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ジョージ・セル(George Szell)|ベートーベン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」
ベートーベン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」
ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1962年1月20日&21日録音
Beethoven:交響曲第6番 ヘ長調 「田園」 作品68 「第1楽章」
Beethoven:交響曲第6番 ヘ長調 「田園」 作品68 「第2楽章」
Beethoven:交響曲第6番 ヘ長調 「田園」 作品68 「第3~5楽章」
標題付きの交響曲

よく知られているように、この作品にはベートーベン自身による標題がつけられています。
第1楽章:「田園に到着したときの朗らかな感情の目覚め」
第2楽章:「小川のほとりの情景」
第3楽章:「農民の楽しい集い」
第4楽章:「雷雨、雨」
第5楽章:「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝の感情」
また、第3楽章以降は切れ目なしに演奏されるのも今までない趣向です。
これらの特徴は、このあとのロマン派の時代に引き継がれ大きな影響を与えることになります。
しかし、世間にはベートーベンの音楽をこのような標題で理解するのが我慢できない人が多くて、「そのような標題にとらわれることなく純粋に絶対的な音楽として理解するべきだ!」と宣っています。
このような人は何の論証も抜きに標題音楽は絶対音楽に劣る存在と思っているらしくて、偉大にして神聖なるベートーベンの音楽がレベルの低い「標題音楽」として理解されることが我慢できないようです。ご苦労さんな事です。
しかし、そういう頭でっかちな聴き方をしない普通の聞き手なら、ベートーベンが与えた標題が音楽の雰囲気を実にうまく表現していることに気づくはずです。
前作の5番で人間の内面的世界の劇的な葛藤を描いたベートーベンは、自然という外的世界を描いても一流であったと言うことです。同時期に全く正反対と思えるような作品を創作したのがベートーベンの特長であることはよく知られていますが、ここでもその特徴が発揮されたと言うことでしょう。
またあまり知られていないことですが、残されたスケッチから最終楽章に合唱を導入しようとしたことが指摘されています。
もしそれが実現していたならば、第五の「運命」との対比はよりはっきりした物になったでしょうし、年末がくれば第九ばかり聞かされると言う「苦行(^^;」を味わうこともなかったでしょう。
ちょっと残念なことです。
ベートーベンの交響曲って、こんなに素敵な音楽だったんだ!!
テレビ朝日で「関ジャニの仕分け∞」という番組をやっています。この番組の中でプロの歌手に子どもや芸人さんがカラオケで挑戦するというコーナーがあります。
例えば、
歌手:葛城ユキに歌うま芸人:阿佐ヶ谷姉妹・渡辺が葛城ユキの持ち歌である「ボヘミヤン」で挑戦するとか
歌手:日野美歌に歌うまキッズのさくらまや(15)が日野美歌の持ち歌である「氷雨」で挑戦する
というようなコーナーです。
はじめは、何かの偶然で聞き始めたのですが、これが実に面白いので、最近はこのコーナーがあると必ず録画をするようにしています。
面白いことに、自分の持ち歌を歌った歌手の方がよく負けます。
勝ち負けはカラオケの採点機能が判断します。私はカラオケには行かない人なので世の中にこんな面白い機械があるなんて知らなかったのですが、実に凄い機械です。
まず、採点基準の原則は音符を外すか外さないかです。スコアに忠実に歌えば歌うほど得点は高くなります。しかし、一音もはずさに歌ったとしても100点満点にはなりません。それに加えて、「こぶし」とか「しゃくり」とか「ロングトーン」というような、歌を美味しく聴かせるような要素がないと加点されないので得点は伸び悩みます。
つまりは、スコアに忠実に歌うことは大前提ですが、そこに加えてその作品が持っている美味しい部分を上手く表現しきらないと高得点にならないのです。一昔前のカラオケの採点機能はスコアへの忠実度だけが対象だったので、歌を聴いて受ける感銘と得点が必ずしも一致しなかったのですが、最近の得点機能はそのような違和感を感じることは非常に少なくなっています。
前ふりが長くなってしまいました。(^^;私が面白いと感じたのはそのような採点機能の凄さではありません。
そうではなくて、この勝負の中で歌われる歌が、どれもこれも「あれっ?この歌ってこんなに素敵な音楽だったかな?」と思ってしまうほどに素晴らしいのです。そして、その素晴らしさは、時には「おおーっ!!」と呻ってしまうほどの凄さだったりするんです。観客席にはその歌を聴いて泣いてしまっている人もいたりするんですが、それがやらせだなどと微塵も思わせないほどにの凄さなのです。
それはもう、日頃聞き慣れた歌とは全く別物になってしまっているのです。
歌手というのは、自分の持ち歌ならばコンサートなどで結構崩して歌っていることが多いです。理由は簡単で、その方が楽だからです。つまり、自分が歌いやすいように適当に音楽を崩して歌い、その崩しを自分のテクニックだと思っている場合が多いのです。
ところが、この勝負でそんな歌い方をすると驚くほど得点が出ません。
最初の頃は、それでも自分のスタイルを崩さずに思い入れたっぷりに大熱唱する歌手もいたのですが、その独りよがりの盛り上がりに反して得点の方は驚くほどの低さだったりしました。
そんな悲惨な光景を何度も見せつけられると、歌手の方も本気でスコアを見直し、自分の癖を全てリセットして本番に望むようになります。当然のことながら、挑戦者の方は最初からスコアだけを頼りに高得点を狙ってきますから「崩し」なんかは入る余地もありません。この二人が本番ではガチンコでぶつかるのですから、これはもう聞き物です。(ちなみに、どうでもいいことですが、この勝負の中から無類の強さでのし上がってきたのが「May J.」です。まさに「歌姫」です。)
おそらく歌っている方は大変だと思います。抑えるべきポイントが山ほどあって、気持ちよく歌い上げているような場面などは皆無なんだろうと思います。いわば、不自由の極みの中で音楽を整然と構築し、さらにはその内容が聞き手にキチンと伝わるようにあらゆるテクニックを計算通りに駆使し続けなければならいなのです。
ところが、そう言う不自由の極みの中で歌い上げられた音楽の何という素晴らしさ!!
手垢にまみれた音楽が、本当にまっさらになってキラキラと魅力を振りまいているのです。
そして、思うのです。
「この歌ってこんなに素敵な音楽だったんだ!!」
クラシック音楽とは何の関係もない話にここまでお付き合いいただいてありがとうございます。
しかし、鋭い人は、どうしてこんな事を言いだしたのかは感づいてくれたと思います。
セル&クリーブランド管によるベートーベン演奏の素晴らしさは、この「関ジャニの仕分け∞」で全て説明できるのです。
手垢にまみれたベートーベンの音楽から手垢の部分を全てリセットし、もう一度スコアだけを頼りにベートーベンの素晴らしさを探究した演奏、それがセルとクリーブランド管による交響曲全集でした。ですから、その演奏からは「あざとい見栄」や「独りよがりの思い入れな」どは一切きれいに洗い流されています。
ですから、そう言う見栄や思い入れが好きな人にとってはあまりにも愛想のない演奏と聞こえます。しかし、ベートーベン姿をスコアに即してもう一度再構築しようとしたこの試みは、ある意味ではベートーベン演奏の再出発地点と言っていいほどの重みを持った演奏だったとも言えます。
ですから、私はこのコンビによる録音を始めて聞いたときにこう思ったのです。
「ベートーベンの交響曲って、こんなに素敵な音楽だったんだ!!」
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