半のグループに属するのは、1772年から73年にかけて作曲された15の作品です。アインシュタインはこれをさらに3つのグループに分けています。

第1グループ:K136〜K138
草稿には「ディヴェルティメント」と記されています。しかし、ディヴェルティメントには二つのメヌエットが必要なのに、これらの作品は一つのメヌエットも持っていません。ですから、この作品はディヴェルティメントと言うよりは、管楽器を欠いたシンフォニーのような作品となっています。
この時代の特徴としてそのあたりの名称はあまり確定的なものではなく、四重奏曲という分野もそれほどはっきりとした独立性を持ったものではなかったようです。現在ではこの3つの作品は四重奏曲の中に分類しないのが一般的ですが、アインシュタインはこれをモーツァルトの最初期の四重奏曲として分類しています。

第2グループ:K155〜K160
ミラノへの旅行の途上か、ミラノで滞在中に作曲されたものなので「ミラノ四重奏曲」と呼ばれることがある作品です。そして、ディヴェルティメントと題された前の3つの作品と比べると、これらははるかに室内学的な緻密さにあふれた作品となっています。
アインシュタインは「モーツァルトは半年の間に四重奏曲作曲家として途方もない進歩をしたと言わなくてはならない」と述べています。
そして、これらの作品に後年の偉大な弦楽四重奏曲への前触れがあることを指摘しながら、「春が単に夏の前触れであるばかりでなく、それ自体としてはなはだ魅力的な季節であるように」これらの作品にも若きモーツァルトのかけがえのない魅力があふれている事を指摘しています。

第3グループ:K168〜K173
1773年の二度目のウィーン滞在時に作曲されたために「ウィーン四重奏曲」と呼ばれる作品です。このウィーン滞在における最大の出来事は、ハイドンとの出会いであり、とりわけ作品番号17番と20番のそれぞれ6つの四重奏曲を知ったことです。
このハイドンとの出会いは天才と言われるモーツァルトにも多大な感銘を与え、同時に彼を圧倒したと言われています。それ故に、この時期に生み出された6つの四重奏曲は、その様なハイドンへの畏怖に圧倒されてモーツァルト本来の持ち味が十分に発揮されていない、どこか中途半端な作品になってしまっています。
アインシュタインもまた「モーツァルトは感銘に圧倒される。・・・しかし、それを完全に自分のものとすることが出来ない。模倣は明白である。」と言い切っています。
しかし、今までの「歌の国」であるイタリア的な作風から完全に脱却して、ウィーン的な「器楽の世界」へ転換していく大きな節目に立つ作品と言うことで、それはそれなりに大きな意義を持ったものだといえます。

さて、このジャンルの作品の創作はこの後に10年にもわたる空白期間を持つことになります。アインシュタインはこの空白期間を隔てて、これ以後に生み出された作品を後半のグループに分類しています。そして、この分類の仕方は今日では一般的なものとして是認されているようで、後期弦楽四重奏曲と言うときはこのグループの作品のことを言います。
そして、この後期の作品もまた3つのグループに分かれます。

第1グループ:ハイドンセット
・弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K.387
・弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K.421
・弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K.428
・弦楽四重奏曲第17番「狩」 変ロ長調 K.458
・弦楽四重奏曲第18番 イ長調 K.464
・弦楽四重奏曲第19番「不協和音」 ハ長調 K.465

弦楽四重奏曲のことを「四人の賢者による対話」といったのだ誰だったでしょうか?しかし、最初から4つの楽器が対等の立場で繊細で緻密な対話を展開していたわけではありません。
ヴァイオリンが主導的な役割を果たし、チェロやヴィオラが通奏低音のような役割しかはたしていなかったこの形式の作品をその様な高みへと初めて引き上げたのはハイドンでした。しかし、その道のりはハイドンといえども決して簡単なものではなかったようです。
彼が1772年の発表した「太陽四重奏曲」は、若きモーツァルトを圧倒し、モーツァルトにK155〜K160にいたるウィーン四重奏曲を書かせる動機となりました。しかし、それでさえも「4人の賢者による対話」と呼ぶには未だ不十分なスタイルのものでした。それ故に、それら一連の四重奏曲を発表した後には長い沈黙が必要でした。そして、それに呼応するようにモーツァルトもまたこのジャンルにおいては沈黙することになります。
しかし、ハイドンは9年間の沈黙を破って1781年に「ロシア四重奏曲」を発表します。この作品はハイドン自身が「全く新しい特別な方法」で作曲されたと自負しているように、まさにこの作品において弦楽四重奏曲は「4人の賢者による対話」と呼ぶに相応しいスタイルを獲得することになります。
そして、この作品との出会いはモーツァルトにとって「芸術家しての生涯における最も深い感銘の一つ(アインシュタイン)」となりました。
しかし10年の歳月はモーツァルトを完全に成熟した作曲家へと成長させており、このような時代を画するような作品に出会って深い感銘を受けても、今度はもはや圧倒されることはありませんでした。
以前のウィーン四重奏曲のようにハイドンの模倣として終わることはなく、ハイドンの手法をしっかりと自分の中で消化した上で、モーツァルト独自の世界を展開することになります。そうして生み出された6曲からなる弦楽四重奏曲が「ハイドンセット」です。

この6曲からなる弦楽四重奏曲は注文を受けて作曲されたものではなく、ハイドンの偉大な作品に接したモーツァルトがやむにやまれぬ衝動に突き動かされるようにして作曲されたものです。そして、ハイドンが提示した<全く新しい特別な方法>を自らの中に完全に消化するためには、天才モーツァルトといえども大変な苦労を強いられることになります。
オリジナルの楽譜といえども、まるで清書をしたかのように推敲の後も残さないモーツァルトが、破棄された数々の書き始めと、いたるところに改訂と削除の後を残して2年もの歳月をかけて完成させたのがハイドンセットです。モーツァルトの天才を知るものにとっては、献辞の中で述べている「長い、骨のおれる努力の結晶」と述べていることのなんという重み!!
しかし、そうして出来上がった作品には、その様な「労苦」の後を微塵も感じさせません。
本当のエンターテナーというものは、楽屋裏での汗と涙を決して舞台で感じさせずに、いとも易々と演じてみせるものですが、ここでのモーツァルトはまさにその様な超一流のエンターテナーを彷彿とさせるものがあります。
ハイドンを招いて行われた初めての演奏会を聞いた父レオポルドは、「なるほど、少し軽くなったが、すばらしいできだ」と述べているのです。
出来上がった作品からはいっさいの労苦と汗はきれいに洗い流している、そこにこそモーツァルトの天才が発揮されています。

第2グループ:ホフマイスター四重奏曲
・弦楽四重奏曲 第20番 ニ長調 K499

この作品の成立過程は詳しいことは分かっていないのですが、おそらくは友人であり、出版業者であるホフマイスターに対する債務返済の意味合いで作曲されたものといわれています。しかし、その様な動機にもかかわらず、また、たった1曲の単独の作品でありながら、アインシュタインは「孤独で立つに値するものである」と讃辞を送っています。そして、「この四重奏曲は厳粛であると同時に軽く、魅惑的な音響の多くの転換においてシューベルトの前触れとなっている。」という言葉にこの作品の全てがつまっているように思います。

第3グループ:プロイセン四重奏曲
・弦楽4重奏曲第21番 ニ長調 K.575
・弦楽4重奏曲第22番 変ロ長調 K.589
・弦楽4重奏曲第23番 ヘ長調 K.590

プロイセンの国王、フリードリヒからの依頼で作曲されたために「プロイセン四重奏曲」とよばれています。これはよく指摘されることですが、依頼主であるフリードリヒは素人として卓越したチェロ奏者であったために、この作品にはその様な王の腕前が存分に発揮できるようにチェロがまるで独奏楽器であるかのように活躍します。第2ヴァイオリンとヴィオラは後景へと退き、それらをバックにしてチェロが思う存分に活躍するように書かれています。
その意味で、モーツァルトの最晩年の作品であるにもかかわらず、室内楽としての緻密さや統一感という点においてハイドンセットに一歩譲ると言わざるを得ません。
しかし、それでもなお、ある意味では機会音楽のような制約を受けた作品であるにもかかわらず、そして、簡潔な構成であるにもかかわらず、その至るところから繊細な感情の揺らめきを感じ取ることができるところに、最晩年のモーツァルトの特徴をうかがうことが出来ます。


バリリの矜恃が感じ取れる録音

ウェストミンスターレーベルと言えば、第2次大戦の傷跡が未だ生々しく残るウィーンに出かけていって積極的に録音活動を行った事で知られています。とりわけ、室内楽の分野においては、世界的にはそれほどメジャーではないものの腕前だけは確かだという演奏家を積極的に活用したことで多くの優れた録音を残しました。
これを口さがない連中は、「アメリカ資本が安い金で敗戦国オーストリアの優秀な演奏家たちを買いたたいて録音を残した」と言いますし、好意的に解する人は「ウィーンにたくさんの良い音楽家がいて、しかも、大戦の終わった後その人達の仕事がないのを見かねて、彼らを集めてプロデュースし、レコードを作った」とも言われます。
金儲けを目的にしてよい仕事などは出来るはずがないというのは、綺麗事のようでいて怖ろしいまでの真実ですし、逆に、いい仕事をしたいという理想だけでは経済活動としては成り立たないというのもまた真実です。
このウェストミンスターというレーベルが50年代を中心に優れた録音を多く残せた背景には、この二つが奇蹟のように両立できる時代背景があったからで、上の二つの物言いはどちらも「正しい」と言えば正しい指摘です。

それから、ついでながら一言付け加えれば、「戦後まもない、まだ古いウィーンの雰囲気が残っていた頃のウィーンの音を良音質で録音した」という言い方も良くされるのですが、これは厳密に言えば正しくはありません。
いや、少なくとも、私はその様に考えています。

これは、いわゆる「ウィーン風」の演奏スタイルがいつ頃生まれたのかというきわめて本質的な問いかけに発展するのですが、私などは、このウェストミンスターレーベルこそがこの「ウィーン風」の演奏スタイルを生み出したのではないかと考えています。

何故ならば、戦前のウィーンにおける録音を聞いてみると、いわゆる「ウィーン風」の演奏スタイルとは随分と雰囲気が異なっているからです。確かに、その多くがポルタメントを多用(乱用?)しているので情緒過多のように聞こえるのですが、音楽そのものの骨格は意外なほどにあっさりしています。
このあたりは、具体的な録音例をあげながら検証してみたとは思っているのですが、ここはそれに相応しい場ではないので、問題提起だけに留めておきます。

もちろん、何を持って「ウィーン風」というのかと言えば、これもまた統一的な見解があるわけではありません。
よく言われるのは、ウィンナーワルツなどにおける独特なリズムの崩し方ですが、それだけで「ウィーン風」になるわけでないことは明らかです。いわゆる「ウィーン風」というのはそう言う特徴のある演奏スタイルを採用していれば名乗れるような単純なものではなくて、ウィーンに根っこを持った演奏家達がアメリカ流の即物主義に対抗する基軸として生みだした新しい演奏スタイルがいわゆる「ウィーン風」の演奏ではなかったのかと考えるのです。
そして、その演奏スタイルの根っこは劇場的継承として受け継がれてきた「伝統」の中にあったことは間違いなのですが、そういう「伝統」という名の約束事をもう一度意識的に洗い出して、その中から即物主義に対抗できる「伝統」的な演奏スタイルを選び抜いて再構築したものがいわゆる「ウィーン風」の正体ではないのかと思うのです。

そして、そう言う「ウィーン風」の演奏スタイルを確立していく上で大きな役割を果たしたのがウェストミンスターレーベルではなかったのかと思うのです。この世界市場を相手にしたレーベルでの活動を通して、多くのウィーンの演奏家達がどうすれば自らのブランドを確立できるのかという試行錯誤を繰り返すことが出来たのです。
その意味では、とりわけ50年代を中心とした室内楽の分野でのこのレーベルの果たした役割はきわめて大きいと言わざるを得ないのです。

今回ここで紹介しているバリリ四重奏団の演奏を聴いてみると、モーツァルトのシンプルな初期作品であるからこそ、そう言う試行錯誤の到達点がよく分かります。
例えば、同時代の即物主義の権化とも言うべきアメリカのジュリアード弦楽四重奏団などと較べてみれば、明らかにファーストヴァイオリン主導であることははっきりと分かります。音楽の構造をがっちりと描き出すよりは、ファーストヴァイオリンがプリマとして魅力的な旋律を歌い、その他の楽器はそれをサポートしているように聞こえます。

そして、その事から導き出される第2の特徴は、アンサンブルの切れよりは響きの美しさを優先すると言うことです。縦のラインを揃えることによる切れ味の鋭さが時として響きをきつくすることがあるのに対して、バリリの場合は柔らかく艶やかな響きを失うことが絶対にありません。
そして、最後に気づくのは4つの楽器の対等性よりは、それぞれおの楽器に割り振られた旋律のラインの受け渡しをスムーズに行うことを優先していることです。

つまりは、これらを総合して見えてくるのは、構造よりは歌が優先するスタイルです。
ただし、バリリの場合はその歌に変な癖をつけることに関しては非常に禁欲的です。
このあたりは、ウィーンフィルのコンマスを核に結成されるエリート集団としての矜恃でしょうか。ですから、歌うことを優先しながらも、その歌が常に上品さを失わないのがバリリの真骨頂です。

なお、今回調べてみて気づいたのですが、ウェストミンスターレーベルはモーツァルトの弦楽四重奏曲をウィーン・コンツェルトハウス四重奏団やアマデウス弦楽四重奏団を使って51年から録音を開始しています。いわゆる「ハイドンセット」以降の有名作品はそれらの団体で録音していて、バリリは53年から残された作品を録音しているのです。53年と54年にはハイドンセットの14番とプロイセン四重奏曲の21番と22番を録音していて、続く55年には残された初期作品を一気に録音しているのです。
おそらく、55年にこれらの初期作品が一気に録音された背景には翌56年がモーツァルトの記念イヤーであったからでしょうが、どう考えてもそれほど楽しい作業ではなかったと思わざるを得ません。しかし、そうであっても、この残された録音は一連の初期作品を聞く上では今もって貴重です。
このあたりにも、ウィーンフィルのコンマスとしてのバリリの矜恃が感じ取れます。

この演奏を評価してください。

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