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モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」K386

クーベリック指揮 ウィーンフィル 1961年1月4日

Mozart:Symphony No.36 in C major K.425 "Linz" [1. Adagio - Allegro spiritoso]

Mozart:Symphony No.36 in C major K.425 "Linz" [2. poco adagio]

Mozart:Symphony No.36 in C major K.425 "Linz" [3. Menuetto - Trio]

Mozart:Symphony No.36 in C major K.425 "Linz" [4. Finale: Presto]


わずか4日で仕上げたシンフォニ

1783年の夏にモーツァルトは久しぶりにザルツブルグに帰っています。その帰りにリンツに立ち寄った彼は3週間ほどトゥーン伯爵の邸宅に逗留することとなりました。
そして、到着してすぐに行われた演奏会では、ミヒャエル・ハイドンのシンフォニーに序奏を付け足した作品を演奏しました。実は、すぐに演奏できるような新作のシンフォニーを持っていなかったためにこのような非常手段をとったのですが、後年この作品をモーツァルトの作品と間違って37番という番号が割り振られることになってしまいました。もちろん、この幻の37番シンフォニーはミヒャエル・ハイドンの作品であることは明らかであり、モーツァルトが新しく付け加えた序奏部だけが現在の作品目録に掲載されています。

さて、大変な音楽愛好家であったトゥーン伯爵は、その様な非常手段では満足できなかったようで、次の演奏会のためにモーツァルト自身の新作シンフォニーを注文しました。この要望にこたえて作曲されたのが36番シンフォニーで、このような経緯から「リンツ」という名前を持つようになりました。

ただ、驚くべきは、残された資料などから判断すると、モーツァルトの後期を代表するこの堂々たるシンフォニーがわずか4日で書き上げられたらしいと言うことです。いかにモーツァルトが天才といえども、全く白紙の状態からわずか4日でこのような作品は仕上げられないでしょうから、おそらくは作品の構想はザルツブルグにおいてある程度仕上がっていたとは思われます。とは言え、これもまた天才モーツァルトを彩るには恰好のエピソードの一つといえます。

まず、アダージョの序奏ではじまった作品は、アレグロのこの上もなく明快で快活な第1主題に入ることで見事な効果を演出しています。最近、このような単純で明快、そして快活な姿の中にこそモーツァルトの本質があるのではないかと強く感じるようになってきています。第2楽章のアンダンテも微妙な陰影よりはある種の単純さに貫かれた清明さの方が前面にでています。そしてその様な傾向はメヌエットでも最後のプレスト楽章でも一貫しています。
おそらくは4日で仕上げる必要があったと言うことがその様な単純さをもたらしたのでしょう。しかし、その事が決してマイナスにならないところがモーツァルトの凄いところです。


作品を聞かせようとした指揮者

クーベリックのモーツァルトと言えば真っ先に思い浮かぶのが80年代に手兵のバイエルン放響と録音した後期交響曲集です。3枚のLPが立派なボックスに納められていて、探せばどこかの棚に今も眠っているはずです。
そう言えば、これとほぼ同じ時期(79年)に同じ組み合わせでシューマンの交響曲全集も発売されていて、これもまた立派なボックス盤で、演奏に対する評価も上々だったように記憶しています。確か、その後のレコ芸誌のリーダーズ・チョイスでも必ず上位にランキングしていましたし、評論家先生の名盤選びでもそこそこ上位に顔を出していました。

ただ、不思議なのは、彼の一連の録音を聞いてそれなりに感心もした事は間違いないのですが、時間がたつとその演奏がどういうものだったのかという印象がほとんど残っていないという事実です。

それは、何も灰汁の強いフルトヴェングラーやクナなどを持ち出しての話ではありません。
例えば彼と較べれば一世代前のバルビローリやセルなどの演奏を持ち出してきても、その違いは明らかです。おそらく、それなりにクラシック音楽を聞き込んできた人ならばそれなりのイメージを持って彼ら演奏を印象に結ぶことが出来ます。
いや、もっと言えば、良い悪いは脇におくとして、ショルティや若い頃のマゼールなんかでもそれなりの明確な印象を頭の中に浮かべることが出来ます。
ところが、これがクーベリックになると、端正で落ち着きのある演奏だったような記憶はあるのですが、それは何か抽象的な記号のような域を出ないイメージなのです。

そして、その印象は、この若い時代のモーツァルト演奏を聴いても、基本はそれほど変わっていないのです。

クーベリックという人は、1948年のチェコの共産化に嫌気がさしてイギリスに亡命した人です。
その後、1950年から1953年までシカゴ交響楽団の音楽監督を務めるのですが、これがまあひどい虐めにあって辞任を余儀なくされます。そして、ヨーロッパに引き上げてきてコヴェント・ガーデン王立歌劇場の音楽監督を務め、さらには、1961年からは後に自らの手兵となるバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任することになります。

確かに亡命からシカゴでの理不尽な攻撃に至るまでの数年間は酷い時を過ごしたのですが、ヨーロッパに帰ってきてからは順調にキャリアを積み上げ、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任する61年の頃は、40代後半のまさにバリバリの売れっ子若手指揮者として勢いに乗っていた時期です。

ここで紹介しているウィーンフィルとのモーツァルト録音は、その様な勢いにのっている時期に、この名門オケを相手に一気呵成に行った録音です。
録音のスケジュールを調べるとこのようになっています。まさに一気呵成という勢いを持っての録音です。


  1. 交響曲第35番 ニ長調 「ハフナー」K385:1961年1月3~4日

  2. 交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」K386:1961年1月4日

  3. 交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」K.504:1961年1月5日

  4. セレナード第13番 ト長調 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」K.525:1961年1月9日

  5. 交響曲第41番 ハ長調 「ジュピター」 K.551:1961年1月8日&10~11日



一つ一つの演奏を聴いてみると、後の録音と同じで非常に丁寧な演奏になっています。もちろん、こういう物言いは(^^;、何と較べてどのように「丁寧」なのかを言わないと何も言っていないことになりますね。
そう言えば、バルトークの「管弦楽ための協奏曲」を紹介したときに「普通」でないと言ったのですが、その「普通で」でないことがここにも適用されるような気がします。

クーベリックはここでも一つ一つの音を丁寧に繋いでいます。レガート・カラヤンとまではいきませんが、ウィーンフィルの美音を目一杯活用して、美しい旋律を目一杯美しく響かせています。また、各声部の扱いも精緻で、モーツァルトのスコアがシンプルなこともあって内部の見通しは非常に良い演奏に仕上がっています。
とにかく引っ掛かる部分や尖った部分が皆無なのです。何処を探ってみても表面は丁寧に磨かれて、かといって細部優先の演奏ではなくて全体の構成もしっかりしています。つまりは、聞き終わった後に散漫印象が残ることはなく、それなりに立派な音楽を聴かせてもらったという印象は残ります。

記憶に間違いがなければ、後のバイエルンとの録音ではもう少し遅めのテンポでさらに内部構造を丁寧に描き出していたと思うのですが、基本的なコンセプトは全く変わっていないように思います。

そう思って気がついたのは、彼は基本的に指揮者である前に作曲家であったという事実です。
丁寧で立派な演奏であるのに、聞き手を喜ばせるようなショーマンシップ的な要素が非常に少ないのは、そう言うバックボーンがあったからかもしれません。。

「それなりに感心もした事は間違いないのですが、時間がたつとその演奏がどういうものだったのかという印象がほとんど残っていない」という言い方はクーベリックの音楽を否定しているようにも聞こえるのですが、見方を変えれば、彼ほど己の「演奏」ではなくて「作品」を聞かせようとした指揮者はいなかったとも言えそうな気がします。

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