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シューベルト:交響曲8(9)番 ハ長調「ザ・グレイト」

ベーム指揮 ベルリンフィル 1963年6月録音

Schubert:Symphony No.9 in C major D.944 [I. Andante - Allegro, ma non troppo - Piu moto]

Schubert:Symphony No.9 in C major D.944 [II. Andante con moto]

Schubert:Symphony No.9 in C major D.944 [III. Scherzo. Allegro vivace - Trio]

Schubert:Symphony No.9 in C major D.944 [IV. Allegro vivace]


この作品はある意味では「交響曲第1番」です。

天才というものは、普通の人々から抜きんでているから天才なのであって、それ故に「理解されない」という宿命がつきまといます。それがわずか30年足らずの人生しか許されなかったとなれば、時代がその天才に追いつく前に一生を終えてしまいます。

 シューベルトはわずか31年の人生にも関わらず多くの作品を残してくれましたが、それらの大部分は親しい友人達の間で演奏されるにとどまりました。彼の作品の主要な部分が声楽曲や室内楽曲で占められているのはそのためです。
 言ってみれば、プロの音楽家と言うよりはアマチュアのような存在で一生を終えた人です。もちろん彼はアマチュア的存在で良しとしていたわけではなく、常にプロの作曲家として自立することを目指していました。
 しかし世間に認められるには彼はあまりにも前を走りすぎていました。(もっとも同時代を生きたベートーベンは「シューベルトの裡には神聖な炎がある」と言ったそうですが、その認識が一般のものになるにはまだまだ時間が必要でした。)

 そんなシューベルトにウィーンの楽友協会が新作の演奏を行う用意があることをほのめかします。それは正式な依頼ではなかったようですが、シューベルトにとってはプロの音楽家としてのスタートをきる第1歩と感じたようです。彼は持てる力の全てをそそぎ込んで一曲のハ長調交響曲を楽友協会に提出しました。
 しかし、楽友協会はその規模の大きさに嫌気がさしたのか練習にかけることもなくこの作品を黙殺してしまいます。今のようにマーラーやブルックナーの交響曲が日常茶飯事のように演奏される時代から見れば、彼のハ長調交響曲はそんなに規模の大きな作品とは感じませんが、19世紀の初頭にあってはそれは標準サイズからはかなりはみ出た存在だったようです。
 やむなくシューベルトは16年前の作品でまだ一度も演奏されていないもう一つのハ長調交響曲(第6番)を提出します。こちらは当時のスタンダードな規模だったために楽友協会もこれを受け入れて演奏会で演奏されました。しかし、その時にはすでにシューベルがこの世を去ってからすでに一ヶ月の時がたってのことでした。

 この大ハ長調の交響曲はシューベルトにとっては輝かしいデビュー作品になるはずであり、その意味では彼にとっては第1番の交響曲になる予定でした。もちろんそれ以前にも多くの交響曲を作曲していますが、シューベルト自身はそれらを習作の域を出ないものと考えていたようです。
 その自信作が完全に黙殺されて幾ばくもなくこの世を去ったシューベルトこそは「理解されなかった天才の悲劇」の典型的存在だと言えます。しかし、天才と独りよがりの違いは、その様にしてこの世を去ったとしても必ず時間というフィルターが彼の作品をすくい取っていくところにあります。この交響曲もシューマンによって再発見され、メンデルスゾーンの手によって1839年3月21日に初演が行われ成功をおさめます。

 それにしても時代を先駆けた作品が一般の人々に受け入れられるためには、シューベルト〜シューマン〜メンデルスゾーンというリレーが必要だったわけです。これほど豪華なリレーでこの世に出た作品は他にはないでしょうから、それをもって不当な扱いへの報いとしたのかもしれません。


刷り込み

「刷り込み」という現象があります。

有名なのはローレンツが報告した鳥類の「刷り込み」です。
この報告がなされたあとに多くの学者がヒトも刷り込みを行っているのではないかと言う問題意識を持つようになり、新生児の行動が徹底的に観察されたそうです。そして、その観察を通して人間には刷り込みのような現象は観察できないとして、現在では「ヒトの刷り込み」は否定されているようです。(最近は、ヒトの刷り込みを認める学者も増えてきているようですが・・・)

しかし、クラシック音楽の受容のされ方を眺めていると、その人にとって始めて聴いた演奏や録音がその人にとっての作品の基準となってしまう例をたくさん見ます。
それはまるで、生まれたばかりの雛が、「はじめて見たもの・動いているもの・声を出すもの」を自分の「親」だと認識するのと瓜二つの「刷り込み」のようです。

しかしながら、これが厳密な意味での「刷り込み」と異なるのは、「新しい出会い」によってこの「刷り込み」が緩和、もしくは捨て去られてしまうことです。人間は鳥ほど単純じゃないからね、と言いたいところなのですが、じっくりと考えてみるとそれほど単純に喜んで良いのだろうか?と言う気もしてきます。

人はどんなときに「刷り込み」から抜け出すのでしょうか?
一番多いのは「理」によって抜け出すパターンではないでしょうか。

たとえば、この「グレート」みたいな長大な作品をカラヤン&ベルリンフィルみたいなコンビで始めて聞いて「刷り込まれる」とします。昔は今と違ってレコードは高かったのでそうそう別のレコードを買い換えることもできません。新しく買うのなら、別の作品のレコードを買うのが一般的ですから、「グレート」を聞きたいときは繰り返し「カラヤン&ベルリンフィル」の録音を聞くことになりますから、「刷り込み」はますます強化されることになります。

ところが、ある日、不幸なことに「名曲名盤○○選」みたいな本を買い込んでしまうときがやってきます。
そして、ページを繰って「グレート」の項目を見てみると、なんと我が愛すべき「カラヤン&ベルリンフィル」盤は何処にも見あたりません。それどころか、フルトヴェングラーだのワルターだのという「いつ頃の録音なんだ?」と言いたくなるような黴の生えたような演奏が「名盤」として認定されているのです。

さて、ここで道は二つに分かれます。
まず一つは、そんな偉い評論家先生の言葉などは信じず、ひたすら己の「刷り込み」を信じて「カラヤン&ベルリンフィル」盤を愛し続けることです。
しかし、クラシック音楽なんぞを聞こうかと思うような人はそれなりに「知的」な人が多いですから、この道を選ぶのはなかなかに難しいです。

そうなると、「理」に負けてフルトヴェングラーやワルターのレコードを買い込んできて聴き始めるという二つめの道が待ち受けます。
「なるほど、これが名盤というものか」と有り難く聞き始めて、またまた道は二つに分かれます。

聞いてみて、「なるほど、こういうグレートもあるのか」と本心から納得してその価値を是認した人がたどる道です。この後に続くのは、果てしない「同曲異演盤」を漁り続けるという悲しきマニアの道というか、ドン・ファンの道です。
もう一つは、「なるほど、これが正しいグレートの演奏か。でも、ちっとも面白くないな・・・と言うココロの声は押し殺す・・・。」という道です。

最後はドン・ファン的な生き方に疲れ果てるか、己の本心に背き続けることに疲れ果てるかです。

私にとっての「グレート」の「刷り込み」はこのベーム&ベルリンフィルによる録音でした。
粘るところなど皆無の疾走感と迫力に満ちた演奏で、今聞いても胸のすく思いです。サイトにアップするために久しぶりに聞き直してみて、一体全体、これ以上の何を求めてドン・ファン的な生き方してきたのかと思わざるを得ませんでした。

もしかしたら、「刷り込み」を大切にすることは、ココロ安らかに生きていく上で大切なことではないかと思うようになってきました。

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