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チャイコフスキー:序曲「1812年」 変ホ長調 作品49


ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団 1958年4月録音


下品さが素敵!!

その昔、「これからの私の人生にチャイコフスキーの音楽はもう不要だ」と言った、エラーい評論家が痛そうです。いや、(訂正)、いたそうです。(^^;
クラシック音楽が「強要」として、いや(訂正)、「教養」としてとらえられていた、古き良き(?)日本の時代を思い出させてくれるエピソードです。

なるほど、「教養」と書こうと思って、「きょうよう」と入力して変換すると「強要」になるとは、パソコンの変換機能はたんなる変換機能をこえて事の真実をさらけ出す能力まで身につけたようです。
確かに、「教養」というものは、どう聞いても面白くないようなものをじっと我慢して聞くことを「強要」されることで身につくのですから、最初の音が出た瞬間から耳が惹きつけられ、聞き進んでいくうちに血湧き肉躍るというような音楽では「教養」は身につかないのです。ですから、「教養」を身につけるためにクラシック音楽を聴いているエライ人にとってはチャイコフスキーの音楽などは害悪以外の何物でもないでしょう。

そして、おそらくは、そう言う人たちにとって、このチャイコフスキーの「序曲 1812年」こそは、そのような害悪の象徴、悪の権化のような音楽だったに違いありません。
まさに、下品!!
おそらく、音楽史上、最も下品な音楽の一つでしょう。いやもしかしたら「One of the most vulgar music」ではなくて「Most vulgar music」かもしれません。

しかし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉もありますが、芸の世界では、下品も極めれば一つの価値となります。その下品さこそが最高に素敵なのです。

この作品は今さら言うまでもなく、1812年のナポレオンによるロシア戦役を描いた音楽です。この戦役では、ロシアはナポレオン軍に首都モスクワを制圧されながらも、最終的には冬将軍の厳しい寒さにもつけられて「無敵ナポレオン」を打ち破ります。まさに、歴史に刻み込むべき「偉大なる祖国防衛のための戦い」でした。
ですから、この作品はその戦いをなぞった音楽になっています。

第1部:Largo
ヴィオラとチェロのソロが奏でる正教会の聖歌「神よ汝の民を救い」にもとづく静かな序奏で始まります。この後のハチャメチャが想像できないような美しい出始めです。

第2部:Andante

打楽器の活躍がロシア軍の行進を暗示し、音楽は次第に盛り上がっていきます。

第3部:Allegro giusto

「ボロジノの戦い」と説明されることもあります。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の旋律を響き渡り、ナポレオン群の進撃が始まります。
最初の大砲もこの部分で5回「発射」され、この偉大なる(?)作品の真実が姿を現し始めます。

第4部:Largo

冒頭の主題と同一の旋律ですが、今度は管楽器で堂々と演奏されロシア軍の反撃が始まります。

第5部:Allegro vivace

ロシア帝国国歌が壮大に演奏されます。さらに鐘は鳴り響き、大砲もとどろく中でナポレオン軍は撃退されロシア軍の大勝利で音楽は終わります。
まさに、下品です(^^v
でも、素敵です!!

こういうスペクタクルもまたクラシック音楽の楽しみの一つです


聞くところによると、この録音はLP時代に世界中で200万枚売れたそうです。おそらくは、世界中のオーディオマニアが買ったのでしょう。友人を家に招いて、自慢のシステムでこのLPを再生して悦に入っている顔がうかんでくるようです。
陸軍士官学校のカノン砲がぶっ放され、72個の鐘が壮大に鳴り響くというのがこの録音の売りなのですが、確かにその迫力たるや尋常のものではありません。正直言って、カノン砲の砲撃が始まると、スピーカーが壊れはしないだろうか・・・という不安がよぎるほどの迫力です。
優秀録音で名を馳せたマーキュリーレーベルの中でも特筆すべき録音だと言えます。そして、こういうのを聞かされると、録音という営みはこの時代から何も進歩していないのではないかと思ってしまいます。そう言う意味では、これは疑いもなく50年代を代表する録音の一つだと言い切っていいでしょう。

しかし、こういう録音を「真面目なクラシック音楽ファン」は聞きません。もちろん、何を持って「真面目」というのかは難しい問題ですが、おそらく何千枚もクラシック音楽のレコードを所有しているのに、このLPは買わなかったというクラシック音楽愛好家も多かったと思います。
いわゆるコアなクラシック音楽ファンというものは、正直言ってこういう音楽を聴いている自分が「恥ずかしく」なるんですね。それは、ベートーベンの5番を再生しているときなんかにも感じたりします。(^^;
それでいながら200万枚も売れたというのは、オーディオという「趣味」がこの時代に占めていたポジションの高さを思い知らされます。

ところが、カノン砲や鐘の音ばかりが話題になるこの録音を真面目に聴き直してみると、意外なほどに演奏が素晴らしいことに驚かされます。
まず何よりも、あまり下品ではないです。それどころか、堂々たる大真面目なスペクタクルに仕上がっています。
それはひとえにドラティの力量によるものでしょう。これほどの高解像度の録音でもほとんど破綻を感じさせないオケの力量は、偉大なるオーケストラトレーナーだったドラティによる鍛錬のたまものでしょう。そして、こういう大仕掛けのもとではともすれば緩みがちになり、粗っぽくもなってしまいがちな音楽をキリリと引き締めて、この冗談のような絵巻物を最後の最後まで大真面目に演じきっています。
そして、こういうスペクタクルもまたクラシック音楽の楽しみの一つです。最近は、みんなお利口になりすぎて、こういうお馬鹿みたいな録音がないのがとても残念です。

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