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モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番 ト長調 K.453

(P)ルドルフ・ゼルキン ジョージ・セル指揮 コロンビア交響楽団 1955年11月20&21日録音

Mozart:Piano Concerto No.17 in G major K.453 [1st movement]

Mozart:Piano Concerto No.17 in G major K.453 [2nd movement]

Mozart:Piano Concerto No.17 in G major K.453 [3rd movement]


ウィーン時代のピアノ協奏曲(20番以前)

モーツァルトのウィーン時代は大変な浮き沈みを経験します。そして、ピアノ協奏曲という彼にとっての最大の「売り」であるジャンルは、そのような浮き沈みを最も顕著に示すものとなりました。
この時代の作品をさらに細かく分けると3つのグループとそのどれにも属さない孤独な2作品に分けられるように見えます。
まず一つめは、モーツァルトがウィーンに出てきてすぐに計画した予約出版のために作曲された3作品です。番号でいうと11番から13番の協奏曲がそれに当たります。

第12番 K414:1782年秋に完成
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第11番 K413:1783年初めに完成
第13番 K415:1783年春に完成

このうち12番に関してはザルツブルグ時代に手がけられていたものだと考えられています。他の2作品はウィーンでの初仕事として取り組んだ予約出版のために一から作曲された作品だろうと考えられています。その証拠に彼は手紙の中で「予約出版のための作品がまだ2曲足りません」と書いているからです。そして「これらの協奏曲は難しすぎず易しすぎることもないちょうど中程度の」ものでないといけないとも書いています。それでいながら「もちろん、空虚なものに陥ることはありません。そこかしこに通人だけに満足してもらえる部分があります」とも述べています。
まさに、新天地でやる気満々のモーツァルトの姿が浮かび上がってきます。
しかし、残念ながらこの予約出版は大失敗に終わりモーツァルトには借金しか残しませんでした。しかし、出版では上手くいかなかったものの、これらの作品は演奏会では大喝采をあび、モーツァルトを一躍ウィーンの寵児へと引き上げていきます。83年3月23日に行われた皇帝臨席の演奏会では一晩で1600グルテンもの収入があったと伝えられています。500グルテンあればウィーンで普通に暮らしていけたといわれますから、それは出版の失敗を帳消しにしてあまりあるものでした。
こうして、ウィーンでの売れっ子ピアニストとしての生活が始まり、その需要に応えるために次々と協奏曲が作られ行きます。いわゆる売れっ子ピアニストであるモーツァルトのための作品群が次に来るグループです。

第14番 K449:1784年2月9日完成
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第15番 K450:1784年3月15日完成
第16番 K451:1784年3月22日完成
第17番 K453:1784年4月12日完成
第18番 K456:1784年9月30日完成
第19番 K459:1784年12月11日完成

1784年はモーツァルトの人気が絶頂にあった年で、予約演奏会の会員は174人に上り、大小取りまぜて様々な演奏会に引っ張りだこだった年となります。そして、そのような需要に応えるために次から次へとピアノ協奏曲が作曲されていきました。また、このような状況はモーツァルトの中にプロの音楽家としての意識が芽生えさせたようで、彼はこの年からしっかりと自作品目録をつけるようになりました。おかげで、これ以後の作品については完成した日付が確定できるようになりました。

なお、この6作品はモーツァルトが「大協奏曲」と名付けたために「六大協奏曲」と呼ばれることがあります。しかし、モーツァルト自身は第14番のコンチェルトとそれ以後の5作品とをはっきり区別をつけていました。それは、14番の協奏曲はバルバラという女性のために書かれたアマチュア向けの作品であるのに対して、それ以後の作品ははっきりとプロのため作品として書かれているからです。つまり、この14番も含めてそれ以前の作品にはアマとプロの境目が判然としないザルツブルグの社交界の雰囲気を前提としているのに対して、15番以降の作品はプロがその腕を披露し、その名人芸に拍手喝采するウィーンの社交界の雰囲気がはっきりと反映しているのです。ですから、15番以降の作品にはアマチュアの弾き手に対する配慮は姿を消します。
そうでありながら、これらの作品群に対する評価は高くありませんでした。実は、この後に来る作品群の評価があまりにも高いが故に、その陰に隠れてしまっているという側面もありますが、当時のウィーンの社交界の雰囲気に迎合しすぎた底の浅い作品という見方もされてきました。しかし、最近はそのような見方が19世紀のロマン派好みのバイアスがかかりすぎた見方だとして次第に是正がされてきているように見えます。オーケストラの響きが質量ともに拡張され、それを背景にピアノが華麗に明るく、また時には陰影に満ちた表情を見せる音楽は決して悪くはありません。


セルと藤山寛美

マールボロ音楽祭でのゼルキンの演奏をアップしたときに、「その後にゼルキンとセル&クリーブランド管によるモーツァルト聞いてしまうと、ここがゴールではなくてスタート地点であることもはっきり分かってしまいます。」などと書いておきながら、ゼルキン&セルの録音をアップしていないことに気づきました。

かなりおかしな連想なのですが、このセル&クリーブランド管にバックアップされたゼルキンの演奏を聞いてふと頭によぎったのは、セルって藤山寛美みたいなおっさんやなぁ・・・ということです。

今時、藤山寛美と言っても「それ誰?」という若い人もいいでしょうが、50代の大阪人ならば何とも言えない懐かしさを持って思い出すことができるでしょう。土曜日の半ドンの授業を終えて大急ぎで帰ってくれば吉本新喜劇をみることができましたが、大人達はその後に放送される松竹新喜劇の方を楽しみにしていました。
その松竹新喜劇を率いたのが藤山寛美でした。

ドタバタ喜劇の吉本新喜劇と違って、松竹新喜劇は人情噺の中に絶妙なアドリブによる笑いが散りばめられていて、子供心にも「格」が違うと感じたものでした。
しかし、ものの分からない子供をも感心させる背景には、とんでもなく厳しい稽古があったこともよく知られています。
そして、思うように演じられない劇団員に対して、寛美が浴びせかけていた言葉は「オレはいくらでもシンボするよ!そやけど、お客さんはシンボしてくれへんのや!」でした。

どこかでセルもまた同じようなことを言っていた記憶があります。

確かに、マールボロ音楽祭でのモーツァルトは実に素晴らしいものでした。そこでは、聞き手のことなどは眼中になく、自分たちが音楽を「する」事に喜びに満たされていて、そして結果としてその喜びが聞き手にも伝わるという希有な例でした。
しかし、「芸」としての音楽は、金を払って聞きに来た聴衆を満足させてこそ本物です。

そこでまた、思い出すのが、確かモーツァルトの没後200年の時に制作されたヨーロッパのドラマです。
その中で、モーツァルトがバッハのフーガの技法を見せられるシーンがありました。そのスコアを食い入るように見つめながら、「凄い!!バッハは誰のためでもなく自分のために音楽を書いている」と驚嘆します。
すると、そのスコアを持ってきた男性はモーツァルトに問いかけます。
「羨ましいかい?」

しかし、それに対するモーツァルトの答えは明確でした。
彼は「いーや!!」と答えて不敵にニヤリと笑みをもらすのです。

「芸」は、そして「音楽」もまた、それは聴衆の存在を必要とし、それは「見られる(聞かれる)」事によってのみ完結します。

そう言えば、藤間寛美の娘の直美が、笑いには「間」が重要であり、その「間」の取り方を判断するには瞬発力が必要だと語っていました。そして、その瞬発力が無くなったときが引退の潮時だとも明言していました。
その言葉を受けたアナウンサーが適切に言葉を継いでくれました。

「それでは、その時はどうして判断されるのですか?」

それに対する直美の答えも実に明確でした。

「そんなモン、私が判断せんでもお客さんが教えてくれますヤン!」

どれだけお客さんが引退の時を教えても、現役にしがみつくことの多いクラシック音楽業界には耳の痛い話でしょう。

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