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モーツァルト:ピアノ協奏曲16番ニ長調 K.451

(P)ルドルフ・ゼルキン アレクサンダー・シュナイダー指揮 マールボロ音楽祭管弦楽団 1955年11月10日録音

Mozart:Piano Concerto No.16 in D major K.451 [1st movement]

Mozart:Piano Concerto No.16 in D major K.451 [2nd movement]

Mozart:Piano Concerto No.16 in D major K.451 [3rd movement]


ウィーン時代のピアノ協奏曲(20番以前)

モーツァルトのウィーン時代は大変な浮き沈みを経験します。そして、ピアノ協奏曲という彼にとっての最大の「売り」であるジャンルは、そのような浮き沈みを最も顕著に示すものとなりました。
この時代の作品をさらに細かく分けると3つのグループとそのどれにも属さない孤独な2作品に分けられるように見えます。
まず一つめは、モーツァルトがウィーンに出てきてすぐに計画した予約出版のために作曲された3作品です。番号でいうと11番から13番の協奏曲がそれに当たります。

第12番 K414:1782年秋に完成
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第11番 K413:1783年初めに完成
第13番 K415:1783年春に完成

このうち12番に関してはザルツブルグ時代に手がけられていたものだと考えられています。他の2作品はウィーンでの初仕事として取り組んだ予約出版のために一から作曲された作品だろうと考えられています。その証拠に彼は手紙の中で「予約出版のための作品がまだ2曲足りません」と書いているからです。そして「これらの協奏曲は難しすぎず易しすぎることもないちょうど中程度の」ものでないといけないとも書いています。それでいながら「もちろん、空虚なものに陥ることはありません。そこかしこに通人だけに満足してもらえる部分があります」とも述べています。
まさに、新天地でやる気満々のモーツァルトの姿が浮かび上がってきます。
しかし、残念ながらこの予約出版は大失敗に終わりモーツァルトには借金しか残しませんでした。しかし、出版では上手くいかなかったものの、これらの作品は演奏会では大喝采をあび、モーツァルトを一躍ウィーンの寵児へと引き上げていきます。83年3月23日に行われた皇帝臨席の演奏会では一晩で1600グルテンもの収入があったと伝えられています。500グルテンあればウィーンで普通に暮らしていけたといわれますから、それは出版の失敗を帳消しにしてあまりあるものでした。
こうして、ウィーンでの売れっ子ピアニストとしての生活が始まり、その需要に応えるために次々と協奏曲が作られ行きます。いわゆる売れっ子ピアニストであるモーツァルトのための作品群が次に来るグループです。

第14番 K449:1784年2月9日完成
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第15番 K450:1784年3月15日完成
第16番 K451:1784年3月22日完成
第17番 K453:1784年4月12日完成
第18番 K456:1784年9月30日完成
第19番 K459:1784年12月11日完成

1784年はモーツァルトの人気が絶頂にあった年で、予約演奏会の会員は174人に上り、大小取りまぜて様々な演奏会に引っ張りだこだった年となります。そして、そのような需要に応えるために次から次へとピアノ協奏曲が作曲されていきました。また、このような状況はモーツァルトの中にプロの音楽家としての意識が芽生えさせたようで、彼はこの年からしっかりと自作品目録をつけるようになりました。おかげで、これ以後の作品については完成した日付が確定できるようになりました。

なお、この6作品はモーツァルトが「大協奏曲」と名付けたために「六大協奏曲」と呼ばれることがあります。しかし、モーツァルト自身は第14番のコンチェルトとそれ以後の5作品とをはっきり区別をつけていました。それは、14番の協奏曲はバルバラという女性のために書かれたアマチュア向けの作品であるのに対して、それ以後の作品ははっきりとプロのため作品として書かれているからです。つまり、この14番も含めてそれ以前の作品にはアマとプロの境目が判然としないザルツブルグの社交界の雰囲気を前提としているのに対して、15番以降の作品はプロがその腕を披露し、その名人芸に拍手喝采するウィーンの社交界の雰囲気がはっきりと反映しているのです。ですから、15番以降の作品にはアマチュアの弾き手に対する配慮は姿を消します。
そうでありながら、これらの作品群に対する評価は高くありませんでした。実は、この後に来る作品群の評価があまりにも高いが故に、その陰に隠れてしまっているという側面もありますが、当時のウィーンの社交界の雰囲気に迎合しすぎた底の浅い作品という見方もされてきました。しかし、最近はそのような見方が19世紀のロマン派好みのバイアスがかかりすぎた見方だとして次第に是正がされてきているように見えます。オーケストラの響きが質量ともに拡張され、それを背景にピアノが華麗に明るく、また時には陰影に満ちた表情を見せる音楽は決して悪くはありません。


音楽を「する」喜びに満ちた演奏

マールボロ音楽祭というのは、最初は煙草屋がスポンサーになって始めた音楽祭なのか?と思ったのですが(^^;、それは全くの勘違い。
アメリカはヴァーモント州マールボロで開かれる音楽祭と言うことで、煙草屋とは一切関係はないようです。

マールボロ音楽祭はルドルフ・ゼルキンやアドルフ・ブッシュ、マルセル・モイーズらによって、若手の演奏家を教育する目的のために、1951年から始められた音楽祭です。
著名な演奏家が中心となり、そこにオーディションで集められた若手の演奏家が集められて音楽を「する」のが目的です。

そこでは、通常の演奏会とは違ってたっぷりと時間をとってリハーサルが行なわれ、その成果は夜の演奏会でお客さんを入れて披露するというスタイルです。
最近は、こういうスタイルの音楽祭が全盛ですが、こう言う「若手の演奏家の教育」を目的とした音楽祭の嚆矢となったのがこの音楽祭なのではないでしょうか。

そして、この音楽祭が今も多くのクラシック音楽ファンの記憶の中に刻み込まれているのは、1960年からカザルスが指揮者として参加したことによります。
カザルスは1962年からは毎年のようにこの音楽祭で指揮を行い、その活動は彼が亡くなる1973年まで続けられ、さらにはその演奏は録音されリリースされました。

ここで紹介しているゼルキンとアレクサンダー・シュナイダーによるモーツァルトのピアノ協奏曲の録音は、そう言う音楽祭設立当初の様子を私たちに伝えてくれます。
マールボロ音楽祭管弦楽団とは、おそらくはオーディションによって集まった若手演奏による臨時編成のオケだと思われます。ヨーロッパの音楽祭のように「○○音楽祭管弦楽団」と名は付いていても、その実体はプロオケの腕利き連中の集まり、と言うのとは雰囲気が全く異なります。

しかし、聴いてみると、これが実にいいのです。
指揮者の「アレクサンダー・シュナイダー」も今では「それ誰れ?」という感じかもしれませんが、ブダペスト弦楽四重奏団のセカンドとして長く活躍した人、と言えば「あーっ!彼ね!」と思い出してくれる人も少なくはないでしょう。フランコ政権への抗議として演奏活動をやめてしまったカザルスのところに押しかけて、強引にプラド音楽祭を立ち上げて、もう一度カザルスに演奏を再開させた「熱い人」でもあります。

ここには、シュナイダーやゼルキンと一緒に「音楽ができる」喜びがあふれています。
それは、コンサート会場にお客さんを集めて「聴かせる」事を目的とした音楽とは、本質的な部分で異なります。

もちろん、演奏する側が楽しく、喜びを持って演奏をすれば素晴らしい音楽が鳴り響く・・・などと言うほど音楽は甘いものではありません。しかし、この演奏会に至るまでに数十回に上るリハーサルが行われ、それを通してゼルキンやシュナイダーがイメージするモーツァルトがオケのメンバーに徹底されています。
オケのメンバーもひねたプロオケの演奏家ではありませんから、ゼルキンやシュナイダーが伝えようとするモーツァルトの姿を必死でくみ取り、それをしっかりとした形あるものにしようと「喜び」を持って献身しています。

そう言えば、こういう感じの演奏をどこかで聞いたことがあるなぁ?と思いを巡らせていて、思い当たったのがティボール・ヴァルガを中心とした音楽祭の録音です。「ティボール・ヴァルガへのオマージュ」と題された4枚のCDに納められた演奏が、まさしく同じ匂いのする演奏でした。

ただし、その後にゼルキンとセル&クリーブランド管によるモーツァルト聞いてしまうと、ここがゴールではなくてスタート地点であることもはっきり分かってしまいます。
クラシック音楽の世界は奥が深いのです。

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