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チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

バーンスタイン指揮 ニューヨークフィル 1957年1月8日録音

Tchaikovsky:Romeo and Juliet - Fantasy Overture


音楽によって一編の戯曲を堪能できる

この作品はチャイコフスキーの初期を代表する管弦楽曲と言ってもいいでしょう。と言うか、彼の初期作品の中で、今も演奏会で頻繁に取り上げられるのはこの作品だけかもしれません。
おそらく、その理由は「分かりやすさ」でしょう。
「ロミオとジュリエット」は誰もが知っている悲劇の物語だけです。その、誰もが知っている物語をものの見事に音楽で表現しきったのがこの作品です。

冒頭の教会音楽を思わせるようなメロディは修道僧ロレンスを表現しています。しかし、その静かな音楽はシンバルの強打とシンコペーションを活用した音楽によって、場面は一転して皇帝派のモンタギュー家と教皇派のキャピュレット家との血で血を洗う抗争が表現されます。音楽がもつれ合い、そのもつれが次々と積み重なっていくことによって両家の深刻な対立が見事に描き出されていきます。
このあたりの手際は実に見事です。

そして、このもつれ合いが一段落すると、それに変わってロミオとジュリエットの愛の調べが流れてきます。

この二つが作品の基本でして、やがて展開部にはいるとこの二つの主題が交差していきます。そして、ヴァイオリンが壮麗に愛の調べを奏するのですが、それも一瞬にして葛藤のテーマが断ち切ってしまいそのまま終結部へとむかってなだれ込んでいくような風情となります。
しかし、その葛藤もティンパニーの一撃で沈黙させられ、人々は取り返しのつかない悲劇が起こったことを知らされます。

音楽は今までの葛藤の騒がしさから一転して静けさの中に沈み込み、ロミオとジュリエットの愛のテーマが切れ切れに聞こえてきます。そして、やがてその愛のテーマは木管群によって美しく奏され、ハープのアルペッジョによって二人の魂は天上へと登っていくことを暗示して静かに曲は閉じられます。

要は、葛藤のテーマと愛のテーマさえつかんでしまえば、そして「ロミオとジュリエット」のあらすじを知っていれば、まさに音楽によって一編の戯曲を堪能できるのです。
実にもって、これぞ「標題音楽」とも言うべき分かりやすい作品です。


本能としての「原典尊重」

バーンスタインとニューヨークフィルの録音は玉石混淆ですね。
ただ、こうしてまとめて聞いてきてみると、彼はその時代の巨匠と言われた音楽家たちとは全く違う新しい世界から登場したことは何となく分かってきました。

例えば、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュ、トスカニーニやライナー、セル、さらにはワルターやシューリヒト、モントゥーなど全てひっくるめて同じ仲間にグルーピングすれば、お前の耳は何処についているんだ?と言われるでしょう。
しかし、おそらく、この時代のバーンスタインから見れば、きっと彼らは「同じ穴の狢」に見えたはずです。

では、その「同じ穴」とは何かと言えば、それは「19世紀的ロマン主義」です。

もちろん、彼らはのこの「19世紀的なロマン主義」の弊害はよく知っていましたから、たとえばトスカニーニなんかそう言う弊害から距離を置くために「原典尊重」「作曲家の意図に忠実な演奏」を錦の御旗に掲げました。
フルトヴェングラーやクナは彼らと較べればかなり主情的な演奏をした指揮者たちですが、それでも、彼ら以前の指揮者の演奏と較べればはるかに客観性の高い音楽でした。

何しろ、本家本元の「19世紀的ロマン主義」とは、一例を挙げれば、ロッシーニが自作のアリアが演奏されたときに「装飾音をつけて飾り立てられるのは当然としても、私の書いた音符が一つも残っていないというのは酷すぎる」と嘆いたほどに「恣意的」な演奏だったのです。
しかし、この「19世紀的ロマン主義」は過去の「良い音楽」とどのように向き合えばいいのかという、本質的な部分において大きな影響力(教育力?)を持っていました。

思いきって言ってしまえば、彼らは「原典」を尊重はしましたが「神聖化」はしなかったと言うことです。
今の指揮者は、さらに言えばピアニストやヴァイオリニストのようなソリストも同様ですが、楽譜に書かれた音符は言うまでもなく、強弱やテンポまでをも含めて、それらを己の表現意図に従ってかえるなどと言うことは絶対にやりません。それは言ってみれば、本能といえるレベルにまで訓練されています。
そして、これと全く同じように、楽譜に書かれた音符や強弱やテンポが己の表現意図にとって不都合があれば、それを意図に従うように変えることは「19世紀的ロマン主義」の時代に育った音楽家にとっては「本能」と言えるまでに訓練されていたのです。


  1. トスカニーニ:1867年

  2. ピエール・モントゥー :1875年

  3. ブルーノ・ワルター:1876年

  4. カール・シューリヒト:1880年

  5. ヴィルヘルム・フルトヴェングラー :1886年

  6. ハンス・クナッパーツブッシュ:1888年

  7. フリッツ・ライナー:1888年



これ以上数え上げるのは煩わしいのでやめますが、彼らは「19世紀的ロマン主義」のまっただ中で音楽家としての基礎を学んだのです。
これ以降では、例えばジョージ・セルは彼らよりは一世代若い1897年に生まれています。原典尊重の鬼のように言われるこの指揮者の本質が、世紀末ウィーンにあることを私は自信を持って保障することができます。と言うことは、この世紀をまたぐ時期に生まれた音楽家であっても、その根っこに「19世紀」を抱え込んでいたわけです。

そのように考えてみると、この時代のメジャーなオーケストラを率いていた指揮者というのは、誰も彼もがその根っこを「19世紀」に持っていたと言えます。

もちろん、最も19世紀的なピアニストであり、リストに並ぶ偉大な教育者だったレシェティツキの門下からシュナーベルという異端児が出たように、これらの19世紀に根っこを持つ指揮者やの中から次の時代を切り開くトスカニーニやライナーやセルが出たことは認めます。しかし、ポリーニやブレンデルなどから見ればシュナーベルが偉大ではあっても古さを感じたであろうように、おそらくはバーンスタインもまた彼らに古さを感じたはずです。

バーンスタインが生まれた1918年は第1次世界大戦の終わった年です。
それは、栄光のヨーロッパ、つまりは19世紀的なヨーロッパが終焉を迎えた年なのです。その年に、バーンスタインが生まれたというのは、実に象徴的な出来事だったのかもしれません。
そして、これもよく知られたことですが、バーンスタインはヨーロッパに留学することがなく、その全てをアメリカの地で学んで成功した最初の指揮者だったのです。

彼の中を根っこの部分まで探ってみても、「19世紀的ロマン主義」は欠片も見つからないはずです。
その意味で、彼は己の知性を信じて、本当の意味で楽譜だけをたよりに音楽を作っていった第1世代に属する指揮者だったのです。ですから、この時代の彼の演奏は非常にクリアです。本当に灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧さがあります。
しかし、おかしな話ですが、そう言う精緻な音楽作りをしていく中で、思わず知らず感情がほとばしり出てきて爆発してしまうことがあります。世間的にはそう言う姿こそがバーンスタインの本質のようにとらえられている向きもあるのですが、この時代の録音をまとめて聞いてみると、バーンスタイン自身はそう言うことに対して抑制的な方向で自らを御していった事がよく分かります。

ただ、困るのは、そうやって抑制的になればなるほど、聞いている側がちっとも面白くないのです。もっと有り体に言えば、思わず知らず爆発したときの方が聞き手にとってはスリリングであって、逆に抑制的な面が前に出すぎると丁寧な感じしか残らないのです。
穿った見方をすれば、この時代の彼の録音が「玉石混淆」であるのはそのあたりに起因するのではないかと思われます。

そう言えば、カザルスはこんなことを言っていたそうです。
「テンポ通りに弾かない術、これは経験から身につけるしかない。楽譜に書かれてあるものを弾かない術も同様だ」
この言葉がどれほど広く知れ渡っているのかは分かりませんが、バーンスタイン以後の「原典神聖化」の音楽家たちはどのようにこの言葉を聞くのでしょうか。

そして、己を律してできる限り抑制的に振る舞おうとするバーンスタインに出会うたびに、「原典尊重」が本能として刷り込まれた世才の音楽家がそこから離れていくことの難しさを知らされます。
それはきっと、19世紀的な音楽家が原典尊重していく以上に難しかったことでしょう。

そして、こういう書き方をすると自分でもおかしいと思うのですが、こういう若い時代の録音をまとめて聞くことで、この後彼がヨーロッパに活動の拠点を移してから著しく主情的な演奏へと傾斜していったことの意味と重みが漸くにして分かるようになった気がします。

<追記>
ここには私たちがイメージする若きバーンスタインらしい姿が刻み込まれています。不思議なことに、60年代より50年代後半の録音の方がそう言う「雰囲気」がよく出ています。

この演奏を評価してください。

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